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フォレストジェイル探索日記
世界樹の王オーダイン


8:緑ノ牢獄を突き進め!・3

某月某日:シロカロ記す
 ナユタ殿がカタナをお持ちでなく、力を存分に発揮できないのでは探索も滞る、とのことで、わたしが代わりに前衛の一角を務めることとなりました。
 しかし、なんと凶悪な生き物ばかりが集うところなのでしょう、世界樹の迷宮というところは。
 人間がこの世で最強の生き物である、などという世迷い言を申す気は毛頭ございませんが、大概の動物は人間を見れば逃げるものです。そうしないものは、人間を敵と思っていないか、逃げ場がないほど追いつめられたか、というものがほとんど。だというのに、この樹海の生き物は、わざわざ我々の前に飛び出してきて、牙を剥いてくるのです。
「臆するんじゃねぇぞ、シロカロ」
 ノクト殿がわたしを護るかのように立ちはだかりました。ところでいつの間に呼び捨てされるようになっていたのでしょう。いえ、わたしは全く構いませんけれど。
「しかし、容赦ないな」
 苦笑するような表情で、アンシャル殿が口を開きます。フィプト殿も同様でした。
 目の前に現れたモグラのような生き物は、四匹。
 お二方が仰るには、エトリアやハイ・ラガードでも似た種類の生き物は出てきたそうです。しかし、四匹などという群で登場したのは、樹海を大分下ったあたりでのこと。樹海に入ってすぐのところで出会うことはなかったとのことです。
「やはり、見た目は似ていても習性は違う、ということですね」
「まったくだ。これだから樹海探索は気が抜けん」
 わたし達は、少しずつ、樹海を進んでいきました。ノクト殿はもどかしさにいらついているようでしたが、それでも、ゆっくりと進むことの必要性を判っておいでなのでしょう。口に出しては文句は言わず、樹海に入れば黙ってわたし達の前に立つのです。ノクト殿の守りがあれば、的確に急所を狙ってくる生き物達も、その勢いを減じられ、わたしは鎧の厚いところでその攻撃を受ける余裕ができるのです。
 数日をかけての探索の末――わたし達は、ようやく、下階に通じる虚穴を見付けました。
 アンシャル殿が仰るには、地下へと下ることといい、生態系といい、フォレストジェイルの迷宮は、どちらかといえばエトリア樹海に似通っているそうです。すべてをエトリア時代の知識に頼るのは危険だけれど、魔物の弱点や、得られる素材の傾向など、探索を有利にする手がかりを求めるくらいはできるだろう、とのことでした。たとえば、はさみカブトと呼ばれる甲殻類に出会ったときに、武器で立ち向かうよりも先にフィプト殿の術式を浴びせかけ、簡単に撃退できたのは、エトリア迷宮の知識あればこそです。
 ただ、妙な事柄がありました。シンリンチョウが現れると、アンシャル殿はしきりにフィプト殿に術式で倒すように進言するのですが、戦闘が終わると、チョウの屍を目の前に、首を傾げるのです。
「どうしましたか?」
「うむ、探索には金がかかるものだからな……」
 アンシャル殿は、美しいチョウの羽を回収しながら答えて下さいました。駐屯地に武具店を構えるポタス翁なる方が、こういったものを買い取ってくれるのです。ほとんどは武具や探索用のアイテムの材料となるものですが、時にはそういった役には立たないものも――おそらくは別の何かの役には立つのでしょう――換金して下さいます。現在のところ、わたし達の探索費用は、そうして調達されているのです。
「どうせなら、より高値で買い取ってもらえるようなものを手に入れたいのだが……」
 アンシャル殿が仰るには、チョウの複眼を手に入れたいとのことでした。なるほど、光の当たる方向によって不思議な光を放つ複眼は、うまく加工すれば素晴らしい宝飾品になりそうです。……虫を宝飾品にするのは気色悪いですか? 東方にも、タマムシの羽を使った聖櫃が伝わっていると耳にしますが。
 話を戻しましょう。蝶の複眼は傷つきやすいため、武具の攻撃で倒したもののそれは売り物にならないとのことで、そのためにアンシャル殿はフィプト殿に術式でチョウを倒すように仰っていたのです(ちなみに、フィプト殿はそう言われるまでは、チョウ相手にはさほど積極的に術式を使っていなかったのですが、それはハイ・ラガードのチョウの複眼はさして美しくなく、それを回収して売ることがなかったからだそうです)。
 だというのに、どれだけそうしても、まともな複眼が手に入らない。
 どうやらこの樹海のチョウの複眼は、エトリアの近親種に輪を掛けて傷つきやすいようです。
「仕方あるまいよ。金は他の手段で稼ごうか」
 ついにアンシャル殿は苦笑しながら複眼入手を諦めたようでした。諦めたといっても、ひとつだけは手に入ったのですが。傷のないそれは、樹海のどこからか差し込む光を反射して、本物の宝石のように色とりどりの光を放っておりました。わたしやチャリアさんは思わず溜息を吐いたものです。
 ……後に、この複眼のためにさんざん苦しめられることになると判っていたら、その美しさにうっとりするばかりではいられなかったでしょうが。

 さておき、地下二階へ到達する目処をつけたわたし達は、意気揚々と駐屯地へ戻ったのでした。

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