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NowDrawingキャラクター紹介SS
野伏ゼグタント編
悔恨

 ――あんたが口の固い人間と見込んで、ちょっとした昔話をしよう。
 知っての通り、オレは採集専門レンジャーだ。ギルドに属しないで、一定の契約の下に、この腕を様々なギルドに貸し与える、フリーランスだ。あの『ウルスラグナ』も、『エリクシール』も、オレがいなけりゃ立ち行かなかったんだぜ、ハハッ!
 そんなオレだが、あの世界樹探索の狂乱の中、一度だけ、バカやっちまった。
 お得意様に、文字通り弓を引いちまったのさ。

 あれは、樹海を最終的に制覇した『ウルスラグナ』が、まだ『エリクシール』の後塵を拝していた時のことだ。『枯レ森』ってところに、冒険者達の目が向いていた頃だな。
 オレは、ちょっとした用事で執政院ラーダに顔を出した。その用事自体は大したことねぇ。だが、帰ろうとして、一つ聞き忘れたことがあったのに気が付いてな、もう一度執政院に向かったんだ。そんとき、入り口で、えらく深刻な顔をした『エリクシール』とすれ違って、軽く挨拶をした。お得意様だったからな。深刻なのは、なんかまた無理難題でも出されたか、程度にしか思ってなかったさ。
 で、だ。ホールに足を踏み入れようとして、思わず隠れちまった。執政院の長がいたからさ。幸い、オレの方には気付いてなかった。……その時は長に含みがあったわけじゃねぇさ。始めて見る相手だったしな。けどよ、そいつが尋常じゃない負の感情を丸出しにしてたら、含みがあろうとなかろうと、顔を合わせるのは避けたくならねぇか?
 長に顔を覚えてもらえれば、フリーランスとしての仕事もやりやすくなるだろう、とは思ったが、あまりにも間が悪すぎたね。それでもオレは諦めきれずに、執政院の奥へ戻ろうとする長の後を追うことにした。長は自分の感情に囚われっきりで、こっちには気付く様子もなかったし、その時ホールには他に人はいなかった。これでも気配の遮断には自信があったからな、ホールのど真ん中にでも突っ立っていなけりゃ、誰にも見つからないつもりでいた。
 だが、途中で、長が唐突に立ち止まった。見つかったかと思って動揺しかけたさ。取り乱したままでいたらたぶん見つかっただろうが、どうにか心を立て直すことはできた。
 長は凄い形相をしていたね。ずっと大事にしていた宝物が、知らないうちに誰かに横取りされてたら、あんな顔をするのかもしんねぇな。……ああっと、何か俗なたとえになっちまったけど、そんな感じだったんだ。
 で、オレは、長がつぶやくのを聞いたんだ。

 ――誰も足を踏み入れたことのなかった第四階層、モリビトの所までたどり着くとは……。
 ――『エリクシール』か……、あの者たちを、これ以上、放置する訳にはいかぬ。
 ――モリビトによって倒されるならそれで良し。モリビトをも倒すようならば……。
 ――……あの二人に頼む必要がある。

 やべぇやべぇやべぇ! やばすぎる!
 怖気が脊椎を往復雑巾掛けしていったね。
 長が振り向いて俺に気付かねぇことを一心不乱に祈ったが、幸い願いは聞き届けられた。長はそのまま奥に引っ込んでいっちまった。気配が完全に感じられなくなってから、オレは来た道を戻って、超速で執政院を逃げ出した。
 長は本気だ。本気で、『エリクシール』の連中の死を願ってやがる。
 オレには、それがわかったんだ。

 それから、オレは樹海に潜る『エリクシール』の連中の後を追い、その様子を観察する毎日を過ごした。
 オレはあいつらを助けたかった。あいつらのことが好きだったんだ。それが、長の目論見通り、モリビトとやらに殺されて果てるのは、見たくなかった。だから、もしものことがあったら、この手で状況を変転させたかった。
 魔物? 言っただろ、オレは気配の遮断にゃ自信がある、ってよ。
 オレの見ている前で、あいつらはどんどんと迷宮を進み、あわやってときもあったが、ついに、地下二十階まで行き着いた。モリビトどもを誰ひとりとして殺さずにだ!
 ……その話は知ってる? 『エリクシール』はモリビトと和解して、協定を結ぼうとしたけれど、誰か別の冒険者が横槍を入れたらしくて、それが原因で和解は流れちまった? で、その時の混乱で暴れ出したモリビトどもの守護神鳥のために、モリビトどもは全滅寸前になっちまったわけだが、『エリクシール』が長の命令通りにモリビトを殲滅したって報告したもんで、エトリアの連中はそのとおりだと思いこんでた?
 なんだ、そこまで知ってるのか、あんたエトリアにいた冒険者じゃねぇのにな。
 まあいいか。
 それじゃ、ちょっと別の話をしようか。ちょっとした昔話。バカなガキの話さ。

