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ハイ・ラガード世界樹冒険譚
苦難を越えるものウルスラグナ


第一階層前――天の樹海に魂の帆をかけた冒険者達・10

 結果、前衛の補強として投入する者は二択となる。
 斧の破壊力に優れたソードマン・ティレンか。
 トリッキーな剣の技を扱うダークハンター・オルセルタか。
 いっそ二人とも、という考え方もあるが、その場合、後衛が二人のみとなる。アベイが確定である以上、残る後衛枠は一つだけ。
 だが、その後衛一枠については、エルナクハにはすでに案があった。
 ――そこから言うべき、かな。
 エルナクハは少しだけ自問し、心を決めると、声を張り上げる。
「あのよ、実を言うと、後衛に入れたいヤツがいるんだよな。とりあえず、そこからいいか?」
 仲間達に異論はなさそうだったので、ギルドマスターは話を続けた。
 くるりと首を廻らし、緑色の瞳で見つめるのは――金色の髪をした錬金術師の青い目。
「センセイ、アンタを連れて行く。錬金術師の――氷使いアルベド、だったか、その力を見せてくれ」
「小生を――」
 指名された当人は、まさか自分の名が挙がるとは思っていなかったようである。それもそうだろう、別の樹海で名を馳せた冒険者とはいえ、ハイ・ラガード樹海は未だ未知の領域。だったら、少しでも生還の可能性を引き上げるためには、勝手知った仲間を引きつれて往くのが最善。そのはずだ。
 だというのに、このギルドマスターは、
「名指しされたら返事をしろ、って生徒には教えてんだろ、センセイ」
 オレが大丈夫と判断したら大丈夫なんだ、と言わんばかりに、何の躊躇いもなくフィプトの返事を促す。
「は、はい!」
 慌てて返事をし、しかし、フィプトは探るような目でエルナクハを見た。
 昨日の今日で加わった者などは、未知の中にさらに未知を重ねて混迷に至らしめる不確定要素でしかないだろうに。
 そんな錬金術師の不安を、パラディンの青年は、肩をそびやかし、盾で防ぐかのようにあっさりと封殺する。
「昨日の今日入ったばかりだから、なんて理由なんか、冒険者にはありえねぇよ。どうせ誰だって、始めは初めましてなんだ」
 そもそもエトリア樹海に挑んだときは、全員が『初めまして』みたいなもんだったんだ、と言い、パラディンは笑う。
 もちろん、本当に初めて会った相手で、何者かまったくわからない者だったら、いきなり未知の場所に連れて行くことには躊躇いがあったかもしれない。他の場所ならまだしも、『世界樹の迷宮』なのだ。そして、最初期にはメンバーが少なく、選択の余地がほとんどなかったエトリアの時とは、違う。
 ところがフィプトは、センノルレの弟弟子である、という正体が始めから明らかで、その実力は姉弟子からのお墨付き――なにより、たった今、酒を共に飲み交わした仲じゃないか。
「わかったか? わかったら、ぐだぐだ言うなよ、センセイ」
 まだ何か言いたげなフィプトを一喝し、エルナクハはさらに仲間達を見回した。
 決める必要があるのは、あとは、前衛二人、あるいは、前衛と後衛ひとりずつ。
 どうしようかな、と小さな声で独りごちたその時、ふと、金髪のレンジャーと目が合った。だが、レンジャーの方は、エルナクハが不快を感じない程度にゆっくりと、視線を外して俯く。
 ナジク・エリディット。エトリア樹海においては、その超絶的な弓の腕と、レンジャーならではの探索能力で、幾度となく仲間達を救った青年。だが、その力ですら自分には足りない、と思いこみ、ついには触れてはいけない力に手を出してしまい、そのために心に傷を負った青年。それからというもの、自分は消えてしまってもいいのだ、と言わんばかりに、存在を希薄にしながらも、影からそっと仲間達に助けの手を伸ばす、そんな男。
 ……簡単には消えさせてやらねぇ、って言っただろ。
 エルナクハは再び小さな声で独りごちる。
 おかげで考えが定まった。エルナクハは掌のみ白い腕を伸ばし、犯人を名指しする名探偵のように、レンジャーの青年の名を口にしながら彼に人差し指を突きつけた。もちろん、続く発声は「犯人はオマエだ!」ではない。
 指名された方は、フィプト同様に自分の名が挙がるとは思っていなかったようだった。
「ぼ……僕、か?」
 思わず顔を跳ね上げ、ぱちくりとまたたきつつ、自分を指差す。
「他にナジクがいるか。オマエが三人目の後衛だ」
 エルナクハは眉根を寄せながら悪態のように吐き出した。
「レンジャーだろ、オマエは。未知の森なら最初に自分の出番があるに決まってるって、わかんなかったのかよ」
「でも、僕は――」
「はいはいギルマス権限で異論は認めまセーン。諦めて探索に尽力してクダサーイ」
 ぱんぱん、と手を叩きながら、怪しげなアクセントの混ざった言葉でレンジャーの言葉を封殺するパラディン。
 事実、レンジャーの能力は樹海探索にはうってつけなのだ。もちろん、初めての場所であろうから、始めから何もかもができるわけではあるまい。それでも、慣れれば、レンジャーは樹海を把握し、危険を未然に察知し、仲間達を救うだろう。
 ――そうだ、エトリアでの一件が心に引っかかってるんだろうが、オマエは自分が思うような疫病神じゃねぇ。オレらの大事な仲間だ。
 ――初めての樹海で後衛を任せられるほど、大事で、かけがえない仲間だと思ってんだよ、ナジク。
 いささか感慨混じりにそんなことを思うエルナクハ。
 が、それを盛大にぶち壊す輩もまたいるもので。
「ナジクにいさん、行きたくないなら、私が代わりに行くよ?」
 ――空気読んでくれ、パラス。
 自分の普段の空気読めなさを棚上げして、口出ししてきたカースメーカーの少女にげんなりするパラディンである。
 が、エルナクハが思ったほど、パラスは空気の読めない少女ではなかったらしい。
「断る」
 とナジクが即答すると、カースメーカーは、ふんわりと花がほころぶように笑い、
「なんだ、やっぱり行きたいんじゃない。だったらぐちぐち躊躇してないの」
 そう宣うたのである。彼女は彼女なりに、煮え切らないナジクに発破を掛けたかったらしい。
 長らく苦難生死を共にしてきた仲間は、肝心なところは外さないものだ。
 エルナクハは自分の早計な不信感を恥じるのだった。

