某月某日:アンシャル記す
先にひとつ言っておこう。
私は、ヴィズルという男が嫌いだ。
あの男は、我が従弟達が実行しようとした、モリビト(エトリア樹海の先住民だ)との交渉計画を、ものの見事にぶち壊してくれた。
モリビトとの交渉はエトリアのためにならない――あの男はそういう考えだったようだが、私にとってはそんなことはどうでもいい。私にとっては親族達が一番大事なものだ。自己中と言うならば言うがいい。
――とはいえ、あの男が死に、情報室長だったオレルスという者が新たな長となり、モリビトとの関係が従弟の望んでいたものになりつつある現状を知っている今は、少しだけ考えが変わった。それは、樹海を制覇したギルド『ウルスラグナ』から、ヴィズルの真実を聞いたからかもしれぬ。私自身が里長となり、人を統べ、里を導く立場になったこともあるだろう。
ヴィズルという男が嫌いなことは変わらない。いくら街のためとはいえ、人の話に耳を貸す度量ぐらい見せてもよかっただろう。
だが、あの男がエトリアのために行った努力、この世界のために成した偉業――それを思えば、私は敬服せざるを得ない。
あの男は、まさに『世界樹の王』である、と。
この地フォレストジェイルにある大樹は、前時代の計画に織り込まれた『世界樹』の一本なのだろうか。とすれば、その下――迷宮はエトリア同様に地下に続いているらしい――にもまた、前時代の秘密が眠っているのかもしれない。
私の目的は、前時代の秘密の探索にあらず、我が従弟の妻に当たる女の捜索だ(あれを従弟の妻と呼ぶには、抵抗もあるが)。調査団としての目的も、開拓民や第一次調査団の捜索に過ぎない。だが、早々に彼らを見付けられたとしても、我らは引き続き、樹海の探索を望まれるだろう。話に聞き及ぶエトリアやハイ・ラガードの顛末から、『王国』が『世界樹』に掛ける期待は大きいのだから。
望むとも望まざるとも、我々の探索は樹海の本質に迫る旅になる。
「シロカロよ」
私は『王国』のソードマンの名を呼んだ。
「古い神話に、世界樹という大樹の登場するものがあってね。その神話の主神、いわば『世界樹の王』と言うべき存在は、『オーディン』とか『オーダイン』という。我々は『世界樹』に抱かれた迷宮を探索し、支配せねばならない。ならば、名だけでも『世界樹の王』の威を借りてみるのもどうかね?」
「……それは、呪術師殿の使われる『言ノ葉』の力ですか?」
シロカロはそう返してきた。その様子は、我々カースメーカーの力に嫌悪があるわけではなく、単純に聞き返してきただけのようだ。私は苦笑いをした。
「どちらかと言うなら、北方の呪医の力に近いかもしれんな。『我は獅子』と心に刻んで、己の勇気と強さを引き出すのさ」
「いいんじゃない? それで強くなった気になれんなら。実際、気分だけでも強いつもりになるのは大事さね」
陽気な笑みを浮かべるのは、ダークハンターのテッシェだ。
「ま、実際の強さをちゃんと弁えてないと、痛い目見るから注意しないとねぇ」
ふむ、まったくだ。その点をしっかり判っているようで、ありがたいことだ。
どうやら皆に異論はないらしい。
だが、私はノクトとフィプトからの視線を感じた。
彼らはおそらく、私がこの名を提案した真の意味に気付いているのだ。ノクトは若長オレルスよりエトリア樹海と前長の真相を聞いたのだろうし、フィプトは『ウルスラグナ』の一員として、彼らから話を聞いたのだろう。
注意せよ、秘密を共有する友よ。我らは『世界樹の王』――その名を誇ったヴィズルの後を継いで、古の夢を監視するもの。もしもこの樹海が古き時代に連なる物だったならば、我らは決断せねばならぬのだ。
未だ、エトリア上層部とハイ・ラガード公宮、その付近にのみ知らされている、『世界樹』の秘密。それを『王国』のような大国に明かすべきか否か。
……状況次第では、私は私が嫌うヴィズルと同じようなことをせねばなるまい。
某月某日:レクタリア記す
ワタシと一緒にこの地を踏んだ冒険者のほとんどは、既にギルドを組んでいて、ワタシのような一人もの達も、先にこの地に来ていた調査団――第一次じゃなくて、第二次の中で、先行していた者達、ってことね――に居場所を見付けてしまってた。ワタシがギルドに顔を出した時には、もう、空いているギルドはなくて、どこかのギルドの予備人員になるか、自分でギルドを立ち上げるか、どちらかしか道はないわけよ。
「さて、どうしましょうかしらね」
「いかがいたそうか」
ワタシは、同じように途方に暮れていたブシドーと、ため息を吐き合った。
まだ少し話しただけだけど、このブシドー――ナユタ君は、いい人だ。ここでギルドを立ち上げるなら、運命を共にするのも悪くない。いい人云々のところは気恥ずかしいから隠して、一緒に探索しようと持ちかけたら、ナユタ君も嬉しそうに頷いてくれた。
「拙者、戦うことしか能があり申さぬ。野伏殿がおいでならばありがたい」
そんなに嬉しそうだと、ますますいい人だと思えちゃう。
