←ギルド紹介ページに戻る
←テキストページに戻る
NowDrawingキャラクター紹介SS
野伏ナジク編
力求めし果て

 力が、欲しかったのだ。
 何者にも踏みにじられない力が。

 小国同士の戦に巻き込まれたナジクの一族は、戦禍を逃れて、比較的平穏を保っている自治都市群を目指した。旅の途上は楽なものではなく、血に飢えた兵士や野盗の追撃で、一族はあっという間に数を減らしていった。
 そして、ようやく身の安全が保証された時には、一族は数えるほどしか残らず、ナジクの近しい血縁の者は、誰もいなかった。
 だから、力が、欲しかったのだ。
 何者にも踏みにじられない力が。

 弓の修練の助けになるかと思ってエトリアの迷宮に足を踏み入れ、やがて聖騎士エルナクハ率いる冒険者ギルド『ウルスラグナ』に出会った。ギルドマスターの傲慢なほどに強い意志に、蛾が灯火に惹かれるように、ギルドに加わった。迷宮の中で力を得ていく自分に、愉悦した。

 そして――第五階層で、何よりも強くなる方法を知ったのだ。
 『世界樹の王』。かつて汚染されたこの世界を浄化するために生み出された『世界樹』の、その細胞を自らに植え付けたという――もともとは、ただの人間。『彼』の強力な攻撃を受け、防ぎ、反撃の機会を窺っているうちに、ナジクは確信した。
 これこそが、自分が求めていた力。
 この世にある者すべてを凌駕する力なのだ、と。

 戦いが終わって、かつてヴィズルだった者の残骸と世界樹の残骸を仲間達が呆然と眺めている時、ナジクに語りかけるものがあった。

 ――依り代が壊れちゃった。もう、ニンゲンが何を企んでいても、僕にはわからない。

 ナジクの目の前にひょっこりと顔を出したのは、地下十階で見かけたり、地下十八階に現れたりしていた(こちらの方は又聞きでしかないのだが)、小さな芽のようなものだった。ただし、葉の数は四枚。淹れたての薄紅葵ブルーマロウ の茶のような蒼い色をしていた。
 ナジクにとっては大層大きく聞こえたその『声』だったが、仲間達には聞こえていないようだった。ナジクは屈み込むと、はたして『耳』があるのかどうかもわからない『芽』に語りかけた。『何者だ』などと訊く必要はなかった。
「お前を受け入れたら、僕も、ヴィズルみたいな力を得られるのか?」
 答えは、直接的な回答で、という意味では、得られなかった。

 ――君には死なない力をあげる。だから、その力で、僕が死なないように守ってよ。

「いいとも」ナジクは頷いて、『芽』に手を伸ばした。
「別にお前を殺す気はない。もう、迷宮の謎は解けたからな。だから、お前は僕が受け止めてやる」
 そして浮かべた笑いは――見る者によっては、『邪悪』と評せられたかもしれない。
「だから力をよこせよ。ヴィズルみたいな力を。僕達のような弱いものが、強いものに蹂躙されないために」

 この時、ナジクはいくつもの思い違いをしていたのだ。
 ひとつ、そもそも、世界樹の王を倒した自分達は、強い存在になっていたということ。少なくとも、自分を虐げた人間よりは、はるかに強くなっているはずだった。もはやナジクは弱者ではなかったのだ。
 ひとつ、世界樹の迷宮の謎は、未だに解けていなかったこと。足元には、まだ未知の階層が残されており、近いうちに自分達が足を踏み入れるになろうとは、思ってもいなかった。
 そしてもうひとつ――それを、ナジクはいずれ、身をもって思い知ることとなる。

