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NowDrawingキャラクター紹介SS
巫医ルーナ編
叶わぬ願い

 ――金色の髪と、青い瞳。
 これは、私の、もともとの色じゃない。
 もともとの私は、草の色の髪と、赤い瞳を持っていた――。

「こんなのは、私が知りたい巫術じゃない!」
 八つ当たりする子供のように叫ぶルーナを、ドレッドヘアのドクトルマグスは、苦笑いを浮かべながらたしなめた。
「そうかもしれないね。でも、何を為すにも、初めの一歩――基本は、必要だ」
 言いながら、床に落ちたルーナの三角帽子を拾い上げ、埃をはたくと、持ち主の頭に乗せる。
 彼らドクトルマグスは、男と女でその装いががらりと違う。男性の守護霊はワタリガラスであると信じられているために、それを祀るための装いを、女性はその守護霊であるといわれる精霊ヤガーの姿を模しているのだという。
 ともかくも、巫医の二番弟子は激しく言い募ったものである。
「私、言ったわよね? ドクトルマグスの力があれば、目的を果たすことができるかもしれないって思ったから、弟子入りしたって! なのに、どう考えても、こんな力じゃ役に立ちそうにない!」
 どう見ても弟子が師匠に取る態度ではなかった。
 だが、師は声を荒らげるようなこともなく、だだっ子を諭すように、静かに答えた。
「僕も言ったはずだよ。ドクトルマグスの力には、君が期待するような力はない、とね。もちろん、僕だってマグスの力をすべて知っているわけではないから、絶対に、とは言い切れないけれど、世界の理として、ありはしないはずなんだ」
 いつもはどことなくぼんやりしているような目が、真っ直ぐにルーナを見据える。
「君のすべてを代償に捧げたとしても、死者を蘇らせるような、そんな力はね」
「でも、エトリアの樹海では、私は――冒険者に倒された『大敵FOE』は何度も蘇って――」
「『大敵』と人間は違うよ。それに――いや」
 何かを言いかけた師は、思い直して首を振った。そして、再び静かに切り出す。
「……それほどまでに思いが強いのなら、君も、世界樹に上ってみるか?」
「え……?」
「あの中の遺跡を作った者や、天空の城に眠る何かなら、君が望む力を掴むヒントぐらいは、残してくれてるかもしれないよ。もっとも、僕自身は、そんなものはないと思っているけれど……けれど、ないと言い切ることもできない」
 一度間を置いて、再び続けた。
「どうするかは、君が決めることだ。君はこのまま修行を進めてもいいし、初歩を学んだだけで飛び出して世界樹に挑むのも、自由だ」
「私、行くわ!」
 間髪を入れずにルーナは答えた。
「こんなところで、じっとなんかしてられないもの!」
 ルーナは自分の巫術具を掴み、別れを言う間すら惜しいとばかりに、部屋の出口へと駆けだした。今身につけているもの以外の彼女の私物はない。ただこのまま、外に出て行けば、新たな旅のはじまりだ。
 けれどルーナは出口で佇んで、ふと、師匠の方を振り返った。その顔に浮かぶ表情は、それまで師匠に盾突いていた生意気な弟子のものではなかった。
「……わがまま言ってごめんね、師匠。それと、短い間だったけど、今までありがとう」
「……君の行く手に、ワタリガラスの導きと、守護精霊ヤガーの加護があらんことを」
 扉の向こうへと消えていく弟子を、師は、柔らかな笑みで見送った。

 ルーナのことを、師はそれほど多く知っているわけではない。
 彼女の言葉を完全に信じるとすれば、もともとはエトリアに住んでいたという。
 一ヶ月ほど前に突然やってきて、巫術を習いたいと言ってきた。
 その理由として挙げたのが、『死者の復活』。
「私に大事なことを教えてくれた、大事な人を、失ってしまったから」
 どうも彼女は勘違いをしているようだ。
 自分達ドクトルマグスが追い求める古の巫術。その中の、まだ見ぬものの中には、死者の魂を術者の身に降ろして交信するというものがあると言われている。彼女はそれが目的のようだった。
 死者の魂と接触できるのなら、それを自らの身の裡に固定し、蘇生させることも可能であろう、もちろん自分の肉体と引き替えにするのは承知の上だ、と。
 ただ、師は、それは真に死者と語らうものではないと思っていた。
 死者との会話を望むのは死者自身ではない。そう考える意識すらなくしているのだから。それは、死者となった者を失った生者の魂を癒すための儀式なのだ。
 まして、引き戻し蘇生させるなどとは。
 もちろん、師とてまだ修行途上にあるマグスだ。何もかもを正確に知っているわけではない。長い修練の果てには、ひょっとしたら本当に、死者の魂と語らう術も、蘇生させる術も、あるのかもしれない。
 ただ、思うのだ。それだけを目的にし、道を追うのは、決して正しいことではない。
 それは、歴代のマグス達の苦労を愚弄する行為であり、ルーナ自身さえをも不幸にする、悲しい道なのだ。
 けれど、それを他人が指摘したところで、彼女は納得するまい……。

「まったく、なんて失礼な娘なんでしょう」
 一部始終を黙って見ていた一番弟子・ウェストリが、憤懣やるかたなしという塩梅で声を荒らげる。
「先生がわかりやすく諭しているというのに、まったく、ルーナときたら! 世界樹の迷宮にでも何でも行って、壁にぶち当たってすごすごと帰ってくればいいんだわ」
 師は思わず忍び笑いをした。単に「諦めろ」ではなく、もちろん「のたれ死ね」などではなく、「帰ってくればいい」というところが、ウェストリらしい。
「そうだね、ルーナがれてくれる薬草茶は絶品だからね」
「私だってあれくらいはできます!」
 師が笑いながら言うところに、ウェストリは噛みついた。しかし、ばつが悪そうに頭を振ると、
「まぁ、そりゃ、あの子みたいに、いつもいつもうまく淹れられはしませんけどっ」
「なに、誰もが何もかもを完璧にできるわけはなし。完璧な人間がいるなら、この世にはそいつ一人がいれば事足りてしまうじゃないか。――でも、世界にたった一人だなんて、寂しいものじゃないか」
 言いながら、師は去った弟子に思いを馳せる。今の彼女は孤独なのだ。少なくとも当人はそう思いこんでいる。失ってしまった大事な人だけが自分の存在を証明するのだと考え、他の繋がりがあるのだと思っていない。
 ドクトルマグスの巫術ちからは、自分と世界全体との間の様々な『繋がり』を意識しなければ、真価を発揮できないというのに。
「彼女は焦っているんだよ」
 ウェストリに、穏やかな声音で師は告げた。
「この世の真理を知らずに喚く赤子と同じなんだよ、今の彼女は。でも、彼女がそれを知って理解した、その時には……」
 世界樹の中で、ルーナは何を見て、何を知るだろうか。
 師は迷宮のことは深くは知らないけれど、噂で聞く範囲で想像するならば、そこは、決して孤独なままではいられない場所だ。踏破するにも一人では荷が勝ちすぎ、たとえ一人で踏破できるとしても、樹海の脅威は否応なしに関わってくる。
 できることならば、信頼できる仲間を得て、その『繋がり』に気が付けばいいのだけれど。
 師は、そんな願いを込めながら、一番弟子に、そして、去っていった二番弟子に、宣するのだった。

「それを知って理解した、その時には――ルーナは真に『人間』に、巫術を追い求めるに相応しい者になるのさ」

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