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ハイ・ラガード世界樹冒険譚
苦難を越えるものウルスラグナ


プロローグ・2

 『ウルスラグナ』のメディック、アベイ・キタザキこと阿部井祐介は、どうやら前時代人であるらしい。
 『どうやら』『らしい』と付くのは、当の本人にもあまり自覚がないからである。
 同じ時代を生きていたはずのエトリアの前長・世界樹の王ヴィズルとは違い、アベイは、何千年かもわからぬ長い時を『生きて』きたわけではないのだ。今や知る術もなく、推測の域を出ない理由で、生者でも死者でもない状態――当時の言い方で言うなら、つまりは『コールドスリープ』というものだ――にあり、当人も五歳という、ものの道理がまだよくわからない年齢にあったからだった。
 だからアベイ自身の意識では、拾われてからエトリアの施薬院で育てられた後の思い出が、全記憶の九割五分を占めており、「自分はエトリア人である」との思いが強い。それでも、残りの五分に詰め込まれ、時折、記憶の奥底から浮かんでくる、実の両親のことや、当時の楽しかった思い出のすべてを、否定するつもりもない。
 そうして、エトリア人と前時代人の双方の記憶に均衡を取り、一息吐いたその時、彼は知ったのである。
 北方ハイ・ラガードの世界樹の迷宮の存在を。
 その時に心に浮かんだのは、自分でもどこから湧いて出たのかわからない決意だった。
 ハイ・ラガードの迷宮にも、前時代に連なる何かが眠っているのだろうか。だったとしたら、自覚がないなりにも前時代人である自分には、自分の親世代がこの世界で成そうとしたことを、見届ける責務があるのではないか、と。
 それが、自身が属する冒険者ギルド『ウルスラグナ』に、ハイ・ラガード行きを打診した理由であった。
 もしも誰も行く気がなければ、一人で赴き、当地で別のギルドに加入するしかないだろう、と思っていたが、幸い、仲間達は全員が、それぞれに理由を作って賛同してくれた。
 いい仲間を持った、とアベイは思う。その思いは、ハイ・ラガード着を明日に控えた今も、変わらない。
 本日の宿となる、とある小さな街のはずれ、夕暮れに朱に染まる小高い丘の上で、アベイは目的地の方を見据えていた。
 目的地であるハイ・ラガードの『世界樹』は、まだ距離があるにもかかわらず、その偉容を、うっすらとした黒い影として、アベイの視界に晒している。エトリアの地下樹海迷宮の上にも、『世界樹』と呼ばれる大木はあったが、ハイ・ラガードのそれと比べれば、芽のごときものだろう。
 もっとも、エトリア樹海は地下にあったもの、それを考えれば、かのエトリア世界樹は、真の世界樹の頭頂部分だけが地上に出てきただけのものかもしれない。今となっては確認する術もないことだが。
「――ここにいたのか、ユースケ」
 背後からの声に振り返ると、折しも『ウルスラグナ』のギルドマスターであるパラディンが、丘を登ってくるところだった。
「ナック」
 他の者には本名そのままか『エル』と呼ばれるパラディンを、そんな渾名で呼ぶのは、アベイだけである。同時に、他のメンバーにはアベイと呼ばれるメディックを、前時代の本名で呼ぶようになったのもまた、エルナクハだけであった。
 余談だが、前時代人名において、『アベイ』は名前ではなく苗字だった。しかも、名前としては先頭にアクセントが付く発音をされているが、苗字としては平坦に発音されるはずのものである。
「どうしたよ。世界樹の影だけ見てハァハァしてたら、明日、本物を前にしたら身が保たねぇぜ」
「世界樹たんハァハァ……って、どんだけヘンタイだよ俺は」
 エルナクハの言葉にノリツッコミで返し、アベイは再び世界樹の影を見る。昼から夜に天空の支配権が譲り渡されていく中、その影も、紺色の大気の中へと溶け込みつつあった。
