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ハイ・ラガード世界樹冒険譚
苦難を越えるものウルスラグナ


プロローグ・3

「ところで、『空飛ぶ城』とかの情報をせしめたって聞いたけどよ?」
 しばらく酒(センノルレはジュースだが)や食事で和んだ後、アベイが仲間達を見回して、声を上げる。
 答えたのはバードであるマルメリ。手にしていた果物を食べきってから、にっこりと笑って言葉を放った。
「そうそう、ハイ・ラガードの世界樹の先には、『空飛ぶ城』があるって話なのよぉ」

 マルメリが述べたとおり、大陸北方の高地ハイ・ラガードには、世界樹にまつわる伝説があり、その中には『空飛ぶ城』の存在が示唆されている一節があった。なんでもハイ・ラガード人の祖は、世界樹の頂にたどり着いた『空飛ぶ城』から、世界樹を伝って地に降り立ち、国を興したのだという。
 逆に考えれば、『空飛ぶ城』には、世界樹を上りきった者だけが辿り着けるという理屈だ。しかし、かの巨木を上りきった者はいない。岩崖を登るつもりで挑戦した者も数多かったが、その果てなき高みには辿り着けず、代わりに手を滑らせて彼岸へと墜ちていった――今までは。
 ところが、四ヶ月ほど前、ちょうどエトリアで『ウルスラグナ』が樹海を制覇した頃合いだろうか、ハイ・ラガードの世界樹に異変が発見された。
 これまではわずかなりとも侵入を許さなかった世界樹に、調査隊は迎え入れられ、『内部』に樹海迷宮を見いだしたのである。
 内部の迷宮を通って上部を目指すのは(ちゃんと上に繋がっていればの話だが)、少なくとも外側から死の登攀に挑むよりは、現実的に思えた。もっとも、あくまでも可能性が小数点以下単位で上がっただけで、実現困難であることは変わりがない。公宮の命を受けて樹海の調査を行った調査隊は、内部に巣くう凶暴な生き物に襲われ、生命こそ守りきることができたものの、散々な目に遭ったというのだから。
 そんな折に、エトリアの迷宮が冒険者に制覇されたという噂である。公宮はエトリアに倣って、迷宮の探索に冒険者を動員することに決めた。そうして、大陸中に布令を出したのである。
 エトリアの迷宮が『ウルスラグナ』に踏破されたことで目的を失った、多くの冒険者が、新たな謎に蟻のように群がっていった。自分達の『偉業』の後始末に四苦八苦していた『ウルスラグナ』は、おそらく後発組となるだろう。
「ところで、だ」
 エルナクハは、にんまりと笑った。
「この『空飛ぶ城』、ハイ・ラガードの興国とも関係があるらしい。ひょっとしたら、ユースケ、オマエの知識で見たら、何か面白いことがわかるんじゃねぇかと思ってよ」
「へえ、どんなんだ?」
 アベイは身を乗り出した。自分の持つ知識でどうにか解釈できるものかどうかは別としても、単純に興味がある。
 その要請を受けて、マルメリがリュートを取り上げた。黒い指が軽やかに弦を爪弾くと、金の装身具がしゃらしゃらと彩りを添える。張りのある美声が、朗々と伝説を謳い上げ始めた。

 七つの大海には汚泥が溢れ、碧の輝きは闇に沈む。
 五つの大陸には緑炎燃えて、瞬く間にも地を覆う。

 見よ、我ら地に住む者が、海洋と大地に拒まれし様を。
 見よ、頭上に広がる最後のよすが、風の領域、天空を。
 見よ、星々へ届けよと、天を行く城、その偉容を。
 見よ、天空の城が、我らを乗せて、月と共に空をめぐるを……。

 聞けよ、天の我らが、世界樹の頂きにて聞きたる風の音を。
 聞けよ、再臨せし我らが、母なる大地に迎えられし様を。
 聞けよ、今宵、ここに語られるは、我らが興国の賛歌なり。
 聞けよ、今宵、この場に響く詩は、ハイ・ラガードの始まりの詩なれば……。

