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NowDrawingキャラクター紹介SS
武士焔華編
伝統と革新と

 安堂焔華の冒険は終わった。
 憧れの『氷の剣士』レンと見え、状況自体は本意ではなかったが、刃を交えることもできた。それだけでも僥倖なのに、『世界樹の迷宮踏破者』という名誉さえも戴くことができた。
 焔華は、大手を振って東方皇国へ帰還できるのだ。
 そう思っていた。
 少なくとも、北方からの報せが届くまでは。

 ――ハイ・ラガードの『世界樹』の内部に、謎の遺跡と迷宮が発見された。

 『ウルスラグナ』に栄誉を奪われた冒険者達は、次々と北方へ向かっていく。『ウルスラグナ』自体は、エトリアの英雄と祭り上げられたがために、なかなか身動きが取れなかったものの、やはりハイ・ラガードへ向かう気でいた。
 さらなる冒険の予感を前に、心に火が灯ったためでもある。
 その正体が前時代人であったメディックの、自分の親世代の成したことを見届けたい、という願いに、心が動かされたためでもある。
 だが、焔華の目的は、他にもあった。
 仲間達とは重ならない、ひとつの目的が。

 東方皇国にいた頃、当地のブシドー達の間で噂になっていた、とある流派のブシドー達がいた。
 北方に修行の場を求めて去っていった同胞達ではあるが、彼らのことが口端に上る時は、『誇りを忘れた恥知らず』という意味が暗に込められた。
 彼らは、ブシドーの伝統を破壊しているとの話だったのだ。
 たとえば、『構え』である。東方皇国の『伝統に則った』ブシドー達は、『構え』に時間を掛ける。その一挙一足にさえも気を使い、常に他者から見られていることを意識し、身体を運ぶ。
 しかし、北方の同胞は違った。構えは『略式』、他者からどう見えるかは顧みない。ただ、『構え』た後の効果さえ等しく得られるならば、『伝統』を簡単に無視する。
 『構え』だけの問題ではない。ブシドーがブシドーたる所以の、それぞれの技も、かなり『改悪』してしまっていると聞いていた。
 もちろん、焔華もそう思っていた類であった。ブシドーが己の流儀をないがしろにして、ブシドーの名を名乗れるものか、と。技の成立には、それなりの歴史がある。たとえ実戦では無意味なものだとしても、その歴史をないがしろにする者は、ただの戦闘狂である。そんな憤りのあまり、焔華は北方の同胞のことを記憶の表層から追放し、忘れ去っていた。
 記憶の奥底から彼らの存在を引き戻したきっかけは、この度話題となったハイ・ラガードの近辺が、北方の同胞たちの修行場であったことを思い出したことだった。

 ブシドーの技で実戦を経験した今なら、焔華にもわかる。
 『伝統』に則ったブシドーの技は、実戦では通じない。
 ブシドーは最大の攻撃力を誇る。その刃の前に、無事でいる者は、そう多くはない。
 だが、その火力は、ブシドー達が自らの生命を無視した戦いを繰り広げることと引き替えに得られたものである。敵陣に深く、さらに深く、反撃を受ければ致命傷は免れ得ないほど深くに切り込むがために。
 そして、『礼』を重んじるがために、戦闘の『構え』にも時間がかかり、通常の戦闘においては、その火力すら存分には発揮できない。
 同じブシドー同士、同じ『礼』を重んじる者同士なら、それでもよかろう。
 人間相手でも、それほどの不利にはなるまい。
 が、人ではないもの達の巣くう、『世界樹の迷宮』のごとき人外魔境では、ブシドーの戦い方は通じない。
 焔華は、最終的に樹海を踏破したギルド『ウルスラグナ』との冒険を通じて、それを痛いほど実感したのであった。
「……やけんど、こんな魔境なんて、そうそうあるもんでもなしや……」
 そう、あくまでも『世界樹の迷宮』が特殊なだけなのだ。その冒険を通じて剣技を磨いた焔華は、ごく普通の、人間同士が平穏を享受し、時には相争う世界でならば、最強レベルのブシドーとして通用するだろう。『構え』の遅さも、その隙を突いて攻撃をしかけてくる『礼儀知らず』ども(と呼ぶが、ブシドー達は『構え』の隙を突かれることは卑怯とは考えない)をあしらうことも、今の焔華ならば何の問題もなく解決できることだろう。
 それでも。
 新たな『魔境』の出現を前に、焔華は愕然としながらも、現実を受け入れた。
 実戦でブシドー以外の者達と混ざって戦うには、ブシドーの『伝統』は邪魔なのだ、と。
 そもそも『伝統』とは何なのか。古来から伝わってきたものを残すことは大事だ。だが、そういうものがあった、ということを踏まえた上で、変えていくことは、許されないのだろうか。
 例えば、ブシドー同士の戦いで通用するからといって、ブシドー以外の者が関わる戦いを想定しない。
 例えば、人界での戦いで通用するからといって、魔境での戦いを想定しない。
 そもそも、北方の同胞たちは、本当にブシドーの歴史をないがしろにしているのだろうか。
 彼らとて、ブシドーであることを誇りに思うからこそ、その歴史を、血脈を、伝統を絶やさぬために、常に新しい風を迎え入れようとしているのではないだろうか。外部に合わせて変えてしまっているからといって、本来の伝統を完全に捨て去ってしまっている、と思うのは、ただの決めつけではないだろうか。
 皇国にいた頃に同士達から聞いただけの噂で、全てを決めつけるのは、あまりにも愚かだ。
 彼らに会ってみよう、と焔華は思った。伝統に凝り固まった皇国のブシドー達、革新を続けようとする北方のブシドー達、どちらかしか知らずして、ブシドーを名乗るわけにもいくまい。知るからこそ、迎合することも、過ちを正すことも、できるのではなかろうか。
 その結果、皇国の同胞たちから『邪剣使い』と罵られることになるかもしれない。
 だが、自らが見いだした道ならば、何者にそう呼ばれようとも、己は己自身の道をひとりでも突き進めるはずなのだ。

 そうして、北方の同胞との接見に満足した焔華は、ギルドマスターに得意げに語った。
「これで、わちも皆の足を引っ張ることなく戦うことができるんし。『構え』に時間を取られんで、すぐさま敵陣の奥に切り込むことができますえ」
「『身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ』とか『肉を切らせて骨を断つ』……だっけか、オマエらブシドーの教えは」
「そうなんし」
「『伝統』を護ってても『革新』を重ねてても、そこだけは変わんねぇんだな、オマエら……」
 だからこそブシドーなんだろうけどな、とつぶやきつつも、ある意味でブシドーとは正反対の理念を持つパラディンは、深く深く、普段の豪快さからは信じられないほど深く、溜息を吐いたのであった。

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