 エルナクハの言い方はともかくとして、アベイだけではなく、冒険者達全員が、その影だけの世界樹のような、実体の見えぬ迷宮の風聞に興奮し、だからこそ、今、この場にいるのだと言える。
「はは、悪ぃ悪ぃ。オレも同じ穴のナントカってヤツだがよ」
 そのあたりの自覚はあるらしく、エルナクハは悪びれもせずに笑った。
「ところで、こんなとこに、どうしたよ、ナック」
 アベイは問う。自分同様に、明日からの冒険の舞台である世界樹の偉容を見に来ただけかとも思ったが、それ以外の何かを、メディックの青年はギルドマスターの表情に見た。思った通り、エルナクハはこっくりと頷いて口を開く。
「酒場で面白い話を聞いたんだが、……ユースケ、オマエの前時代の知識を借りたい」
 アベイは少し眉根をひそめた。
「くどいようだが、そんなにいろいろ便利に覚えてるわけじゃないぞ。それでもか?」
「ほぼゼロなオレらよりゃ、上等だろ」
 エルナクハは肩をすくめた。エトリアの前長ヴィズル亡き今、前時代の知識を生きたものとして我がものにしているのは、アベイを置いて他にはいるまい。それが、当時幼子だった者の拙い記憶だったとしても、だ。
 やれやれ、と言いたげにアベイは首を振ったものの、それでも顔は嬉しそうにほころばせ、応えた。
「しゃーないなぁ。ま、日もすっかり沈んだことだし、戻るか」
 なんだかんだ言って、仲間の求めに応えることができるのは嬉しいのである。
 丘を下りながら二人の青年は会話を交わし合う。行く先に見えるのは、暗闇に対抗して人間達が灯す、ささやかな光の集い。星空を稚拙に、それでも懸命にまねたようにも見える、営みのしるしに、二人は目を細めた。
「……逆だな」
 と、アベイがつぶやく。
「逆?」
 訝しげに問うパラディンに頷き返し、アベイは空を見上げた。
「――前時代は、よ、空にはこんなに星がたくさんはなくて、地上にこそ光があふれていた。それに」
「ん?」
「ほら、あの、ひしゃくみたいな形をした七星を、こう、つーっと辿っていった先の――」
「ほう」
 相づちを打ちながら、エルナクハは、動かされるアベイの指先を辿る。指と視線が止まったのは、北方の空。北極星アルデラミンからやや離れたところにある、小さなひしゃくの形に似た星の群を、アベイは指していた。
「あの柄の先にある星が、北極星だった」
「――そうか」
「……今さらだけど、俺は随分と長い旅をしてきたんだな。天と地がひっくり返って、北極星すら代替わりしちまうほどの、長い旅を」
 エルナクハは返事をしない。彼はアベイではないから、時の彼方に両親と友達を含むすべてを置いてきてしまった彼の寂しさを、真に理解することはできないだろう。いくらエトリア人の意識が強いといっても、決して消せぬ思い出はあるのだ。
 声に出しては返事をしなかったが、代わりに、筋骨逞しい腕を伸ばし、メディックの青年を引き寄せ、ぱん、と肩を叩いた。
「……ありがとな、ナック」
 仲間の真意を読みとって、アベイは笑んだ。

 パラディンとメディックが連れだって街に戻り、酒場の扉をくぐると、折しも歓声が沸き上がったところであった。
「――ナニやってんだ、アイツら?」
 エルナクハは呆然と突っ立ち、酒場の中央――いつもなら楽師や舞姫が皆を楽しませる舞台となっている――を見つめる。そんなギルドマスターを、その裾を引くことでアベイが我に返らせ、酒場を見渡し、目的地を見つけると、連れて行った。
 隅に近い円卓、そこに、『ウルスラグナ』のギルドメンバーが席を占めている。
 ハイ・ラガード着を明日に控えた今宵、いわゆる壮行会と称して、思うがままに飲み食いしているのだ。
「おう、帰ってきたぜ、ティレン、ナジク、センノルレ、パラス」
「ん、おかえり」