 思い違いのうちのひとつは、程なくして正された。
 遺都の再調査をするうちに、さらなる深淵へと続く道が発見されたのである。『ウルスラグナ』が世界樹の謎を解いたためにエトリアを去ろうとしていた、冒険者ギルドのいくつもが、思い留まり、今度こそ我らこそが樹海の真実を明かす、と意気込んで、再び迷宮へと潜っていった。
 無論、『ウルスラグナ』とて後れを取ってはいない。他のギルドが真朱の洗礼を受けて帰らぬ人となる中、どうにか生き残って深淵の恐ろしさを思い知り、慎重に歩を進めていく。
 そうして、これまでの樹海のパターンであれば、おそらく最終階になるであろう、地下三十階へと、足を踏み入れた。
 その頃から、ナジクは体の不調を感じるようになった。
 ある意味詐欺だ、と思った。
 樹海の意思を受け入れたのに、その力は、一向に発揮されない。これまでも、他のギルドメンバー同様に、敵の激しい攻撃に嬲られ、時には意識を失って、アベイの蘇生術の世話になる、そんな毎日だった。何が、死なない力をくれる、なんだ。おまけに体調不良とは、ふざけるにも程がある。
 が、『ある意味』と付くのは、樹海の力が確かに自分の中に息づいているのは、確かに感じるからであった。考えてみれば、あの『芽』は、「受け入れたらすぐに力をやる」とは言っていなかった。今はまだ、ナジクの身体に力が馴染む最中なのだろう。不調はその弊害なのかもしれない。というか、そうとでも考えないとやっていけない。
 ともかくも、今さら焦っても仕方がないか、とナジクは思っていた。
 ナジクにとっては幸いなことに、地下三十階の探索が佳境に差し掛かった頃、不調は嘘のように消え去った。それどころか、自分の身の裡に宿る世界樹の力が強まっている気がする。
 今なら迷宮に行ける、とレンジャーは思った。仲間達の力を借りなくても、彼らをあのおぞましい迷宮内で危険にさらさなくても、自分一人だけで探索することもできるだろう。もちろん、自分だけで探索の成果を独り占めする気はない。成果は『ウルスラグナ』全員のものだ。書き置きでもしていけば、一人で迷宮に行った自分を皆は追ってくるはず。強力な敵どもを一掃して、彼らが来るのを待とう。そして皆が追いついてきたところを迎えるのだ。「これが樹海の真実だ。僕達はついに深淵の真実を見たんだ!」と。
 明らかにおかしい思考だったが、あくまでも仲間のため、とナジクは自分自身の考えを疑わなかった。
 だが、それは破滅の道標――人間に侵されようとする自分の身を守ろうとする樹海の『意思』が、自分を宿した人間の意識を、そうとは悟られないままに浸食し、都合のいいように操る過程の、最終段階であった。
 かつてエトリアの長であり、その正体は前時代人の研究者であったヴィズルが、自らは街のためと信じながら、その実、樹海の意思によって、奥地へと足を踏み入れる冒険者の死を望んだように。
 それが、ナジクの最大の思い違いであった。
 彼には、樹海の傀儡となる以外の道は用意されていなかったのだ。
 『世界樹の王』を倒した直後、『芽』を受け入れた、その時から。

 世界樹の傀儡であるナジクを阻む魔物はただのひとつもない。かつて樹海の竜達が施した封印も、『ウルスラグナ』が竜を倒したがために、力を失っていた。その先に立ちはだかる竜達は、所詮は世界樹の真の王が生み出した複製品に過ぎず、自分達と同じ傀儡を阻む理由を持たない。
 そして、レンジャーは、今は自分の分身――と思っているのはナジクの方だけだが――である、世界樹の真の王に邂逅した。正気の人間が見れば、ただの肉塊にしか見えないその存在は、しかしナジクには、なべてを生み出す崇高な神に見えた。……あるいはその認識こそが正しいのかもしれない。人が人を産み出すための器官も、それ単体が外に出されてしまえば、ただの肉塊にしか見えないのだから。
 ともかくも、ナジクは警戒することなく『それ』に近付いた。
「お前が……僕の『力』、なんだな……」
 うっとりと『それ』の表面を撫でながら、ナジクはつぶやく。
 そして、この素晴らしい力を披露するために、仲間達の到着を待った。

