←ギルド紹介ページに戻る
←テキストページに戻る
NowDrawingキャラクター紹介SS
呪術師ドゥアト編
母の望み

 ノリのいいスキャットの歌声に誘われて、ダークハンター・オルセルタは中庭に出た。ハイ・ラガードの私塾の敷地内であるこの中庭は、宿屋のそれに近い広さがある。そこで、普段着に身を包んだカースメーカー・ドゥアトが、タライに水を張って洗濯しているのを見つけた。
 スキャットの歌声は彼女のものだった。常に身につけている呪鈴が、服を洗う動きに合わせて、ちりりと音を立てる。呪いに使う鈴なのに、これもまた楽しげな音である。
 料理を作る時とは違って、不気味な歌じゃないんだ、とオルセルタは思ったが、それは口にせず、声に出したのは挨拶の言葉だった。
「アト母さん、手伝おうか?」
「あらあらあらぁ、オルタちゃん」
 振り向いたドゥアトは、どこからどう見ても普通の奥さんとしか表現できない表情をしている。冒険中は垂らしている、肩より少し長い緑髪は、大きなヘアピンで後頭部に留められている。呪い師の姿をしている時に見ると、血と死を連想させられる紅の瞳は、今は、よく実った豊穣の赤い木の実を思わせた。
「もうすぐ終わるから大丈夫よ。ありがとうね」
「干す方、手伝うわよ?」
「あらそう? 助かるわ。じゃあついでに、お洗濯終わったらアップルパイ焼くから、そっちも手伝ってくれないかしら?」
「もちろん、喜んで!」
 思わぬ棚ぼたに歓声を上げるオルセルタに、ドゥアトはころころと笑い声を返すと、対FOE『せんたくもの』戦のとどめに入る。
 オルセルタは、その傍にしゃがみ込んで待っていたが、ややあって、暇つぶしとばかりに声を掛けた。
「ね、アト母さん、聞いていいかな?」
「お小遣いはアップしないわよ?」
「いや、もらってないし」
 冗談の応酬の後、本題に入る。
「アト母さんも、パラスちゃんも――エトリアのライバルギルドにいた、パラスちゃんのはとこも、想像してたカースメーカーとは違う。どうして?」
「どうして、ってねぇ……」ドゥアトは少し、洗濯の手を止めた。「んー、そりゃ、カースメーカーにだって、いろいろな性格はあるものよ」
「まぁ、そりゃそうなんだけど……カースメーカーって、こう言ったら怒られるかもしれないけど、もっと不気味っていうのか、そう、感情! 感情を極力抑えてるって感じで、そんな噂ばっかり流れてるから」
「んー、そうねぇ」
 ドゥアトは顎下をつまむように右手を当てて考えた。どうでもいいが、おかげで顎下は泡だらけである。
「確かに、カースメーカーは何を考えてるかわからない、って言われるのはよく聞くわねぇ」
「うん、かさねがさねごめんなさい、なんだけど、わたしも、ずっとそう思ってたから。ツスクルがそんな感じの子だったし」
「ああ、あの子は、確かにね。強い力を持ってたし、そのせいでいろいろあったみたいだし」
 オルセルタがエトリアで出会ったカースメーカーのことは、ドゥアトも知っているという。かつて里を訪れてきたことがあるとかで。
「カースメーカーの力は異質だから、現れ方によっては、迫害の対象にもなりうるもの。それに、自分が力に食われることもある。その重さを考えれば、極力感情を抑えてしまうのも、当たり前かもしれない。でもね、あたし達『ナギの一族ナギ・クース』は違うように教える。呪われた力を持つからには、内なるその力に負けないように、己の感情を大事にしなさい、って」
「だから、なのね」
 オルセルタは納得した。『ウルスラグナ』のパラスも、そのはとこにあたるライバルギルドのカースメーカーも、常人以上に騒がしいところがある。伝聞でしか知らないカースメーカーやツスクルとの落差に愕然としつつ、個人としては極めて親しく付き合ってきたが、そういう理由があってのことなのか。
 しかし。
「でも、ね」
 オルセルタはその言葉を聞いた途端に戦慄した。
 目の前にいるドゥアトは、もはや奥さんではない。呪術師の世界で名の知れた『狂乱の魔女』の系譜に連なるカースメーカーの一人だった。
 ハイネックにエプロンという普段着姿なのに、まるで呪鎖とローブを纏っているように見える呪術師は、うっすらと目を細めて言葉を紡いだ。その言葉すら、オルセルタには呪詛そのものに聞こえた。
「本当は、それだけじゃないのよ。感情を忘れたカースメーカーが、どうやったら人の最大の搦め手――人の心を弄べるかしら? 喜び、怒り、悲しみ、愉悦……どの心を突けば、呪うのに最も効率的か、自分自身が感情を持っていなければ、わからないもの。自分が傷ついてどれだけ痛いかがわからなければ、相手に痛みを返すことも、効率よくはできない」
 ふう、と息を吐き、こごった空気を摩擦熱で暖めようとするかのように、ドゥアトは洗濯物との戦いを再開した。
 幻想のローブも呪鎖も剥ぎ取られ、そこにいるのは、ただの奥さんであるドゥアト母さんだった。
「オルタちゃん、ひとつ、頼みがあるんだけど」
「……やっぱり洗濯も手伝う?」
 わざとぼけたオルセルタの返事は、口にした自分自身でも空々しく聞こえた。
 しかしドゥアトは頷いて、すすぎ用のタライを指差す。オルセルタは素直に了承して、ドゥアトと並び、彼女から受け取った洗濯物をすすぐ作業に取りかかった。
 ドゥアトが、ほう、と暖かい溜息を吐いた。
「まったくホントに、パラスもこれくらい手伝ってくれればいいのに」
「そんなことないでしょ、パラスちゃんだって手伝ってくれるでしょ」
 自分でもよくわからない何かを振り払いたくて、ざばざばと水を波立たせるオルセルタ。
 そんなダークハンターの少女の耳元に、カースメーカーの女は、そっと口を寄せた。ぼそり、と何かを囁く。
「え……」
「わかってるわ、人に背負わせるべきじゃない願いなのは」
「そうじゃないわよアト母さん! でも、そんな、母さんがいなくなるみたいな言い方しないでよ」
「あたし達『ナギの一族』は」
 緑髪のカースメーカーは首を振る。
「感情を普通の人以上に持とうとするあまり、別の方向に弱くなってしまったの。呪われた力に食われなくても、自分の『力』が引き起こした結果を心に降り積もらせていって、そのままだと、結局は他の一族よりもはるかに早く、潰れてしまう。感情なんか殺してしまえばいい、そうわかっていても、あたし達は、それでも人間でありたいと思ってしまうのよ。だから――」
 そして、オルセルタの耳に囁いた言葉を、再び、はっきりと繰り返した。
「どうか、お願いね、オルタちゃん。いつかパラスが潰れそうになった時、あたしがあの子の傍にいなかったら、代わりに支えてあげてね」

←ギルド紹介ページに戻る
←テキストページに戻る