 まっさきに声を上げたのは、奥の方に座っている短めの赤毛の少年ティレンである。言葉そのものは、ぶっきらぼうと言っていいほどに抑揚のないものだったが、わずかに動いた表情と、帰ってきた二人に向けられた瞳の輝きが、内面の感情を如実に表している。しかし、挨拶が終わった途端、もはや用はないと言いたげに、それまで頬張っていた肉の塊との格闘を再開するあたり、今は仲間よりメシのようだった――いや、挨拶のためにメシを中断したのは、彼なりの『メシより仲間』の表明なのかもしれない。
「……遅かったな」
 赤毛の少年の右手、茶髪の少女パラスを挟んだところに座っている、癖の少ない長い金髪の青年ナジクが、声を出した。真にぶっきらぼうなのは赤毛の少年ではなく、この青年だと思わせる、ぼそりとした言葉であった。その一言だけで黙り、静かに酒を口にする様は、意識しないと、そこにいることすら忘れさせてしまうほどに、影が薄かった。ここまでの旅の中でも、例えば酒場での注文の際に、彼だけ忘れられることはよくあったのだ。
 赤毛の少年の左手の席に着く時に、エルナクハは、金髪の青年の後ろを通るように、わざと遠回りをし、彼の肩を強く叩いた。
 かつてエトリアにいた時の彼は、初対面時こそ静かだったが、その本性は、良くも悪くも『力』を執拗に求めていた青年だった。それが、『世界樹の迷宮』をめぐる冒険の最後の最後で、心に傷を負ってしまった。それからだった、消えてなくなっても構わないかのように、彼が自らの存在を希薄にしようとしてしまうようになったのは。
 だからエルナクハは折あるごとに彼に思い知らせるのだ。
 ここにオマエを忘れていない者がいる、簡単には消えさせてやらねぇぞ、と。
「まったく、いつまで待たせるつもりですか」
 エルナクハが座った席の左手で、冷静な声を上げたのは、眼鏡を掛けた黒い短髪の女性センノルレだった。度数の大小はともかく、皆が酒を頼んでいる――そして戻ってきた者達も酒を頼むであろう――中にあって、彼女だけはハイ・ラガード産のアップルジュースを飲んでいる。飲めないわけではないのだが、今の彼女には酒は禁物なのだ。それを指示したのは、彼女の左手に座ろうとしているメディックだったのだが。
「悪いな、ノル姉」と詫びたのは、酒の件ではなく、戻りが遅くなった件である。女性はかすかに笑みを見せた。
「アベイが気に病むことはありません。問題はエルナクハの方です」
 オレかよ、と言いたげな黒い肌のパラディンを、黒髪の女性は、眼鏡の奥から睨み付ける。
「アベイを呼びにいく、ただそれだけの『おつかい』に、なんで小一時間もかかっているんですか」
「あー、まー、そりゃあ、なあ……」
 言葉に詰まるエルナクハに、アベイは苦笑した。いくら街はずれだからといって、往復一時間かかるものではない。大方、物珍しいものを見つけてはふらふらしていたりしたのだろう、このギルドマスターは。
 で、そのパラディンはというと。
「あー……あはははは、ま、心配したかよ、ハニー」
 などとのたまいながら、女性に手を回し、
「何が『ハニー』ですか、愚か者」
「あっいででででで! ちょっとセンノルレ待った待ったッ!」
 思い切り手の甲をつねられていたりする。
 この時、彼らの右手の方では別の事態が起こっていた。金髪の青年と赤毛の少年の間に座っていた、茶髪の少女が、パラディンの『ハニー』発言に触発され、ちょうど飲んでいた果実酒を盛大に吹き出したのである。位置関係の問題で飛沫をまともに浴びた赤毛の少年が、抗議の声を上げた。
「パラス、汚い」
「ごめ……ティレン……げほげほ、ごめんごめん……げほっ」
 思い切りむせる少女を、隣の青年がさりげなく介抱する。
 そんな混沌の最中だが、アベイは黒髪の女性が、エルナクハに悪態を吐きながらも、緩やかに笑んでいたのを見逃さなかった。
 さすが夫婦、喧嘩するほど仲がいいってヤツだな。
 かつてまだ彼女が冒険者でなかった頃には見ることのなかった表情を、目の当たりにし、メディックはそんな思いを禁じ得ないのであった。

