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フォレストジェイル探索日記
世界樹の王オーダイン


18:常闇ノ樹海に咲く花・2

某月某日:ナユタ記す

 拙者の成すべきことは今までと同じ、採集班としてレクタ殿の護衛をこなしながら、いつか来る日に備えて鍛錬を怠らないことだ。
「もっと強いカタナさえあれば、いいのですがね」
 と、フィプト殿はおっしゃるのだが、残念ながら、武具店には未だにカタナは並ばない。辛うじて、森の探索中に発見したという一振りの脇差し――先達のブシドーが手放したのだろうか?――が手に入ったのだが、その威力を探索班として披露する機会は与えられなかった。探索班ではない拙者の経験は、実際の探索班とは比較にならないほど劣る。戦闘スタイル上、ただでさえ防御に欠ける拙者どもである、今の力量(カタナの威力含む)では経験豊富な誰かと交代させるのは釣り合わない、とノクト殿は考えたのだろう。今回、アンシャル殿との交代人員にテッシェ殿が選ばれたのも、そういった理由だろうと思う。口惜しいが、パーティを組むには戦力のバランスが重要である。
「ナユタさんは、師匠殿に学んだ剣術をそのまま使っているんですか?」
 と、フィプト殿が問いかけてきた。
「左様。ブシドーが長らくの時を掛けて編みだしてきた技だ」
「なるほど。じゃあ例えば、実戦に際して『構え』を省略するとかは、しないんですか?」
「それは邪道だ!」
 かっと頭に血が上って怒鳴り、しかし思い直して謝罪した。ブシドーの誇りを汚すようなことができるか、と言いたいのだが、フィプト殿はブシドーではない。ブシドーではない者から見れば、我らの『構え』は、戦闘という緊急時に何をやっている、と思われても仕方がないだろう。しかし、構えの一挙一動にはブシドーの信念が籠もっている。それを捨てることは、拙者にはできない。
「なるほど、そうですか」
 と、フィプト殿も納得してくださった。口先では。
 その表情に、実は納得していない、と言いたげなものを見いだして、拙者は鼻白んだ。が、互いにそれ以上言い合うことはしなかった。この一件は後々まで拙者の心の中に棘のように残って、フォレストジェイルの攻略が完了した後に、拙者に『邪道の徒』の主張も知ってみようと思わせる原因となったのだが、それはまた別の話だ。

 第二階層に踏み込んでから何度目かの探索から、探索班が帰ってきた。
 魔物も、パラディンの守りがなければ即座に重傷を負わされそうな程に強力になってきているらしい。そのために第二階層に挑む他の冒険者達にも、ぼろぼろと脱落者が出るようになっていた。中には戻らない者も。力尽きたのか、第一階層で行方を眩ませたという者達と同じ目に遭った――『闇』に出くわした――のかは、拙者どもには判断付かないところだった。さしあたって、拙者の仲間たちがそのような目に遭わずに戻ってきたことがありがたかった。
 レクタ殿の目の前にメモが積み重ねられる。樹海で出会った生き物や、生えている植物に関するメモなのだが、書いた者によって記述方法にばらつきがあるので、レクタ殿がまとめて書き直してから分隊駐屯所へ持ち込むのがいつもの習わしであった。
 レクタ殿は苦笑しながらも文句ひとつ言わずにメモをまとめ、採集に行くついでに分隊駐屯所に提出することにした。もちろん、護衛である我々も共に行ったのだ。

 というわけで駐屯所に顔を出したところ、唐突にフリーン殿が飛び出してきたわけだ。
「み、皆さんご無事ですか〜!? 熱とかありませんか!? 食欲は!? 指先の痺れとか、関節の痛みとか……」
 我々はぴんぴんしている。魔物の攻撃で傷つくことはままあるが、今のところ病を得たことはない。我々の顔を見ると、フリーン殿は心底安堵したように溜息を吐いた。
「……だ、大丈夫そう、です、ね? 大丈夫ですよね?」
「何かあったの?」
 とレクタ殿が聞くと、フリーン殿は、よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりの勢いで言葉を発したのである。
「大変なんです。もう調査団未曾有の危機なんです〜!! 調査に当たっていたギルドの隊員さんたちが急に倒れてですね、意識がまったく戻らないんです!!」
 なんでも、我々に先んじていたギルドの者たちが、探索中に病の様相を現して倒れたそうだ。辛うじて意識のあった者がいたギルドは糸を使って帰還できたのだが、そうできなかった者は、駐屯地に残っていた他ギルドの救援活動に頼るしかなかったらしい。だが、救援活動にあたった者たちも次々発症し、ついに看護院のスタッフの間にも波及したという。
 ちなみに我々『オーダイン』採集班に救援要請が来なかったのは、探索班が森に出ていたために、駐屯所の管理簿で『不在』扱いされていたからだそうだ。もっとも要請されても役に立てたかどうか。
「ミューズ先生によると、南方諸島の一部地域に見られる風土病に症状が酷似しているそうで……その病気の亜種ではないかと思われるそうです」
 残念ながら、拙者を含めて『オーダイン』の誰も、その風土病を知らない。が、フリーン殿の言葉によれば、ミューズ殿はその特効薬を知っているそうだ。亜種である『病』にも効くかもしれない、というが。
 それは夜光華という薬草。しかし、普通はほとんど手に入らない、幻の薬草だという。
「先生は、病があるところにまた、その薬もある、と仰っていたです。なので! オーダーをお伝えするです! 皆さんは、罹病確認地域周辺にて夜光華を発見し、採取してください!」
 ……簡単に言ってくれるものだ。確かに、病の特効薬が身近にあったこともあるが、そうでない場合の方が遙かに多いのだ。といっても、現状は、樹海の中に突破口を見付けるしかないだろう。既知の世界で幻扱いされているなら、なおさら。
「最初の感染患者さんは八階付近で体調の異変を訴えている事から、その周辺を該当地域とするです! 必要な夜光華は、ミューズ先生の試算によると八本です!」
 幻の薬草を八本とは、難儀なことだ。
「……大変危険なオーダーです。どうぞくれぐれもお気を付けて下さいです!」
 樹海の中に病の原因があるなら、我々『オーダイン』の誰かもいつか発症する危険があるだろう。それに、今まともに動ける中で、第二階層を動けるのは我々しかいないようだ。いろいろな意味で、このミッションは我々が受けるしかなさそうだった。

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