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NowDrawingキャラクター紹介SS
銃士ヴェネス編
背信への報復

 ガンナーギルドは――少なくとヴェネス少年が属するギルドは――、冷徹に、受領する依頼を選定する。
 決め手は、簡単に言えば報酬エン だ。雇い主が善か悪か――そんなことは関係ない。ただし、あからさまな『悪』に味方することは、組織としての存在が揺らぐ元となるから、さすがに行わない。もちろん、その『悪』が勝てば『善(体制側)』となる可能性が高い場合は、一考の価値もあろう。
 ――要するに、国家間の関係が絡むような依頼の場合、余程の特別な理由がなければ、どちらが先にギルドが納得するカネを積んだかが決定打となる。
 今回は、エトリアがその条件を満たしただけのことだ。
 そして、選定こそ冷徹に行うが、一度受けたからには、依頼が完了するまで裏切ることは決してない。
 それが、ガンナーギルドの正義。
 外から見て善か悪かなど、後の歴史家とやらが決めればいいのだ。

 ギルドの方針がどうであれ、個人としての良心が痛む仕事は、確かに存在する。
 今回の仕事は良心が痛まないで済みそうで、ヴェネスは胸をなで下ろした。
 概要としては、以下の通りである。
 最近、エトリアには新たな長が擁立されたのだが、その若長が原因不明の微熱で公務に支障をきたし始めた。
 エトリアには名医がいるはずなのだが、彼にも原因がわからず、お手上げ状態だった。
 ところが、若長の直属の部下であるパラディンが、「ひょっとしたら呪詛を受けているのではないか」との意見を出し、おそらくは、ということで対応策が検討された。
 もちろん、呪詛には呪詛返しを行うカースメーカーを招聘しょうへい すればいい。
 しかし、呪詛を掛けるにしては中途半端ではないか、とパラディンは思ったらしい。ひょっとしたら、だが、呪詛はあくまでも陽動で、そちらの対策に気を取られている間に、別件での何かが引き起こされるのではないか。
 その『何か』に対応するべく、招かれたのが、ガンナーギルドの若手、ヴェネスだったわけである。
「まあ、『何か』が思い過ごしなら、いいんですが」と、ヴェネスより二、三歳ほどしか変わらない年頃のパラディンは言った。歳が近いからなのか、ヴェネスの応対は彼が任されているようであった。
「その時は、あなたはエトリアの予算でタダメシをたらふく食べてお帰りになって、俺が対応ミスで始末書を書く程度で済むことです。その程度で済まなくなる方が、よっぽど怖い。だから、あまり気乗りのしない仕事かもしれませんが、お願いします」
 ヴェネスは苦笑いをしながら首を振った。もちろん、『依頼拒否』ではなく、『気にするな』の意だ。報酬の半分と必要経費は前払いでもらっている。何も起きなければ残りの報酬はもらえないが、ガンナーギルドにとっては損ではない。何も失わず儲けられるのだから。
 ところで、パラディンが危惧する『何か』については、ガンナーギルドでも目処を付けていた。
 これまでエトリアは、『世界樹の迷宮』が生み出す富で繁栄を謳歌していた。迷宮は閉ざされてしまったが、しかし、今でもそこに『在る』のだ。その富を横取りしたいと思う組織は、いくらでもある。かといって、今は目立つ行動は取れない。となれば、残るは、秘密裏に行動を起こすこと。例えば――暗殺者を差し向け、執政院の機能を麻痺させてしまうこと。
 もちろん、具体的に事を起こそうとしているのがどこか、などということは、ガンナーギルドにも掴めない。どうであれ、ガンナーギルドは、依頼に基づいて、最適と思われる人員を派遣するだけだ。

