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フォレストジェイル探索日記
世界樹の王オーダイン


15:緑ノ牢獄を突き進め!・10

某月某日:フィプト記す

 小生のハイ・ラガード探索時代の仲間に、異教(世界的な支持を得ている宗教から見て、ですが)の地母神に仕える神官の家系の兄妹がいました。彼らが女王蜂を目にしたら、きっと、こう言ったでしょう。
「こいつは、蜂どもにとって『地母神』かもしれない」と。

 それは桁違いの大きさを誇る蜂でした。
 昆虫界で『女王』の立場にあるものは、他のものより大きくなる傾向があるのは確かです。しかし、我々が目の当たりにしているものは、とてつもないものでした。
 特筆すべきは、その胸部。女王蜂は胸部に蜂巣を丸ごと抱えていたのです。その巣から出入りしている蜂も、『外』のスズメバチに比べると、数倍はあります。それらすべてを相手取るとしたら、我々の生命はいくつあっても足りないでしょう。
「こんなことだったら、雷の術式を主に研鑽するべきでしたかね」
 昆虫の類には(もちろん例外もありますが)雷が効くというのが、小生が前回の樹海探索で学んだこと。しかし小生の得意分野は氷。そのために今回も氷の術式の系列に力を注いでいたのです。一応のために、炎や雷も軽く学んではいたのですが。
「仕方あるまいよ。あれもこれも、とやっていたら、埒があかん」
 アンシャルさんの言うとおりではあるのですが。
「女王はともかく、ちっこいヤツは邪魔くせぇな」
 小さい蜂(といっても先に書いたとおり、『外』のものの数倍はあります)は、ここに至るまでにもうろついていましたが、『いる』と判っていれば簡単に追い払えました。けれど、普通の戦闘時ならともかく、こんな強敵と戦っている最中には、とても気を回せません。
「任せてください、ノクト様!」
 チャリアさんが荷物からビンを取り出しました。それを開けると、中に入っていた何かが空気と反応したのか、とめどなく煙が吹き出します。我々にはさしたる影響はないのですが(視界はまったく利かなくなりましたが)、蜂には絶大な効果があったようです。煙が晴れると、小さい蜂はすべてどこかに消えていました。
「故郷で蜂避けに使ってた薬ですよ! しばらくは戻ってこないと思います」
「やるじゃねぇか。だが、さすがに……女王蜂には効かないらしいな」
 女王蜂は変わらずその場で浮遊していました。すでに我々を『敵』と見なしているのでしょう、激しい羽音を立てています。
「チャリアさん、薬は大体どれくらい効くのですか?」
 シロカロさんが剣を抜きながら問います。
「故郷で使ったときには一時間ぐらいは効いたんですけど……」
 チャリアさんの言いよどむ口調は、『外』のものとは違う相手では効果時間がつかめないからでしょう。
「なんであれ、早く倒してしまえばいいわけだな」
 呪鈴を構えて、アンシャルさんが笑みを浮かべます。
「そのとおりだ。虫ごとき、とっとと畳んでしまえばいい」
 肉食獣のような獰猛な笑いを見せ、ノクトさんが盾を構えました。
「シロカロ、てめぇは防御は考えずに突っ込め。おれが守ってやる」
「承知しました」
「後ろ、守ってやる暇なんざねぇから、てめーらで勝手に身を守ってろ」
「ひどいです、ノクト様!」
 確かに酷い言い分ではありますが(笑)、前列と後列を同時に守るのは至難の業です。そして前列がより危険であることを考えれば、ノクトさんの判断は適切です。戦いの中で後列の方が危険だと判断すれば、その時は後列の守護を優先してくださるでしょう――それまで生きていられればですが。
 小生は錬金籠手を起動しました。セットアップするのは雷の術式の触媒です。氷に比べれば研鑽が充分でない術式ですが、これまでの経験通りに雷が弱点となる相手なら、『少ない触媒で効率よくダメージをたたき出せる』ということです。
「行くぜ、てめぇら!」
 ノクトさんの吠え猛るような掛け声と共に、戦端は開かれたのでした。

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