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吟遊詩人マルメリ編
夢に楽土求めたり

 エトリア西方の御山に住まう黒色民族バルシリットは、元来、流浪の民であった。その源流であるという『黒い土の王国ケメト』を後にし、世界中をめぐり、最終的に御山に定住を始めたのが、どれくらい昔のことなのか、もはやいかなる古老の記憶にもない。ただ、一族の生誕を祝い、恵みの季節に感謝し、婚姻を言祝ぎ、死者を悼む時、その歌は誰の口からともなく流れ出る。
 ――夢に楽土求めたり、と。

 定住生活を始めて久しくも、その身に流れる父祖の血は、何処ともしれぬ地への旅を今だに夢見るのか。そのせいか、ほとんどの一族の者は、生涯に一度は、何らかの形で御山を離れ、旅上の人となる。
 そんな中でもマルメリの両親は変わり種だった。娘が生まれても御山に戻って定住しようとはせず、時には旅芸人の一座に、時には行商人の隊商に混ざり、気の向くままの放浪暮らしを繰り返していた。だから、マルメリにとっても、御山は『故郷』というよりも、時々立ち寄る休憩所のようなものにすぎなかったのだった。
 従弟のエルナクハの、いつまで経ってもやんちゃ坊主めいたところに呆れつつ、その妹のオルセルタに歌をせがまれては応え、一時の安息を味わいつつも、マルメリの胸の裡には、漠然とした疑問が渦を巻く。
 どうしてみんな、この御山から離れたがらないんだろう。
 先に述べたとおり、バルシリットは旅に焦がれる民である。だが、不思議なことに、可能な限りは必ず故郷に舞い戻り、御山でその生を終えることを、ほとんどの者は望んでいた。
 おそらく、マルメリや両親には、放浪の旅を重ねていた父祖の血が色濃く継がれたのだろう。
 ならば自分達の行く末はひとつ、現実にしがみついた同胞達とは違い、父祖の志を継いで楽土を求め続けること。死の間際までいずこかへと向かって羽ばたき続けるこことだ。

 けれど。
 自由に羽ばたくことが真に正しいことなのか。
 地に縛り付けられていることは、おかしいことなのだろうか。

「空飛ぶ城のおとぎ話には、いろいろと名台詞があってな」
 ハイ・ラガードを目前にした日の夜、冬の魔女の未練のような寒気の中で行われた宴のたけなわの頃に、ふと、アベイが口を開いた。バードたるものとしては、人一倍、伝承への興味は深い。ましてアベイは前文明の生き証人なのだ。マルメリは耳を漏斗のようにする思いで話に聞き入った。
「一番の名台詞は『目が、目がー!』かな」
「それのどこが名台詞なのよ」
 呆れ顔で肩をすくめるオルセルタに、アベイは笑って応じた。
「まあ、それが名台詞だっていうのは冗談で」
 ふと、メディックは真面目な表情を帯びる。
「ちゃんとした名台詞。空飛ぶ城の王様の末裔のヒロインがな、やっぱり王家の末裔だっていう敵に、言うのさ。えーと……うろ覚えになるんだけどよ……」
 その言葉を聞いた時、マルメリは、それを完全な形で聞いてみたい、と思ったのだった。
「どれだけすごい力を――世界を統べる力を持っていたとしても、大地を離れては生きていけない、と」

