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フォレストジェイル探索日記
世界樹の王オーダイン


3:新たなる地に集う者達・3

某月某日:バード ラプシー記す
 ボクは藁の入った木箱の中でじっとしてたの。
 なぜって、ボクひとりで「新大陸に戻りたい」って言っても、誰もとりあってくれなかったから。
 最初は芸人仲間のみんなが一緒だったから、新大陸に行けたんだ。向こうでしばらく芸とか歌とか披露して、開拓団のみんなに楽しい思いをしてもらってたんだけど、ボク、病気になっちゃったんだ。なかなか治らなくて、慣れない場所で疲れてるんじゃないかって言われて、『王国』に送り返された。
 でもね、開拓団の人達と連絡が取れなくなったらしいって噂を聞いて、とても心配でしょうがないんだ。みんな消えちゃったらしいなんて噂も聞いたから。
 事情を話して、何度お願いしても、誰も、うんって言ってくれなかった。
 だから、ボクはこうして、新大陸に行く船に載る荷物の中に紛れてたんだけど。
 ……なんか、同じ事考えた人が、入ってきた。
 木箱が船に載せられて、まわりから人の気配がなくなってから、ボクとその人――チャリアおねえさんは、いろいろな事を話した。どうして新大陸に行きたいのか、これまでどういうことをして暮らしてたか、好きな食べ物、憧れの人、将来の夢、たわいもない話、いろいろ、いろいろと。閉めきられた箱の中は真っ暗で、チャリアおねえさんの顔も分からないけど、お話ししてるのは楽しくて、できればおねえさんと一緒に芸人仲間のみんなを探せたらなあ、って思った。でも、ボクはバードでおねえさんはメディック、ふたりだけだと大変なのはわかってた。だけど、おねえさんとふたりなら、ボクひとりより、一緒に探索に出てくれる人を見つけやすいかな……。
 と、突然、がたん、と音がして、箱のふたが開いた。
 話に夢中になりすぎたボクたちは、声を抑えてしゃべるのをすっかり忘れて、箱の中に隠れているのを見付けられちゃったんだ。

某月某日:レンジャー レクタリア・スーレイ記す
 ヤギのミルクをもらおうと思って、船倉に降りていったんだけど、そこで意外な顔に出会うとはね。
「……チャリアちゃんじゃない、何やってるの?」
 ……密航者がいたらしくて、それが『冒険』とかに憧れたらしい子供で、海に放り込むってわけにもいかないから、とりあえずヤギの世話をしてもらうことにした……なんて話を耳にしてたけど、まさか知り合いとはねー。
 同郷の知り合い――メディックのチャリアちゃんは、顔を上げて、向こうも意外そうな顔をした。
「……そういうレクタ姉さんこそ、何してるんですか?」
「新大陸調査団に応募したに決まってるじゃない」
 そんなわけでワタシは――途中途中で「ほらほら、お仕事の手を止めない!」ってからかいながら――現状の話をしたわけだ。
 ワタシとチャリアちゃんは同郷で、関係といえば――お得意様? ちょっと違うか。数年前に、ワタシ達が住んでた国に来てくれた、アベイ先生っていうメディックがいるんだけど、チャリアちゃんはその弟子になって、ワタシはあちこちで採集した薬の材料をアベイ先生に売ってたの。ワタシ達が知り合いになったのはそのころ。
 その後チャリアちゃんはエトリアの有名なメディック……キタザキ先生って言ったっけか、その人のところに、もっと勉強するために行ったんだけど……。
「その後、両親が病気になっちっゃてね。アベイ先生が治してくれたんだけど、薬が高いのよ。完治するまでの生活費もいるし。だから、このお仕事に応募したのよ」
「そうだったんですかー」
「だったのー」
 チャリアちゃんともうひとりの――ラプシーちゃんっていったっけ――その子は、感心したように相づちを打ってたけど、突然身を乗り出してきた。何を言いたいのかはわかったわ。
「だめよ。チャリアちゃん達は向こうに着いたらすぐ引き返しなさい」
「えー」
 ……ラプシーちゃんのことは知らないけど、チャリアちゃんは、きちんとメディックの勉強をしたんだろう。それは認めてもいい。でも、行く先は未知の新大陸。どれだけ志が高くても、正直、分が悪すぎる。ワタシだってリスク覚悟で飛び込んだんだ。アベイ先生は「そんなに危険な事をしてまで急がなくていい」って言ってくれたけど……。
 そんな危険なところに、チャリアちゃん達を関わらせたくないんだ。
 ……でも、すぐに帰すのは、無理かもしれないな。
 ワタシのレンジャーの勘がそう告げた。いや、なんかものすごい未来を見たとか、そんな変な能力があるわけじゃないわ。ただね、こう、感覚的に、きたのよ。
 荒れるなぁ、って。新大陸に着いたら、すぐには引き返せないかもなぁって。