 こうして、前衛が一人と後衛が三人決まった。残り一人、前衛を務める者が必要である。
 ソードマン、あるいは、ダークハンター。
 力の一号か、技の二号か。
 どこかで聞いたことがあるようなないような言い回しを思い浮かべながら、エルナクハは沈思黙考する。
 やがて、ん、と頷き、つい先程ナジクにやったように、指を突きつけた。
「オルタ、お前が来い」
「わ……わたしが?」
 指名された本人は、てっきり『力』のほうが選ばれるものだと思っていたようであった。指名してきた兄と、選ばれなかったソードマンとに、交互に視線を彷徨わせ、困惑気味に繰り返す。
「わたし、ほんとにわたしで、いいの?」
「いいから指名してんじゃねぇか」
 半ば呆れて肩をすくめたギルドマスターは、改めて選ばなかった方に向き直る。
「悪いな、ティレン」
「うん、残念」
 ティレンは、がっくりと肩を落とす。だが、間を置かずして顔を再び上げた。その表情は、意気消沈とは対局の域にある、輝くような歓喜のそれ。きらきらと光を宿した瞳で、真っ直ぐにエルナクハを見据え、早口気味にねだる。
「だけど、いいよ。そのかわり、おれも、いつか絶対、樹海に行かせてよ。絶対だよ」
「もちろんだ」
 エルナクハは笑みを浮かべて、ぱんぱん、とソードマンの背を叩いた。
 最後の一人、自分と肩を並べる者として、エルナクハがオルセルタを選んだ理由は、エトリアの最初の試練の経験者であること。
 正確に言うならば、ティレンに、エトリアの試練の経験がないこと、である。
 ティレンは、比較的初期とはいえ、中途参加であるため、数多ある冒険者ギルドにもれなく課せられた試練を経験していない。もちろん、当時の経験がなかろうが、今回の試練には問題はあるまい。そうは思う。なにしろ自分とアベイとナジク、三人もが、試練を経験しているのだ。フィプトが全くの樹海初心者であることを差し引いても、ティレンが入ったことで問題が吹き出るとは思えない。そもそもエトリアの時は、何度か樹海に踏み込んだ経験のあるナジクを除けば、全員が初心者だったのだ。
 だから、経験の有無は、あくまでも、軽い後押し程度の意味しかない。だが、決め手となったことは確かだった。
 ギルドマスターたるパラディンは、腕組みながら、ぐるりと仲間達を見回して、最終確認とばかりに口にした。
「皆、異論はあるか?」
 返事はない。皆、いの一番に樹海に入る仲間の選択に、不満はないようであった。
「そか。じゃあ、これで本決まりだ」
 ギルドマスターは笑みを浮かべた。
「明日の朝、ギルドに行こう。で、探索メンバーの申請だ。それから、大公宮に行って、『オシゴト』のことを聞かなきゃならん。というわけで――」
 近場にあった酒瓶をむんずと掴み、自分の杯の中に中身を注ぎ込みながら、エルナクハは気合いの入った声を放つ。
「こうなったら樹海踏破の前祝いとして、朝まで呑みまくるぜ!」
「少しは控えなさい、バカ兄様ッ!」
 妹の呆れ果てた叫びが、室内に響き渡った。

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