←ギルド紹介ページに戻る
←テキストページに戻る
NowDrawingキャラクター紹介SS
錬金術師フィプト編
知が満ちる予感

「先生、さようならー」
「先生、バイバイー!」
 子供達のやかましくも愛おしい声が、次々と別れの言葉を紡ぎ、春空に吸い込まれていく。アルケミスト・フィプトは、どこかのんびりした口調で、返事をした。
「ほい、また明日な」
 かつて、ハイ・ラガードより遠き『共和国』のアルケミスト・ギルドで錬金術を学んだフィプトは、故郷であるこの地に戻ってきてからは、私塾を経営している。費用は格安だが、教育終了後の優秀な人材をギルドに招聘したい、と考える、当地のアルケミスト・ギルドの後援のおかげで、やってこられている。
 ただ、今別れを告げてきた子供達くらいの幼年者だと、教育より、もっと生活に直結する仕事の手伝いに回されがちになる。ひょっとしたら将来の大錬金術師の原石が混ざっているかもしれないのに、残念なことである。
 年長者への授業の時間には、まだ間がある。フィプトは自室として使っている部屋に戻り、机に座を占めた。いつもなら次の授業内容を確認するところなのだが、この日開いたのは一通の手紙だった。
 『共和国』時代に同じ師の下で学んだ、姉弟子からの手紙である。当時からの彼女らしい文面と、当時の彼女からは思いもしない報告に、フィプトは驚き、笑いを誘われた。
「あいかわらずだな、あねさんときたら」
 羽根ペンと漉紙を取り出し、さっそく返事をしたため始めた。手慣れた様子で、見本を下敷きにしてなぞるように、すらすらと文字列を生み出しながら、考える。
 ――『世界樹の迷宮』。
 遥か南方の街にあるエトリアで発見された地下樹海迷宮の呼び名である。そして、ごく最近、ハイ・ラガードの世界樹の内部に発見された樹海にも、その呼び名が付けられた。
 エトリア迷宮は『ウルスラグナ』という冒険者ギルドに制覇された、という噂は、ハイ・ラガードにも及んでいた。そもそもそれが、ハイ・ラガード迷宮の探索にも冒険者の手を借りよう、と公宮に決意させた元なのである。
 エトリア迷宮の最深部には、旧時代の遺跡が眠っていたといわれている。さらなる調査が期待されるところだったが、残念ながら、突然に樹海への道が閉ざされてしまい、断念されたそうである。とはいえ、それまでの調査だけでも、大きな発見だといえよう。ひょっとしたら、それ以上の何かがあり、エトリア上層部は、あるいはハイ・ラガード上層部も、それを知りながら秘しているのかもしれないが、ともかくフィプトのような下っ端が知るのは、そこまでであった。
 ところが、姉弟子は迷宮を踏破したギルドに属しているという。
 自分のような下っ端には知らされない真実を教えてもらえるかもしれない、とフィプトは密やかに狂喜した。もっとも、姉弟子とまた語らえるという喜びの方が大きい。仮にエトリア樹海の真実を教えてもらえないとしても、それはそれでよしと思えた。
 ……否。
 やはり知りたい。かの緑の外套の奥の奥に、いかなる美女の、あるいは醜女しこめの、さもなくばむくつけき男の貌があったのか。そして、あるのか。知を貪欲に求めるのは、アルケミストの悪癖、いや、人間の宿痾しゅくあなのだろうか。どのような道を――それが人道にもとると言われる道であろうと、踏みしだいてでも、真理に近付きたいと考えている自分がいる。もちろん、実際に状況に直面した時には、それなりの思慮は働かせるだろうが。
 エトリア樹海については、もはやいかんともしがたい。話を聞くだけで我慢しなくてはなるまい。だが、ハイ・ラガード樹海は、まだ探索は始まったばかり。『古跡の樹海』と呼ばれる第一階層に、ようやく探索の手が入ったばかりだ。いや、『第一階層』と銘打ってはいるが、第二階層以降が存在するのかも、誰にもわからないのだ。世界樹の高さを考えれば、『ある』と見なすのが妥当だろうが、『ある』ことと『探索可能』であることは別問題である。
 そんな未知の領域の真実を、自らの手で暴くことができるのなら。
 もしも、自分も冒険者として起つことができるのなら。
「――そうだ」
 姉弟子の手紙の一節を思い出した。姉弟子はハイ・ラガードの迷宮を探索するべく、仲間達と共にやってくるというではないか。そもそもフィプトに手紙が舞い込んできたのも、ハイ・ラガードでの活動の手助けを求めてのことである。その礼も考えている、と記してあった。
 ならば、おあつらえ向きの対価があるではないか。
 フィプトは、写本のお手本のような美しい字を記し続けていた手を止め、漉紙をくしゃりと丸めて捨てた。新しい漉紙を取り出して、再び文字を書き始める。
 だが、必要な文章をすらすらと書き上げ、追記をしようと思った途端、はたりと手が止まった。
 ……『これ』には、どのように返事をしたらいいものか。
 フィプトのよく知っている姉弟子の性格からすれば、あまりにもあり得ない、意外すぎる報告。読むだけだったら、その意外さを興味深く楽しむだけで済んだけれど、自分から『そのこと』に対して話題を振るとしたら、どうするのが最善手なのか。
「女性なら、きっとこんなこと、お茶の子さいさいなんでしょうがねぇ……」
 ふう、と溜息を吐く。女性なら、といっても、その『女性』の中から姉弟子は除外してある。それほどに、姉弟子と報告は繋げがたいものなのだ。
 というか、あの姉弟子が、どうしたらこういう事態に陥るのか。
 そして、こういう事態に陥らせた相手は、どんな輩なのか。
 ……自分を樹海に誘ってくれるかもしれない冒険者ギルドに、さらなる興味が出てきた。ただの探索の協力者としてではなく、生きた感情をやりとりする相手として。彼らがハイ・ラガードを訪れた時には、エトリア樹海のことよりも先に、姉弟子とのなれそめを聞いてみたいと思った。

 結局、追記にはこう記した。

 ところで、相変わらずですね、姉さん。
 そういう報告は、もっと短く、こう書けば通じますよ。

『愛した人との間に子供を授かりました。順調に育っています』

 本当は、『相手のパラディンについてもっと詳しく』と書きたかったが、そのことについては実際に会ってからの楽しみにしよう、と思ったのだった。

←ギルド紹介ページに戻る
←テキストページに戻る