「はは、アタシって、なんてバカぁ……」
 宴が終わり、皆が宿に戻ろうとする後ろで、マルメリは丘にしゃがみ込み、空を見る。
「……なにやってんだ、マァル」
 その様に不審を覚えたのか、従弟でありギルドマスターでもあるエルナクハが、近付いてきて声を上げた。
 マルメリは振り返ってパラディンを見上げる。
「エルナっちゃん……」
「その呼び方はヤメロ」
 と言われてもマルメリは改めない。
「ねぇエルナっちゃん、『夢に楽土求めたり』って言葉、意味わかる?」
 呼び名はスルーかよ、とエルナクハはつぶやいたが、質問にはきっちりと答えた。
「ああ、御山の祭りとか儀式とかでよく言ってた言葉だな。なにって、まんまだろうが」
「まんまって、なによぉ?」
「夢の中に理想郷を見ましょう、ってことだ。そのとおり、結局、理想郷なんて、夢でしかないのさ。オレら自身の足の付くところ、確固たる現実の大地の上に、それに近いものを、オレら自身で作らなきゃいけないんだよ。都合のいい理想郷なんて、この世の中に用意されてるもんじゃねぇ」
 マルメリはさらに落ち込んで、溜息を吐いた。
「はぁ……エルナっちゃんだってわかるようなこと、今まで勘違いしてたなんてなぁ……」
「そりゃどういう意味だゴラァ」
 眉根をしかめてエルナクハは怒声を上げたが、ふと肩の力を抜いて続ける。
「らしくねぇぞマァル。オレはあの言葉、そういう意味に取ってたけどよ、本当はマァルの『勘違い』の方が正しいのかもしんないぞ」
「アタシね、ずっとずっと旅をした先に『楽土』があるんだと思ってた。アタシ達みたいに『楽土』を求めて旅を続けるのが本来の『バルシリット』で、『夢に楽土』とか言いながら御山にしがみついてるみんなが変なんだと思ってた」
「ああ、そのあたりに限っちゃ、オマエがバカだ」
 エルナクハは容赦なく罵声を浴びせる。
「オレらは――オレらのご先祖様は、旅に継ぐ旅の末に、御山にたどり着いたのさ。で、夢の中の理想郷には敵わないかもしれないけれど、そこに自分達の安息の地を構えようと決めて――そして今の御山がある。『夢に楽土』の本来の意味がどうであれ、それには間違いない。オレはそうとってたけどな」
「うん、アタシがバカだった。反省するよぅ」
「それはそれとして、何で今さらそんなことを考えたんだよ?」
 従弟の疑問に、マルメリは空を伸ばした。星明かりを遮る影として視界にある世界樹の偉容の、その遥か上空を指すように。
「さっき、アベイ君の話を聞いてね、思ったのよ」
「空飛ぶ城のおとぎ話、か?」
 マルメリはこっくりと頷いた。
「いくら旅をして『楽土』を求めて、地にしがみつくことを止めたつもりになっていてもね、アタシの足元に大地はいつでも存在するのよ。大地を離れたら堕ちるだけ、アタシ達は鳥じゃないんだもの。いえ、鳥だって地面がなければ休めない」
 一息吐いて、マルメリは、酒場でも歌った『ハイ・ラガード興国記』の一節を口ずさんでから、続けた。
「じゃあ、空飛ぶ城にいるかもしれない人々は? その中に今も誰かが住んでいたとしたら、その人は本当に幸せなのかなって。この地上が昔、人間が住めないところになったのはわかるけど、それから逃げて、ずっと空の上に閉じ込められて、どう思っているんだろう、って」
「さぁな」
 真剣な疑問を、エルナクハは一言で片付けた。
「そんなこと、実際に会って聞いてみなくちゃ、わかんねぇよ」
「かもね。でも――なんか、可哀想に思うわぁ」
「ああ」
 自分達の勝手な感慨の押しつけかもしれない。だが、空にある者達は、地に戻れないことを、どう思っているのだろう。
 ハイ・ラガードの父祖となった者達は、地へ帰還する機会を得られたことを――他の『空飛ぶ城』がまだ空に留まっている時期の帰還を、喜んだのではないだろうか。
 たとえ、『世界樹計画』の成就が未だ成らぬ地上が、人間が生きるには緩やかな死を意味する地獄のようだったとしても。
 それでも、地上は彼らにとって、夢に見た楽土だったのかもしれないのだ。
 だが、やはり、人間は空にも憧れる。空飛ぶ城のおとぎ話が成立するように。
「欲張りなのかもしれないねぇ、人間は。自分の行けないところに行きたがる。地からは離れられなくても」
「それ、要するに冒険者オレらのことじゃねぇか」
 とエルナクハは笑った。
 かつての放浪の途上、たまに御山に寄っただけの頃に見たものと変わらない、従弟の笑い顔を前に、マルメリは思う。
 まだ旅には焦がれる。
 けれど、いつか生命が尽きることを自覚した時には、己がルーツである御山に帰るのもいいかもしれない、と。 

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