 さて、彼らは冒険者である。
 しかし、だからといって四六時中武装しているわけでもない。まして、エトリアのように(そしておそらくはハイ・ラガードも)冒険者が珍しくないような場所ならまだしも、普通の街の普通の酒場の扉を大仰な装備のままくぐるような、風情のない真似を、差し控える程度の頭はある。
 というわけで、現状では各々のクラスが何かを外見から量ることは難しい。せいぜい体格や雰囲気から当たりを付けられる程度だ。
 赤髪の少年・ティレンはソードマン。
 金髪の青年・ナジクはレンジャー。
 このあたりは、比較的わかりやすいところだと言える。
 そして、黒髪の女性・センノルレがアルケミストであることも、その態度から推し量ることができても不思議ではない。
 しかし、茶髪の少女・パラスについては、まず誰もが見誤る。その雰囲気、その服装は、彼女のクラスから想像されるものとは、あまりにもかけ離れているのだ。胸元に下がる金色の鐘鈴だけが、今の彼女からクラスを推測できる唯一のものだったが、それすらも、少女の雰囲気に飲まれ、ただのアクセサリーにしか見えないという体たらくであった。
 そんな『らしくない』カースメーカーが、ようやく咳き込むのを止めた頃合いで、エルナクハは問い質した。
「アイツら、何やってんだ?」
 その視線は中央の舞台に向いている。パラスは同じように舞台に目を向け、ああ、と答えた。
「エルにいさんが遅いから、戻ってくるまで暇つぶしだって」
 『ウルスラグナ』は九人で構成されているギルドである。しかし、席に着いているのは、エルナクハとアベイを含めて六人。残りの三人は、エルナクハの視線の先にいた。中央の舞台で何かを演じているようである。
「――そして、王子は魔王の膝元へと……」
 舞台の袖にあたるところで、リュートを抱え、天上より聞こえるような弦音と朗々たる歌声を響き渡らせているのは、黒髪の女性である。艶めかしい黒い肌に映える黄金の装身具が、動作に合わせてしゃりしゃりと細かい音を立てている。
 その歌声と弦音が、ぴたりと止んだ。
 その時、舞台上、黒い肌のバードに近い方で剣(もちろん模造品だが)を構えているのは、バードと同じように黒い肌をした少年……いや、男装をしているから見間違えやすいが、胸のふくらみが目立たないことを差し引いても、少女であることは確かだった。同じ黒い肌のバードやエルナクハとは対照的に、その髪は銀色を帯びている。いかにもお伽噺の王子風の服装をした彼女は、琥珀の色をした目を驚愕に見開き、自分と相対する者を見つめていた。
 銀髪の少女と相対する者――茶色いおかっぱ頭の少女は、こちらは明らかに女だとわかる姿、つまりはお伽噺の姫君のドレスを身につけていた。しかし、手にする物は、どう考えても『お伽噺の姫君』には相応しくない。つまりは刃、しかも、東方由来の戦技に使われる『カタナ』なのである(こちらも今は模造品だが)。新緑の色の瞳で琥珀の瞳を真っ正面から受け止めているが、刃の先はそちらを向いてはいない――向いているのは、床にわだかまる黒い布山の方にであった。
 そして、バードの指先と口が再び動く。これまでは、いかにも定番の『どこぞの王子が魔王を倒す旅に出た』お伽噺を吟じていたはずなのだが、再開された音と歌は、そんな、ありがちながら重厚な雰囲気を一発で吹き飛ばすものだった。
「なんということでしょうことでしょう。
 魔王の玉座に近付いてみたら、
 魔王は囚われだったはずの姫の手で
 すでに成敗されていたじゃありませんか。
 さぁどうする王子、どうする王子!」
 ――床の布の山は、魔王の成れの果てだったらしい。それを退治したという姫は、琥珀色の瞳の王子を見据え、にんまりと笑みを浮かべた。朗々たる声が、敵意を込めて発せられる。
「ほう、貴様は何者ぞ? さては魔王の手下だな?