 とある街から丘ひとつ向こうに、異民族の村があった。領主は悩んでた。前はそんなことなかったのに、異民族の連中が略奪しに来るのが増えてたもんでな。略奪以外の被害は幸いにまだなかったけど、このままじゃもっと悲惨なことになるんじゃねぇかとよ。で、ちょうど街に立ち寄った高名な冒険者達に、異民族の村の殲滅を頼んだわけだ。
 冒険者達はいろいろ考えて、酒や飯やらの手土産携えて、村に乗り込むことにした。依頼は『殲滅』だったけど、村ひとつ丸ごと殲滅なんて、そう簡単な話じゃねぇ。そもそも略奪が村ぐるみの企みか、個人の出しゃばりか、わからなかったもんでな。まずは友好的に振る舞って実情を調べようとしたんだ。
 最初は言葉が通じなかったんだが、好都合なことに、冒険者のひとりの故郷の言葉に似たところがあって、そこからどうにか、推測していくことができた。どうやら連中の村は、土地が痩せてて実りが薄く、昨今は特に酷かったらしい。止むに止まれず、近場の村から略奪して生き延びてきたって話だ。交易とかでなんとかしたかったんだが、売るものもない、周囲には言葉が通じない、他に方法はなかったっていうんだ。
 ところで、その異民族の村の傍には、豊富な地下資源で有名な山脈の端っこがあってよ、そこに洞窟があった。ひょっとしたら、ってことで、冒険者達はそこを調査したんだ。そういうことには冒険者も異民族も素人同然だから、ちゃんとしたことはわからないが、それでも、結構金になりそうな資源があるんじゃねぇかって話になってな。冒険者達が仲立ちして、異民族達の領土内にあるその洞窟の採掘権を、今までの略奪の詫びがわりに、討伐を依頼してきた街に譲って、あとは採掘者達が街に金を落としていくように、言葉を学んだり、設備を整えたり、そういうことをやってったらどうかってことになった。もちろんそんなスムーズにいくものじゃねぇがよ、とにかく、そういうのはどうか、って、冒険者達は依頼主に打診してみた。
 結果は――冒険者達の処刑だったよ。
 異民族と通じた、って罪で、みんな、こう、さ(と、ゼグタントは首に手刀をトン、と当てた)。
 異民族の村も、領主が手配した軍に殲滅されちまった。

 ところでよ、冒険者と一緒に、領主のガキが異民族の村に行ってた。興味本位で勝手に付いていったんだがよ。領主のガキは、恐ろしいと思っていた異民族との間に交流ができて、しかも鉱山っていう宝の山が手に入ることを、素直に喜んでた。ていうか、冒険者達に、異民族との仲立ちを積極的にせがんだのは、領主のガキだったんだ。
 だが、その結果がこれだ。
 自分に呆れつつも願いを叶えようとしてくれた冒険者達は、濡れ衣を着せられて処刑されちまった。領主のガキが関与してたことを言えば、何かできたかもしれねぇのに、かばったまま、何も言わないでよ。ガキは実は妾腹の子だったから、関与がバレたら、それを口実に年下の子を持つ正妻に陥れられる、なんて考えたんだろうな。冒険者が、そんないらん気をまわす必要があるかってんだ!
 ガキもバカだったから、むざむざと冒険者達が処刑されるのを見ているしかなかった。
 その後何年かした後、ガキは真実を知った。
 領主は端から、異民族の村を殲滅して、その傍にあると予想される鉱脈を手に入れるつもりだったんだ、と。略奪に悩んでいたのも確かだが、それはさほど重大な案件じゃなくて、どっちかといえば口実みたいなものだった。冒険者達を雇ったのは、殲滅が叶えばよし、戻ってこなければ相手の戦力の規模がある程度わかる、って感じだったんだが、和解なんかして戻ってきたから、急遽、内通って罪を被せたんだと。まあ、本来の役には立ったよな。相手は和解を期待してて大した戦力がない、って情報がわかったわけだから。
 真実を知ったガキは、全てを捨てて、根無し草の冒険者になった。かつて関わった冒険者の断末魔を胸の中に抱えたまま、ずっと、ひとつところに足を止めずに、何かから逃げるように、その日その日を生きてた。
 そんなヤツが、かつての冒険者が直面したような状況に直面したら、どうする?

 異種の殲滅か冒険者の死を願う領主。
 異種との和解を願う冒険者。

 かつての冒険者は、和解の使者となって戻ったが、処刑されて、永遠に不名誉を伝えられることとなった。
 目の前の冒険者はどうなる?
 長の目論見から外れたことを行い、凱旋し――そして、濡れ衣を着せられて、断末魔を残して消える。
 だったら――人間の敵としての永遠の不名誉より、ここで果てた方が、まだ……!

 オレはためらわずに弓を引いた。
 その内の一本が、モリビトのガキの喉元に命中した。

 はは、これが真実だ。エトリアの『モリビト殲滅』の真実さ。
 オレはまたひとつ、罪を背負っちまった。
 やったこと自体は、後悔してねぇ。ただ、もっとよく考えられなかったのか、そう思ってる……。

 全部ぶちまけられたら楽だったろうな。だが、この話は墓場まで抱えてくって約束しちまったからよ。
 ……まあ、あんたに言っちまったわけだが。
 あんたを爪研ぎ台みたいにしちまって、本当にすまないとは思ってる。
 だけど……少しだけ楽になった。悪かったな。……ありがとう。

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