 黒い肌のバードがリュートを下ろし、「おそまつさまぁ」と頭を下げると、聞き惚れていた仲間達は、はっと我に返って、ぱちぱちと手を叩いた。それどころか、周囲の客までもが拍手を送ってくるではないか。興行と勘違いしたのか、おひねりまで飛んできたが、ありがたく頂いておくことにする。エトリアの冒険を通じて稼いだ金は、ここまで来る際の馬車の乗車賃や宿代で、大分減ってきているのだ。
 ともかくも、伝承の話である。
「『空飛ぶ城』……本当に、あるのかな」
 訥々とした言葉でティレンが首を傾げながら問いかけるところに、
「どうかしら」と返すのはオルセルタ。
 普通に考えれば、一笑に付してしまえるお伽噺だ。ハイ・ラガード建国者達が、自分達を偉大なものとして記録せしめるために、凡人の手の届かぬ処から来たという伝説、つまり付加価値をでっち上げた、と考えた方が、しっくり来る。
 ――『世界樹の迷宮』という、この世界の秘密の一端に、触れたことがなければ、だが。
 エトリアで前時代の文明に触れた『ウルスラグナ』は、ささやかなお伽噺でも戯れ言だと一笑に付すことができなくなっていた。どれだけ荒唐無稽な話にも、下地となった事実がある。現代に生きる自分達には夢物語、しかし、過去を知る者にとっては、どうか。
 期待に満ちた瞳が、メディックの青年に集中した。
「……むー……」
 分不相応な期待の眼差しを皆から寄せられ、アベイはうなった。病弱だった彼の知識は、ほとんどが自分の身の回りと、本や映像で知ったものに尽きるのだ。しかも、当時五歳の少年である、幼少の頃の記憶がほとんど薄れているのは、彼とても他の人間と同じだ。
 それでも期待には応えようと、記憶の奥底をあさってみた。
「……ラピュタ……」
「らぴゅた?」
「ああ、そんなのを思い出したんだ。天空に浮かぶ城の物語。それが本当にあると信じて、大積乱雲の彼方へ旅した少年少女の話を……さ。何度も観たよな。俺、体弱くて元気に動けなかったから、すっげぇ憧れたんだよ」
「じゃあ、本当に、『空飛ぶ城』、あったんだ」
 ティレンが目を輝かせて身を乗り出すところに、しかしアベイは首を振る。
「いいや……それは、あくまでも作り話。俺が知る限りじゃ、『空飛ぶ城』なんてのは、前時代でも夢物語でしかなかったよ」
「そう、なんだ」
 明らかにがっかりした風情のティレン。
「では、やはり、『空飛ぶ城』などというものは、存在しない、と?」
 冷静さを装いながらも、やはり失望を隠しきれないセンノルレの言葉に、しかしアベイは、またも首を振った。
「まぁ待てよノル姉。あくまでも『俺の知る限り』の話だ。天に人を住まわせる理論自体はできていたはずだし――何より、『天空を飛ぶ船』は、確かにあったんだ」
「天空を」
「飛ぶ船……かいや?」
 パラスと焔華が声を合わせて復唱する。アベイは首肯した。
「ああ、鳥よりも速く、鳥よりも高く――たぶんナックんとこの御山よりも高く飛ぶ船だ」
「それは……なんとも……」
 ぶっきらぼうなナジクでさえも、目を瞬かせて、呆然と声を上げる。
「人の造りしものの分際で、うちの御山より高く飛ぶたぁ、許し難いなぁ」
 本気で許せないと思っているわけではないが、エルナクハは剣呑な言葉を発した。そんなギルドマスターに、アベイは人差し指を立てて突きつけ、ちちち、という舌打ちと共に軽く振る。
「まだ甘いぜナック。前時代には、月の向こうへ飛ぶ船さえあったんだ」
「……月の向こうだと? そいつぁまた、すげぇ話だな!」
 そこまで徹底的だと、もはや怒る気(本気ではないにせよ)も失せてしまったようで、逆にエルナクハは手を叩いて喜ぶのだった。
「それ、乗ったことあんのか、ユースケ?」
「あるわきゃないだろ。月へ飛ぶ船に乗るにはものすごく健康じゃなくちゃいけなかったんだからよ。……ナック、お前なら乗れたかもな」
「ち、惜しい。何千年か生まれるの遅すぎたか」
 千年単位の差は、もはや『惜しい』と言えないのではないか、と仲間達は思ったりするのだが、とりあえず黙っていた。
「まぁ、そんなわけで」
 と、前時代人のメディックは、発言を締めにかかる。
「俺の知らないとこで、人間が空に住むための城ができていた可能性は否定できないな。全くの夢物語とは言えない。『ユグドラシル・プロジェクト』だって話だけなら夢みたいなもんだったが、実際にあったことなんだからよ」
「そうよね、夢を全否定しちゃったら冒険者やってらんないわよね」
 オルセルタが言うとおり、冒険者たる自分達にとっては、たとえ夢のような話でも、実在の可能性がわずかでもあるならば、追うに値するものだ。『空飛ぶ城』にしても、ないならないでよし、だが、実在の可能性を否定して、後で他の冒険者に手柄を取られるという事態になったら、悔やみきれない。
「えーと、こういうの、『登る阿呆に待つ阿呆』、て、いうんだっけ?」
 本気ではない自嘲が混じる表情で、カースメーカーの少女が口にする。
「『同じ阿呆なら登らにゃ損々』……ってか?」パラディンは笑いながら返した。
 続く言葉は、酷く真剣みを帯びている。
「結局よ、ユースケは『見たい』と言って、オレらはそれぞれ理由はあれど、それに手を貸すことに決めた。……『世界樹』と呼ばれるものが何なのか、前時代のヤツらは何をやろうとしたのか、を。なら、まだ世界樹の影しか見ていない今の状態で、まわれ右ってのは、ちょっと薄情じゃねぇかなとも思うのさ。阿呆でもなんでも、ギルド『ウルスラグナ』としては、これに挑まずしてどうする、ってところだろ。実際、今度の世界樹も世界の謎に関わってる気配が強くなってきやがった。ワクワクするぜ」
「ワクワクするのは結構ですが、突っ走らないように」
 ぴしゃりとセンノルレが夫を諫めたので、一同は大笑い。
 実のところ、さすがはパラディンだけあって、エルナクハは話のネタになるほどに暴走する男ではない。それが大袈裟に解されるのは、戦うにも護るにも、そして、すたこら逃げるにも、常に傲慢と取れるほど自信ありげに、という彼の信条が影響してのものであろうか。

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