某月某日:ブシドー 御剣・那由多記す
 船の上にあろうと、鍛錬を怠るわけには参らぬ。
 拙者は甲板の上でカタナを振るっていた。
 使っているのは真剣ゆえに、余人がおらぬ時間を狙って鍛錬をしている。……正確に言えば、マストの上に見張りがいたりするのだが、まぁ、それは数に入れなくてもよいだろう。
 武者修行のために、様々な地を回ってきた。エトリアやハイ・ラガードの樹海迷宮にも挑みたかったが、拙者が足を向けたときには叶わなかった。残念に思っていたが、今度は新大陸にそれらしいものが発見されたと噂に聞いた。これを見過ごしていられようか。無論、行方不明になったという開拓団の捜索に手を抜くつもりはない。他者の苦難を救うのは我らの義務であり、意義だ。
 それにしても、妙だ。どうも、空気がおかしい。
 拙者が野伏や忍の類であったなら、あるいは熟達の武士であったら、もう少し早く、その意味を掴めたやもしれぬ。だが拙者は悲しいかな、未熟たる身だ。
 それでも人心の何かしらの類なら、拙者でも手を打てたやもしれぬ。しかし沸き起こったものは、人の手ではいかんともしがたい災厄だったのだ。
 ……回りくどいか。つまりは、嵐が来た。
 水平線の彼方に沸き起こった黒雲が、みるみるうちに天を覆い尽くし、大粒の雨と激しい風を船にぶつけてきたのだ。
「だから、早く部屋に戻れって言ったんだ、兄ちゃん!」
 マストから降りてきた船員がそんなことを言う。すまぬ鍛錬に夢中で聞こえていなかった。
 その指示に従わない道理はない。嵐と戦うのは拙者の役目ではないからな(もちろん、拙者にできることがあれば力添えを怠らない所存だ)。
 船乗り達が対処しようと動き回る中、拙者はカタナを鞘に収め、船内に戻ろうとした。
 その時であった。船が大きく揺れたのは。
 拙者の身体は均衡を崩して甲板に叩きつけられた。
 痛手こそ大きくなかったが、はずみでカタナが鞘から外れて甲板に落ちた。それだけならまだいい。波で船が傾いで、カタナは拙者からするすると離れていき、そして。
「あ」
 寒中、いや、嵐中水泳をしに行ってしまった。
「あー」
 らしくない間抜け声を上げてしまった。
 カタナ自体はさして高価でもない、故郷に戻ればいくらでも手に入るものだ。だが、そんな問題ではない。カタナとは武士にとっては生命そのものなのだ。別にカタナを失ったから死ぬとかそういうわけではないが、己の命運を託す大事なものなのだ。それを、このようなつまらないことで失ってしまった。嵐が『つまらないこと』なのではない、そもそも拙者が船員の注意を聞き漏らしていなければ防げた事態なのだ。
「兄ちゃん、早く戻れ!」
 船員に再三の警告を受け、拙者は揺れがおちついている隙に船内に駆け戻った。
 落ちたカタナはもはや取り戻せない。甲板にいても無意味、どころか、船員の邪魔になるだけだ。
 全身ずぶぬれになって、とぼとぼ歩いていると、すれ違いに、畳んだタオルの山を抱えた銀髪の男性とすれ違った。
「おや」
 男性は足を止めると、タオルの山を拙者に差し出してきた。
「一枚とるがいい。早く身体を拭かないと風邪を引く」
「かたじけない」
「使い終わったらリネン室に放り込んでおいてくれ」
 男性はそう言い残して早足で去っていった。あのタオルは船員が作業を終えたときのためのものだろう。拙者にも余裕があったら「手伝おう」と申し出るところだったが、その時は部屋に戻るので一杯一杯だったのだ。
 自室に戻ると、拙者はタオルで身体を拭きながら、溜息を吐いた。
 ……武器、どうしよう。新大陸にカタナがあればよいが、そうでなかったら、予備のナイフで切り抜けるしかあるまいな……。 

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