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フォレストジェイル探索日記
世界樹の王オーダイン


6:緑ノ牢獄を突き進め!・1

某月某日:ナユタ記す
 拙者が招かれたギルド『オーダイン』は、恵まれているといってもよかっただろうか。
 なにしろ、過去に発見された世界樹の迷宮の探索経験者が、二人もいるのだ。
 その分、探索も楽になるのだろうか。そう思う拙者だったが、事はそう簡単にはいかないようである。
「探索そのものはともかく、魔物については、小生達の持ってきた記録を鵜呑みにしてはなりませんよ」
 と、錬金術師のフィプト殿はおっしゃった。
 なんでも、エトリア、ハイ・ラガード双方の迷宮を比べると、その生態系は似通っているものの、似た生物が生息場所や強さが違うこともままあるという。例えば『シャインバード』と呼ばれる黄金色の鳥の場合、エトリアでは比較的下層に棲んでいるのだが、ハイ・ラガードだと『天空の城』の直下付近に棲息しているらしい。つまりは『亜種』の違いが大きいというところであろうか。
「では、早速、分隊駐屯所へ――」
 と、剣士のシロカロ殿が口を開いた。分隊駐屯所とは、調査団に属する、正式な調査団の各分隊や、冒険者達が組んだギルドを、管理する場所だ。
 しかし、シロカロ殿の言葉を低い声で遮った御仁がいる。
 それは、聖騎士のノクト殿であった。
「必要ねぇ。おれ達のやることは決まっているんだ」
「確かに、そうですが。しかし、駐屯所の指示を仰ぐことも必要かと存じます」
「この手合いの最初の指示は決まってる」
 ノクト殿は不機嫌そうな顔を崩さずに続けた。その態度は堂々としていて、さながら大黒柱であるとたとえられたやもしれぬ。『オーダイン』のギルドマスターはまだ決まっていないと言う話だったが、この場に集った者達は、知らず知らずのうちに、かの聖騎士をギルドの支柱として認めているようであった。
「……迷宮入口階の地図の作製、ですか」
 フィプト殿の顔に、苦笑いめいたものが浮かんでいた。ハイ・ラガードでの探索の時に受けた同じ任務で、苦労されたと見うけられる。エトリアの経験者である、カースメーカーのアンシャル殿の方は、涼しい顔をしていたが、苦労されなかったのであろうか?(後に聞いた話だと、アンシャル殿は中途参加だったため、最初の任務の経験はないとのことであった)
 フィプト殿の言葉に、ノクト殿は大きく頷いた。
「理由はいろいろ付けてくるだろうが、要は、おれ達に迷宮を探索する最低限の力があるか。それを見るつもりだろう」
 ならば、と一呼吸置いて、ノクト殿は、我々には初めて笑みを見せた。獰猛な獅子か虎が、手ごろな獲物を前にして笑むような、そんな凄絶な笑みではあったが。
「許可が必要なら樹海入り口で止めてくるだろう。でなけりゃ――おれ達は樹海経験者を二人かかえてる。最初の任務程度、言われる前にやってやる、ってところを見せてやるんだ」

某月某日:チャリア記す
 結局、あたし達の中で最初に樹海に向かったのは、五人でした。
 ノクト様、ナユタさん、フィプト先生、アンシャルさん、そして、あたしです。
 あたしに出撃指示を与えるとき、ノクト様は、ものすごく苦いお薬をバケツ一杯飲んじゃったような顔をしてました。しばらくぎりぎりと歯ぎしりをしてたけど、やがて、あたしの肩に、ぽん、と手を置いて、ぐりぐりと押し付けてきたんです。
「業腹この上ねぇが、メディックはてめぇしかいねぇ」
「ノクト様、あまり歯ぎしりはよくありません。歯は全身のバランスを取るのにも重要なんですよ」
「うるせぇ、関係ねぇだろ」
 ノクト様ってこういう人です。口は悪いけど、つまりあたしが樹海に入るのを心配してくれてるんです。あたしだけじゃない、あたし以外の出撃メンバーが全員男性ってところを見ると、未知の危険がある場所の最初の一歩に、女性を出したくないんだと思います。ノクト様の内心を知ったら、シロカロさんやテッシェさんは、きっと気を悪くすると思うけど。
 樹海の入り口は、大きな木の虚穴の中に続いていました。見張りの方がいましたけど、あたし達を見ると一歩退いて通してくれました。
「……おや、駐屯所の許可はいらないのですかね」
 フィプト先生が声をあげました。なんでも、ハイ・ラガードでは、大公宮の許可がない冒険者さんを通さないようにしていたそうです。
 エトリアも、探索が盛んだったときはそうだったみたいだし……今はもっと厳しいです。エトリア樹海の中には、モリビトっていう異民族の皆さんが住んでいるからです。その人達との約束で、人間はむやみに樹海に入れないんです。第一階層だけは、いわゆる緩衝地帯みたいな感じなんだけど、エトリアの人達は執政院の許可がないと入れません。
 一度だけ、許可をもらって入ったことがあります。何か困っているような感じの人を見かけて声を掛けたら、モリビトの男の人でした。お互いちょっとぎこちなかったけど、少しお話もしました。姿はちょっと違うけど、ちゃんとお話が通じる方でした。お別れするときに、咲いていた花を摘んで、あたしに差し出してきて、昔死んだエトリア正聖騎士の方のお墓に供えてくれないか、とお願いしてきました。
 その人のお墓の場所を聞いたときに、少し悲しそうな顔をしてたノクト様は、今は鋭い眼差しで、虚穴の中を睨み付けてます。
「準備ができたら勝手に探索しろ、ってことだろ。好都合だ」
 そうして、あたし達は樹海に――鬱蒼とした緑ノ牢獄に、踏み込んだんです。

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