 結果として、ヴェネスは依頼を遂行し、報酬の残りをもらった。
 だが、エトリア側にも、そしてヴェネス自身にも、苦い思いが残ってしまった。

 パラディンの予想は当たっていた。招聘した腕利きのカースメーカーが厄払いの儀式を執り行っている最中の執政院に、正体不明の一隊の襲撃があったのだ。執政院の兵が侵入者達と切り結び、ラーダ内部は阿鼻叫喚の修羅場と化す。
「ヴェネス! お願いします!」
 パラディンの要請に頷き、ヴェネスは撃鉄を起こす。ギルドはこのためにヴェネスをエトリアに派遣したのだ。ここで役に立てずして、何がガンナーか。少年らしからぬ冷徹な瞳が照星越しに敵を捉え、次々と弾丸を撃ち込んでいく。
 短い間に、敵のほとんどは戦闘能力を失い、床に倒れてうめいている。倒れている者の中にはエトリアの兵士もいる。双方、中にはうめくことさえできなくなった者もいる。敵の方は別に同情に値するものではないが、エトリアの者とはいくばくかの言葉を交わしたりもしてきたのだ。胸の奥がずきりとした。
 敵の残りはひとり。ヴェネスの世話を焼いてくれていたパラディンが、その者と切り結んでいる。聞けば彼は、エトリア樹海を踏破こそできなかったものの、実際に踏破した冒険者ギルドと最後まで張り合ったギルドに属していたという。ましてパラディンが得意とする防衛戦だ。敵は劣勢に追い込まれ、今にも床に膝を突きそうだった。いや、そう思っている間にも、実際に膝を突いた。
 自分の出番は終わった。ヴェネスは銃を立てた。
 だが、馴染み深い乾いた音を耳にして、愕然とし、自分の気の緩みを後悔した。
 ――敵側にもガンナーがいたのだ!

 ガンナーギルドに戻ったヴェネスは報酬をギルドに差し出し、自分個人の報酬を受け取った。
 父のいない貧しい母子家庭で、あまり身体の丈夫でない母の治療費を得るため、自ら飛び込んだガンナーギルドだったが、今までもらった報酬を仕送ると同時にこつこつと貯め、ギルドの退会料をまかなえるほどの貯金ができていた。その貯金を使ってギルドを脱退し、母の下に帰るのが、ヴェネスの夢だった。
 エトリアの依頼を完遂する直前までは、その夢を心に描いて、わくわくしていたのだ。母の下に帰ったら、まず何の話をしようか、と、いろいろ考えていたのだ。
 けれど、その夢は色あせてしまった。あの乾いた弾丸の音が、ヴェネスの夢を汚してしまった。何のことはない、ヴェネス自身の油断が招いたことだ。その償いをするまでは、夢に色は戻らないだろう。
 だから。
「頭領、ボクに、命じてください」
 ヴェネスはギルドマスターに談判する。背信者の断罪を、自分に任せよ、と。
 エトリアでの仕事でヴェネスの敵になったガンナーは――同じギルドのガンナー、ヴェネスの師だった。
 ガンナーギルドが同じ状況下の敵味方側双方に人員を派遣することは、あり得ない。つまり師はギルドを裏切ったのだ。エトリア側に味方する、とギルドが決めたにもかかわらず、個人の判断でエトリアの敵側に付き、あまつさえ犠牲者を生んだのだ。ギルドに対する背信行為であり、何より、弟子であるヴェネスに対する裏切りでもあった。
 背信者に対する処罰はひとつ、死あるのみ。
「技量はともかくとして……弟子であるお前に、師を討つことができるのか?」
「できます!」
 本当は、迷いがないとはいえない。ギルドに入会したヴェネスを一人前に育ててくれた師だった。兄がいればこんな人だったのかも、と思わせるような、包容力のある人だった。裏切るなんて、信じられない。
 けれどこれは現実だ。ギルドに反した師の行動によって、エトリアは若長こそ護りきったが、たくさんの犠牲者を出した。いくら割り切っていたつもりでも、心は痛む。まして、自分が油断しなければ防げたかもしれないことだったのに……!
「……よかろう」
 ヴェネスの瞳の中に決意を見て取ったのだろう、頭領は、ついに首を縦に振った。

 そして今、ヴェネスはハイ・ラガードの遠景を目前にしている。
 『世界樹の迷宮』発見に沸き立つこの街で、師に似た人物を見た、という情報を得たから。
 それが本当に師なのか、だとしたら何の目的があってハイ・ラガードに現れたのか、それをヴェネスが知る術はない。
 そして、知る必要もない。
 ヴェネスがやるべき事は、手の中にある銃を持って語り、師の急所に弾丸を叩き込むことだけなのだ。

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