 見るがよい、貴様の王は潰えたり。
 こやつを倒したわらわに、貴様ごときが勝てるかな?」
 ひゅん、と舞台上を風が走ったかに思われた。姫がカタナを構え、一足飛びに王子の元へと飛び込んだのである。動きにくいドレスを着ているにもかかわらず。目にも留まらぬ斬撃が王子に襲いかかる。
 しかし王子も只物ではなかった。剣を抜いて、姫の斬撃を防ぎきる。ちぃん、と、金属同士がぶつかる澄んだ音が響いた。
「姫君! いや、囚われてるはずの姫君が、こんなことを……
 そうか、そなたは、姫君に化けた魔物――罠だな!」
「なにをごちゃごちゃと! 魔王の手下め!」
 ちぃん、ちりん、と、断続的に打ち合う音が響く。風のように迫る姫君の刀に対して、王子の剣は、水の流れのように変幻自在で、思わぬ角度から姫君の刃を牽制し、その威力を減じる。舞台上の演技とわかっていてさえも、その打ち合いは迫真のもので、舞台を見ていた者達の耳目をさらに引きつけた。バードの女性が奏でる、滑稽でいて技巧を必要とする、『剣の舞』を表現した曲も、打ち合いに花を添えている。
「ほう、やるなぁ、オルタも、ほのかも」
 エルナクハは思わず感嘆の声を漏らした。オルタは、王子を演じている少女・オルセルタの渾名、ほのかは、姫君を演じる少女・焔華ほのかの呼び名であった。
 一方、バードの女性は、演奏を続けながら、のこのこと舞台に上がり、二者の間で仲裁するかのような言葉を掛ける。
「あのぉー、そろそろ落ち着きません? 勘違いなんだしぃ」
 途端。
「どいてくれ!」
「邪魔じゃ!」
 二人の刃が同時にバードに襲いかかる。その凶刃を、バードの女性は「わひゃ!」なる間抜けな声を上げつつも無事に避けきった。
 わはは、と観客から笑い声が上がる。そのとおり、避ける動作も声同様に間抜けだった。が、その間、演奏が止むことはわずかなりともなかった。もちろん、公演前の三人の打ち合わせがあってのことだろうが、それを差し引いても恐るべき技能であろう。
「マルメリ、すごい」
 ティレンが肉を頬張る口を止めて、思わずつぶやいた。
 バードの女性・マルメリが二人の間に仲裁に入り、その都度斬られそうになる、という状況は、何度か続けられた。そのたびに斬りつけ方も避け方も磨きがかかり、さらなる爆笑を呼び起こす。その後、「もう知らない」とばかりにマルメリは袖に退場、演奏が続く中、残された二人は存分に剣舞を展開する。
 が、それにも次第に疲れが見えてきた(そういう演技だが)。演奏がだんだんとゆっくりになっていく中、疲れ果てた二人は、舞台の上でへたり込み、息も絶えだえに健闘をたたえ合った。
「やるのう、貴様」
「そなたこそ」
「せめて名を訊こうか」
「セザール」
「――なぬ!? 王国第二王子か、貴様、いや、そなた!」
 誤解が解けた二人は国に戻って婚姻、とはならず、その剣の腕を存分に生かすべく冒険者になってしまった、という結末が語られ、マルメリの「バカ王族ども、やってられんわ」とばかりのオチの和音が、じゃん、じゃんと場を締めた。
 笑い声と満場の拍手が響く中、笑劇を演じきった三人は舞台に上がり、何度もお辞儀をしながら、ちゃっかりとおひねりを集め回っている。やがて、酒場の奥に引っ込み――おそらくはそこで、着替えをさせてもらっているのだろう――少しばかりの後に、本来の普段着に戻って仲間達の下に帰ってきた。
「ただいまー」
「今帰りましたわやー」
「ただいまーん」
「よお、遅かったな、オマエら」
「遅かったな、は、こっちのせりふよ、バカ兄様」
 王子を演じていた少女・オルセルタが、パラディンを軽く睨み付けながら、ナジクの右手の席に座る。その容姿や言葉が示すとおり、彼女はエルナクハの妹であった。ちなみにバードの女性・マルメリも無関係ではなく、兄妹の従姉である。そのマルメリは、けたけたと笑いながら、アベイの左手、もっとも中央に近いところに座を占めた。
「いやはぁ、全力でったのは久しぶりだわぁ。迷宮以来かな」
「マールどのの歌には、わちら、いつも助けられてやしたからなぁ」
 残る一席、マルメリとオルセルタの間は、姫を演じていた少女・焔華のものだったようだ。不思議なしゃべり方は、彼女の出自である東方、そのなかでも最も辺境にある地域の訛りが混ざっているからだという。
 こうして、円卓にて顔を揃えた九人。
 パラディンにしてギルドマスター・エルナクハ。
 ダークハンター・オルセルタ。
 メディック・アベイ。
 アルケミスト・センノルレ。
 ソードマン・ティレン。
 レンジャー・ナジク。
 バード・マルメリ。
 ブシドー・焔華。
 カースメーカー・パラス。
 エトリア樹海を踏破し、ハイ・ラガード樹海も踏破しようと企む冒険者ギルド『ウルスラグナ』の、これが、その全容であった。

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