某月某日:ノクト記す
メインの探索班が三階に踏み込んだ頃か、おれ達は駐屯所を訪れた。
酒場づてで受けていた、「三階までに出現する魔物の調査」の途中状況の報告に行っただけなんだが、駐屯所内は妙にざわついてやがる。
おれ達に気が付いたフリーンが、やけに慌てた口調で話しかけてきた。
「えっと、えーっと! あの、その、落ち着いてくださいです!」
……お前が一番落ち着けっつーんだ。
なんでも緊急事態が発生しやがったらしい。
三階付近を探索していた先遣隊からの連絡が、途切れちまったそうだ。
消息が途絶えてから七十二時間、三日が過ぎたらしい。それくらいなら、そいつらの実力次第で、問題なく探索し続けられる期間かもしれねぇ。エトリアでは、冒険者に『樹海で五日間を過ごす』というクエストを課していたことがあったからな。大層嫌われたクエストだが、成し遂げた連中はいくらでもいた。
だが、軽装備で、食料も充分ではないとしたら、話は別だ。
駐屯所の連中が断じるとおり、遭難しちまったんだろう。
以上を踏まえて、おれ達に課せられたオーダーは、三階で連中を捜索すること。だが、現場の状況把握が不十分で、二次被害のリスクが極めて高い。故に、先遣隊の連中の消息に繋がる情報が手に入ったら、その時点で深追いはせずに戻ってこい――とのことだ。
三階には、恐ろしい気配を放つ魔物がいやがる。
先遣隊の連中は、そいつらにやられたのかもしれねぇ。
最初はそんなことを考えたりもしたんだが、何の痕跡も見あたらねぇところが、断定するには早ぇところだ。
なんにせよ、この階まで行き着いた連中が、ふっつりと消息を絶つのはただ事じゃねぇ。探索自体が初めてのおれでも容易に思い当たることだし、経験者であるアンシャルやフィプトも同じ意見を口にした。
おれ達とほぼ同時に探索を開始した連中も、その半分が、一階や二階で果てた。樹海を舐めていた者、舐めてはいないが不運だった者、ほんのちょっとの油断が命取りになった者……逆に言えば、三階まで到達した連中は、樹海の最初の洗礼をくぐり抜けたということになる。
しかも、三階に踏み込むに当たって、軽装で食料も充分に持たずに行った連中。それでも生還する自信と、その裏付けは、充分にあったんだろう。
それが、消えた。だったら、人智を遙かに超えた何かが関わってやがる。
そういうのは、充分に考えられることだ。
おれ達は自分達の探査領域を少しずつ広げながら、先遣隊を探した。
しかし、一日が過ぎ、二日が過ぎ、三日目になっても、それらしき連中は見つからない。
連中が消息を絶ってから一週間近くなった。もちろん新たな連絡もない。生存は絶望的かもしれねぇ。
そう思いつつも、迷宮東側の、細い道を進み、突き当たりに行き着いた、その時だ。
「……ノクト殿」
不意にしゃがみ込んだシロカロの手に、何かメモのようなものがあった。
急いで帳面から破り取ったような漉紙に、殴り書きで記してあったものは。
『闇がくる』
明らかに人間の字。一般の狩人なども素材集めに入っていたエトリアやハイ・ラガードとは違って、このフォレストジェイルの樹海に潜っている人間は、基本的に冒険者だけだ。
「闇、だぁ?」
さっぱりわからねぇ。
冒険者として起っておきながら、暗いところが怖いたぁ何事だ――などということをほざくほど、おれは比喩を理解しない人間ていうわけじゃあねぇ。だが、この殴り書きだけじゃ、意味が分からないのも確かだ。漠然とした表現じゃなく、もう少し具体的な言葉を残してほしいもんだが。
だがまぁ、連中の視点では、本当に『闇』としか見えねぇ何かだったのかもしれん。
メモ以外に遺されているものは何もねぇ。おれ達は、フリーンの「手がかりを見付けたらすぐ戻ってこい」という話を思い出し、ひとまずは糸で地上に戻ることにしたのだった。
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