←ギルド紹介ページに戻る
←テキストページに戻る
NowDrawingキャラクター紹介SS
呪術師パラス編
二度となき『いつか』

「へっへー」
 と、カースメーカー・パラサテナ、通称パラスは勝ち誇る。
「エトリアの樹海探索に勝ったのは、私たち『ウルスラグナ』! つまり、アナタより私の方が、カースメーカーとして上ってことなのよ!」
 勝利の雄叫びを強制的に聞かされているのは、二人の人物だった。金髪のパラディンと、白髪に近い銀髪のカースメーカー、どちらも、パラスにとっては再従兄弟、つまり『はとこ』にあたる。ただし、ここエトリアにおいては、彼らは、血族関係以上に重要な関係にあった。はとこ達は二人とも、パラスが属している冒険者ギルド『ウルスラグナ』と最後まで迷宮制覇を競った、ライバルギルドに所属していたのである。
 なお、正しくいうならば、パラスがエトリアに来た時には、すでに二人がギルドに所属していたので、特に銀髪のカースメーカーの方に競争意識を持っていたパラスは、敢えてそのライバルである『ウルスラグナ』に加わったわけだが。
「いやもう、それは何度も聞いたから」
 銀髪のカースメーカーが嘆息しつつ応じる。ところでカースメーカーとはいうけれど、この場にいるカースメーカー達は、まったくそう見える格好をしていない。世に聞こえる彼らのイメージと反する性格も手伝って、胸に下げる呪鈴がなければ、誰もそうとは信じまい。
 その隣で、こちらも今は普段着の、金髪のパラディンが、苦笑した後、ふと問いかけた。
「ところで、ハイ・ラガードに行くんだって、パラス?」
 遥か北方の公国、ハイ・ラガードからもたらされた報せは、エトリアに残っていた冒険者達に衝撃を与えた。
『ハイ・ラガードの世界樹の内部に遺跡を孕んだ迷宮が発見された』
 ハイ・ラガードの中央に座する、というより、街がその周りを取り囲むように建造されている、巨大な古木。曰くありげな代物だったから、調査の手が前々から入っていたのは当然のこと。しかし、これまでは何の進展もなかった調査が、突然、驚くべき情報をまとって一足飛びに発展したのである。
「ひょっとしたら、エトリアの迷宮の『あれ』を、『ウルスラグナ』が一度とはいえ倒した余波、なのかな」
「なんで、そう思う?」
 銀髪のカースメーカーの言葉に、パラディンは考えながら言葉を出す。
「ほら、『ウルスラグナ』が聞いたっていう、前長の言葉が真実なら、つまり、この世界は一度滅びかけていて、それを癒す役目を負っていたのが、この『世界樹の迷宮』なわけだ」
「うんうん」と相づちを打つ、ふたりのカースメーカー。
「前長はいないし、もう樹海も閉ざされちゃってるから、何を確認することもできないけれど……もし『あれ』が、そういった機巧の統括、ないし守護者だったとしたら、それに危機があった時には、何かしらの理由で別の迷宮が口を」
「ちょっと待った!」とパラスは口を挟む。
「それって、変。迷宮の口なんか開かない方がいいじゃない。何の理由で迷宮が開くのかわからないけど、下手に開いたら、また、私達みたいな冒険者が入り込んで、いるものいらないものみんなあさり尽くしちゃうよ」
「ああ、そう言われりゃそっかぁ」
 ぽん、と手を叩いて、パラディンは頷いた。
「お前の意見が間違ってる、って決まったわけじゃない」と、銀髪のカースメーカーが慰める。
「相変わらず過保護なの」
 パラスは呆れたように声を上げ、しかし続く言葉では改まった。
「でも確かに、何が正解で何が間違いかなんて、わからない。だから、私達がちゃんと調べて、わかったことがあったら手紙送ってあげる。なに、任せてよ、エトリア樹海を踏破した『ウルスラグナ』に、ツスクルから里伝来の呪鎖を取り返した私がいる限り――」
 じゃらり、と、どこからか引き出されたのは、冥府の炎のように深く赤い、鎖であった。三人がいる場所が、人気の多い場所だったならば、その鎖がまとう妖気を感じて、気分の悪さを訴える者もいたかもしれない。だが、等しく呪術師の系譜に連なる三人にとっては、幼少時に慣れ親しんだもの。
 その呪われた鎖を、パラスは銀髪のカースメーカーに押しつけるように突き出し、にんまりと笑う。
「――ハイ・ラガードの迷宮がどんな魔境だって、そうそう負けたりしないよ。ほーら、うりうり」
「勘弁してくれ、パラス」銀髪のカースメーカーが、うんざりと吐き出した。
「まぁまぁ」とたしなめるパラディン。
 ひとしきり、はとこをいじめたパラスは、改めて真剣な顔を見せた。
「私はツスクルに勝って呪鎖を取り返したけれど、私一人で勝った訳じゃない。他人の力を借りたことを恥じるつもりはまったくないけど、力を貸してくれた人たちには恩を返さないと。パラスがいたからハイ・ラガード樹海も突破できた、って言われるくらいには頑張らないとね」
 呪鎖をしまったパラスは、はとこ達に尋ねる。
「――ねぇ、アナタたちはどうするの?」
 先に答えたのは、銀髪のカースメーカーだった。
「僕は里に帰るよ。一応は本家なんだし、もっと修行しないとな。で――」
 びっし、と、パラスに指を突きつけてくる。
「ナギの子の長兄の名に賭けて、君だけは、へこまさなくてはなるまい!」
「できるもんならやってみな! あっはっは!」
 親族達の様子に苦笑いするパラディンもまた、はとこの少女に問われ、答えた。
「ここの執政院にね、入れてもらうつもりなんだ」
「え! やっぱり、噂、本当だったんだ」
「うん、オレルス様が俺の力を買ってくれて。この街でどれだけのことができるか、やってみるつもりだよ」
 パラディンが何を考えて、絶頂を越え行こうとするこの街の護り手になろうとしているのか、パラスにはわからない。たぶん、彼の従兄である銀髪のカースメーカーにもわからないだろう。ただ、パラディンは、その職名が示す心根に相応しく、何か護るべきものをこの街で見つけたのだろう。それを止める気は、パラスにはない。ただ――。
「でも、ちょっと残念。カースメーカーには戻らないんだ」
 同じ血に繋がる者、訳あってパラディンとして育ってしまったとはいえ、今から修行し直せば、それなりの呪術師にはなれるだろうに。けれど聖騎士のままでいるのも、彼自身の選択。それをどうしてねじ曲げられようか。
「ま、いいけど。ライバル増えなくて助かるしね」
 カースメーカーの少女は、思いの丈はともかくとして、口先ではそう締めるのであった。

