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フォレストジェイル探索日記
世界樹の王オーダイン


7:緑ノ牢獄を突き進め!・2

某月某日:フィプト記す
 フォレストジェイルと呼ばれた駐屯地の奥にそびえる大樹、その中に広がる樹海は、ハイ・ラガードのものとは雰囲気が違っていました。
 覆い茂る緑の美しさは同じはずなのです。ただ、開拓団や調査隊が神隠しのごとき消失を果たしてしまった、という現実が、この樹海を魔性のものに見せているのでしょうか。
 エトリアにせよ、ハイ・ラガードにせよ、樹海迷宮の外は人間の世界でした。
 しかし、この新大陸では、人間の世界のまわりが樹海である、という、小生の知る迷宮とは逆の状況になっているのです。
 おまけに、開拓団の方々は普通の人々でした。護衛として戦闘能力がある人々も同行していたでしょうが、望んで新大陸に上陸したとはいえ、戦う力のない人にとって、人間の常識が通じない世界に囲まれているというのは、どれだけの恐怖だったでしょう。救いの手を必要としても、その手は海の向こうの本国からしかやってこないのです。
 緑ノ牢獄とは、よく名付けたものです。
 小生達『オーダイン』は、若干の緊張に軽く汗ばみながら、樹海を進みました。
 エトリア樹海のアンシャルさん、ハイ・ラガード樹海の小生、と、経験者はおりますが、その経験を鵜呑みにしてはいけない。それが、小生が五年前に樹海探索に着手していたときに思い知った、唯一、今回の探索に無条件適用していい経験です。エトリア樹海を踏破したギルド『ウルスラグナ』ですら、数ヶ月のブランクを経たハイ・ラガード探索の初期は苦労されたのです。樹海にほとんど入らなくなって数年という我々は、若干の知識を除けば、樹海探索初心者とほぼ同じといっていいでしょう。
 そんな時、ネズミが一体、目の前に現れました。さすが樹海、『外』のネズミに比べると、随分大きい――。
「皆、構えよ!」
 チャリアさんを挟んだ隣から、鋭い警告の声が発せられました。アンシャルさんです。
「敵だ、弱みを見せれば食われるぞ!」
 前列のノクトさんとナユタさんが息を呑み、慌てて武器を構えました。小生も錬金籠手の起動動作を行い、触媒をセットします。
 言ってる傍から。小生は己の迂闊さを呪いました。確かにハイ・ラガードでは、目の前のネズミのような生き物は敵として現れませんでした。しかし、ここはハイ・ラガードではないのです。
 小生が臍を噛む間にも、もう一体が近くの茂みから飛び出してきて、我々に牙を剥きました。

 前に立つノクトさんに攻撃が集中し、ノクトさんが苦痛の声を上げました。
 しかし、こちらも樹海の土になるわけにはいきません。ノクトさんの剣が切り払ったネズミに、小生は錬金籠手の噴出口を向けました。氷の術式が完成し、そのネズミに降り注ぎました。
 アンシャルさんは鈴を鳴らしながら呪言を唱えています。チャリアさんはノクトさんに駆け寄って治療をしようとしています。ナユタさんは――どうされたのでしょうか?
「う……」
 ナイフを鞘から抜こうとしたまま、脂汗をかいて凍り付いています。何かよからぬ状態異常を食らった気配はないのですが、一体どうしたのでしょう。
 と小生が気を揉む前で、
「……ええええええいっ!」
 ナユタさんはナイフを抜き、ネズミに特攻を仕掛けました。その攻撃がネズミに深い傷を負わせます。すかさずノクトさんがそのネズミに止めを刺しました。
 こうして、小生どもは、新たな世界樹の迷宮での初戦を生き抜いたのです。

「一体なにしてやがった」
 ノクトさんがナユタさんに罵声を浴びせました。
 ナユタさんは正座――東方独自の座り方――をして、しゅん、と頭を垂れています。
 そんなに怒鳴らずとも、と思わなくもありません。ナユタさんは怯えていたような気配はありましたが、後方で震えていたわけでもない。攻撃を行う、という、ブシドーとしての役割は、充分果たしていたと思うのですが。
 ああ、しかし、ノクトさんは罵声を浴びせているつもりではないのかもしれません。我々にはそう見えますが、彼にとっては単に問い質しているだけのつもりかもしれないのです。
 ナユタさんは、思い切ってノクトさんを真正面から見つめ、口を開いたのでした。
「……面目ない。拙者、あの魔性どもにブシドーの心意気を食らわせてやろう、と思ったのだが……」
「だが、何だ、あの怯えようは」
「怯えたわけではござらぬ!」
 ナユタさんは一瞬、声を荒らげましたが、すぐに元の調子に戻って、言葉を続けました。
「技を食らわせてやろうと思ったのだが、どうも、調子が出なかった。何と説明すればいいのだろう。そうだな……重いはずの荷物を持とうとしたら、予想外に軽くて肩すかしを食らった、というか……」
「……まてよ、てめえ、カタナはどうした。ブシドーといや、カタナが武器じゃねぇのか?」
 その問いには、ナユタさんは、ばつが悪そうに、一瞬、顔を背けました。
「……海に、落としてしまった。甲板で鍛錬をしていたとき、あの嵐の中で」
「駐屯地で買い換えなかったのか?」
「売っていなかった」
「……それが、原因か!」
 小生にもやっと合点がいきました。ナユタさんは怯えていたわけではなく、技を出そうとしているのに調子が狂って、困惑されていたのです。パラディンが味方を護る技に盾を絶対必要とするように、剣や弓の技を使うために対応した武器が必要となるように、ブシドーの技もまた、カタナなくしては使えないのです。それは剣で代用できるというものではないのです。
 ノクトさんは深く深く溜息を吐き、ナユタさんの肩に手を置きました。
「てめぇ、代わりのカタナが手に入るまでは、留守番だ」
「殺生な!」
 事情を察した我々が苦笑する中、無念そうなナユタさんの叫びが響いたのでした。

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