 ナジクがただひとつ、同じように世界樹の力を自らの中に受け入れたヴィズルに勝る点がある。
 それは、今この時に、仲間がいること。
 妻子を失い、同胞をはるか昔に置き去りにしたヴィズルは、世界再生の責務に囚われていた。いくら周囲に彼を慕う者達が集っていたとしても、孤独だった。最終的に彼を『現在』に引き戻す者は、誰もいなかったのだ。
 だが、ナジクにはいた。特に、年下の赤毛のソードマン。逃避行の途中で弟含む家族を亡くしたナジクにとっては、その弟同然に可愛がってきた仲間。
 自分を追ってきた仲間の中に彼の存在を見た時、ナジクは一瞬、動転した。
 自分の中の力が――自分で制御できるはずだと思っていた世界樹の『力』が、彼を含む仲間達に『死』を意味する意思を向けたと知ったから。
 ――話が違う!
 その時初めて、ナジクは自分が『世界樹の意志』に浸食されているのだと知った。
 確かに『力』はこの身に宿った。けれど、それはナジク自身の意のままにはならない。それどころか、自分の身は、人間のように動き回れない樹海が人間を管理するための『器』として利用されるだけだったのだ。
 激しい後悔は、もはや露を拭うほどの力すら持たない。
 『世界樹の意志』に操られるまま、誇らしげに自分の選択を語るナジクは、最後に残された自分自身の意思で懸命に叫んだ。
 こんなつもりじゃなかった、早く逃げてくれ、と。
 その声は『世界樹の意志』に絡め取られ、決して仲間には届かないと、わかっていたけれど。

 そして――気が付いた時には、自分は、ケフト施薬院のベッドの上で眠っていた。

 『ウルスラグナ』は、下したのだ。紙一重での勝利だったとはいえ、あの強大な化け物でさえも。ただ、自分達が持ち得る、自分達が制御しうるだけの力のみを頼りにして。
 ひるがえって、自分ときたらどうだ。力を望んだ果てに、制御すらできないものを呼び込み、大事なものさえ壊しそうになった。
 仲間達が止めてくれなかったら、自分が、自分の一族を苦難に追いやった輩と同じ存在になっていた。
 過去にこだわった挙げ句、現在をないがしろにするところだった。
 そんな自分には、もう、仲間達と共にいる資格などない。
 ナジクはそう思った。だが、それでも、仲間達と離れがたいのは、フォレスト・セルの胎内から助け出された時に感じた温もりを、手放すのが惜しかったから。
 何たる未練だろう。けれど、それでも、求めてしまう。今となっては魅力を感じなくなった強大な力よりも、堕した自分に手を差し伸べてくれた仲間達の存在を。

 ――バカヤロウ、何、たった一人で何でもかんでも抱え込もうとしてんだよ……!

 ぴしゃり、と叩かれた頬の痛みは、未練のよすがとなって、鼓動と連動して疼く。

 僕はもう、自分の望みを追うのは止めよう。レンジャーの青年は、そう思った。
 こんな自分をそれでも助けようとしてくれた仲間達の陰に隠れ、仲間達のためだけに、この身を使おう、と。
 他の何者にも、塵芥のような存在と思われてもいい、ただ、塵が光を反射して時には虹を作るように、こんな自分でも、仲間達の役には立てるはずだ。ひそやかに、僕は仲間達の靴の下の礎石となろう、と。

 そうして、『ウルスラグナ』のレンジャー、ナジク・エリディットは、それまでに輪を掛けて、物静かというにも程がある人格を身にまとってしまった。
 彼の負った心の傷が癒えるまでには、しばらくの時間が必要となる……。

←ギルド紹介ページに戻る
←テキストページに戻る