 時は永遠ではない。留まるものも、いつかは動き出さなければならない時が来る。
 それぞれの道を歩む前の、最後の憩いの場も、畳まなくてはならない時が来る。
 別れ際に、パラスは、はとこ達に、特にパラディンに問いかけた。
「私たち『ナギの一族ナギ・クース』の信条、忘れてない?」
「忘れてないよ」と金髪のパラディン。
「呪術師の修業は絶えて久しいけど、それだけは、決して忘れてない」
「ちゃんと言える?」
「言えるさ!」
 ちょっとふくれたような顔で言い切るパラディンに、パラスは意地悪げな笑みを見せる。
「言ってみな?」
 パラディンは、こくりと頷くと、朗々とした声を上げた。
「『ナギの一族』として生まれ、この世を生き抜くからには、よく喜び、よく怒り、よく嘆き、よく楽しめ!」
「はい、よくできました!」
 姉が弟を誉めるような面持ちで、パラスは笑いかけた。
 本当は、表層的な言葉だけで表されるような意味を持つ信条ではない。そうは見えなくても、ナギの一族は呪術師なのだ。人以上に感情を持てと教えるのは、人の心を人以上に知ることで、他者に効率よく呪詛を掛けられる力を得るため。
 ――呪力を増すために持つ感情ゆえに、自分が放つ呪詛で滅ぶ者達の無念で、心が傷つけられ、他の流派の呪術師よりも潰れやすいとしても。
 それでも、と、パラスは思う。自らの呪われた力に怯えて心をくらく閉ざし、闇から逃げるように生きるより、こうして精一杯の喜怒哀楽を纏い、傷つきながらも己の中の闇と可能な限り共に歩んでいく方が、少なくとも自分には合っている。たぶん、目の前の銀髪のカースメーカーや、パラディンも、同じ意見だろう。
 そう、私たちは『力』の奴隷となるために生まれたわけではないのだから!
「……次に会う時は、いつになるかな」
 ぽつりとつぶやくパラスの言葉に、はとこ達は口々に答えた。
「僕は当分、里から出ないつもりだ。これでも今回の冒険で、自分の修行不足は痛感してる。だから、納得いくまでは、母さんやドゥアトさんに修行を付けてもらう」
「『ウルスラグナ』旅立ちの見送りぐらいはするよ。あとは、わからないね。俺もたぶん、エトリアを出ることは当分ないと思うから」
「そっかー……」
 帰る者、残る者、旅立つ者。各々には各々の選択があり、自分の心が指し示す道に従って、歩を進める。それを止めることは、当人以外の誰にもできないし、もとよりパラスは自分も他人も止める気はない。しばらく会えないのはちょっと寂しいけれど。
「じゃあ、また、いつか、だね」
「そうだね。二人とも、元気で」
「冒険で死ぬなよパラス。死んだヤツには永遠に追いつけなくなるんだから」
 口々に言葉を発しながら、手を差し出す。しばし、手に互いの温もりを感じ合い、未練の一筋もないかのように、きっぱりと離れた。けれど、物理的な接触距離など、三人には何の意味があろうか。どれだけライバル意識を持って、張り合っていても、三人は血族で、互いをかけがえのない者と思い合っている者同士なのだから。

 そうして、帰る者は、ナギの里への旅路を辿り。
 残る者は、エトリア執政院へと足を向け。
 旅立つ者は、ハイ・ラガードへ向かう仲間達の下へと戻っていく。

 しかし、それぞれのクラス において達人級である三人とても、未来を読むことはできない。
 だから、この時、気付くことはなかった。
 三人が揃って顔を合わせられる『いつか』は、これが最後だったのだとは――。

←ギルド紹介ページに戻る
←テキストページに戻る