だけど、樹海じゃ、いい人は通用しない。通用するのは、何かしらの形で強い人だ。それも、一人二人で強くてもどうしようもない。それなりの数と質が必要なのよ。
たとえば、傷を癒してくれるメディックは、絶対と言っていいほど必要。
けれど、今は、余剰のメディックはどこにもいない。
……いえ、待って。
正直、気は乗らない。だけど、一人、いる。
ワタシはナユタ君の手を引いて、野営地の一角に急いだ。
そこには、ワタシ達と一緒にこの地に来たヤギ達の居場所がある。調査団の糧として乳を搾られるヤギ達は、家畜小屋の中で草を食んでいる。船の中での出来事の延長で、なんだかヤギの世話係みたいになっちゃってる、二人の子は、そこにいた。
でも、そこにいたのは、二人だけじゃなかった。
苦虫を噛み潰したような顔の大柄な男と、やや細身の金髪の男も、一緒にいたの。
二人の男の顔は、船の中でも見かけた。積極的に関わったわけじゃないけど、すれ違えば挨拶ぐらいはしたもの。大柄な方は、やや横柄に頷き返してきたくらいだったけど、金髪の方とは、差し障りのない天候の会話ぐらいはした覚えがあった。
どうやらこの二人の男も、ワタシ達と同じように、チャリアちゃんをメディックとして編入するつもりでいるみたい。……っても、積極的に話を振っているのは金髪の男で、チャリアちゃんもすっかりその気になってるんだけど、大柄な男は、正直気が乗らない、って態度をしてる。ぶつぶつ文句を言ってる中に、こんな言葉を聞きつけた。
「全く、なんで乳臭いガキを樹海に連れてかなくちゃいけないんだ……」
「そんなにイヤなら、連れてかなきゃいいじゃない?」
アタシは横合いから口を出した。揚げ足を取るみたいで気が乗らないし、チャリアちゃんみたいな子供を危険な場所に連れて行きたくないのも同意だけど、ここで貴重なメディックを連れて行かれたら、ワタシ達は樹海に探索に出られない。
突然口を挟んできた女に、二人の男は驚いたようだった。まぁそりゃそうでしょうね。
で、一人のメディックの少女をめぐって、激しい言い争いに――はならなかった。
金髪の男が、話を始めたからだ。
ワタシ達に、じゃない。ワタシ達が来たことで、ちょうど大柄な男に言いたいことを言えるきっかけができた、って感じだったわ。
「ノクトさん、あなたはさっきから、彼女のことを乳臭いガキと言ってますけど、あまりに失礼じゃないですか?」
ノクトと呼ばれた男、突然の批判に目をぱちくりさせてる。
「チャリアさんは、確かに年齢的には幼い方ですが、メディックとして高い志を秘めて、この地に来たのだと、話を聞いた今では確信できます。あなたがチャリアさんをまだ『ガキ』呼ばわりするのは、その志を知ろうともせずに馬鹿にしているようなものです。少しは謹んでください!」
ノクトという大柄な男、「なにを……!」といきり立ちかけたけど、しばらく金髪の男とにらみ合った後、ふ、と溜息を吐いて、「勝手にしろ」と、家畜小屋を出て行ってしまった。
それを見送った金髪の男、やれやれ、と言いたげに肩をすくめる。
だけどチャリアちゃんは、金髪の男にこう言ったのだった。
「ノクト様を悪く思わないでください、フィプト先生。ノクト様は、あたしが危険な場所に行くのが心配で、あんなこと言ったりするんですよ。……でも、先生がちゃんとあたしの意欲を買ってくれたのは、すごく嬉しかったなー」
この一連の流れは、ワタシにも、自分の思い違いを突きつけてくれた。
さっきのノクトっていう男と、ワタシは、態度は違うけど、考えていたことは同じだ。
チャリアちゃんを子供としてしか見てないで、彼女がどうして、密航みたいな真似事をしてまで、危険きわまりない迷宮に挑もうとしたのか、そんなこと全然考えてなかった。メディックが貴重で必要だったから、仕方なく、チャリアちゃんを連れて行こう、なんて思ってて、じゃあチャリアちゃんは何を考えているんだろう、ってところを知ろうともしなかったんだ。
そんなワタシに、チャリアちゃんを仲間にする資格なんか、ないわね。
「行こうか、ナユタ君。次の船で冒険者がたくさん来るの、待ちましょ」
「う、うむ……」
ワタシ達は踵を返して、家畜小屋を出ていこうとした。そもそもチャリアちゃんが入っても三人にしかならないワタシ達だったし、はじめから『次を待つ』って考えればよかったのにね。
けれど、そんなワタシ達の背に、フィプトって呼ばれてた金髪の男が、声を掛けてきたんだ。
「すいません、あなた方は、レンジャーとブシドー、だとお見受けしますが」
「ええ、それがどうかした?」
「もしも、ですよ。もしも、あなた方がまだお二人なら、小生どものギルド『オーダイン』に来ませんかね?」
「……はい?」
こうして、ワタシとナユタ君は、思わぬ形でギルドに所属することになったの。
余談だけど、フィプト先生が、アベイ先生の知り合いだと知るのは、もうちょっと後のことだったのよ。
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