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フォレストジェイル探索日記
世界樹の王オーダイン


2:新たなる地に集う者達・2

某月某日:アルケミスト フィプト・オルロード記す
 按察大臣殿から、『王国』より協力要請があったと伺ったのは、数ヶ月前のことです。
 樹海探索の経験の蓄積があるハイ・ラガードやエトリアの冒険者が、大層望まれているそうです。もはや過去の話で違う樹海、かつての冒険者達でも、何事もなく樹海を踏破できるわけではありますまい。それでも、わずかながらでも知識のあるなしは貴重な差となるのです。
 その時小生は、残念ながら要請に応えられませんでした。小生には、ハイ・ラガードの人々に勉学を教える役目があったからです。
 本当は行きたかった。五年前、ハイ・ラガードの世界樹の探索に赴きたくて焦がれていたときのような、心の奥底から湧き出る情熱が、小生の身を焦がしました。しかし、結局は、他の冒険者の方が『王国』へ旅立たれるのを見送り、小生は己の成すべき事をするべく、情熱を抑え込んだんでした。
 ところが、二月ほど前に、再度、協力要請がありました。先の要請に応えた冒険者達が、フォレストジェイルの調査中に消息を絶ったため、第二次調査団を結成するとのことでした。その要請にも、小生が応えることはなかったでしょう。
 ――同封されていた、第一次調査団の死亡・行方不明者リスト。その行方不明者欄の中に、エトリアのルーナさんの名を発見しなけりゃ。
 ルーナさんはドクトルマグスで、五年前に小生が『ウルスラグナ』に属していたときの仲間でした。ハイ・ラガードの樹海が踏破され、『ウルスラグナ』が解散したとき、ハイ・ラガードでお産みになったご子息を連れてエトリアに戻られたんですが……エトリア樹海のことなら誰よりも詳しいはずの人、『王国』の要請に応じて新大陸に行かれていたんでしょう。
 仲間が危機に陥っている。それは、小生に旅立ちを決意させるには充分すぎる動機でした。
 そして今、小生は二月に及ぶ旅程の果てに、『王国』王都の城前広場に佇んでいます。この近辺に、新大陸調査団人員受付所があるとの話なんですが……。
「フィーにいさん!」
 突然、小生を呼ぶ懐かしい声がしました。
 声がした方向に目を向けると、そこには、数人の人だかりがありました。よく目立つのは、硬い鎧で身を固めた大柄の中年男性。紋章はエトリアのものです。『王国』から要請を受けて来たパラディンでしょうか。
 しかし、小生の目を引いたのは、短い茶髪の女性です。五歳くらいの子の手を引いた彼女は、空いた手を勢いよく振りながら、「フィーにいさん! フィーにいさん!」と小生の名を呼び続けてます。
 顔立ちが昔に比べて大人らしくなったかな、という気もしますが、その挙動が彼女を五年前からほとんど変わっていないように見せてます。いや、悪い意味じゃないんです、ただ、本当に、変わらないなぁと。
「パラスさん、お久しぶりです!」
 稀なる偶然で出会う事ができた、かつての仲間に、小生も手を振って応えたんです。
 
某月某日:ダークハンター テッシェ・アージン記す
 ……まあ、なんていうかさ。アタイは新大陸なんかには行きたかないわけ。
 でもまぁ、王命だから仕方ないさ。『王命』だもんね。
 その一単語の呪縛で、生命を落としたバカって、歴史上に何人いるんだろうね。
 五年前も、そうだったな。
 ある国の中枢に奇襲をかけて、ある人物を暗殺せよ、って『王命』。
 ホントは王様の『王命』じゃない、平和主義で頭が茹だっちゃってる王様を陰からこっそり操るジジイどもの、『王命』。あの任務でも、仲間はみんな死んじゃって、逃げ延びたのは、アタイと、余所からの助っ人だけ。アタイはその後、だいぶ長いこと、鞭が振るえなかった。鞭使いのダークハンターなのにさ。
 ああ、まぁ、新大陸がらみの『王命』が大事なのはわかってるさ。国を養うには富がいる。平和主義を標榜する今の『王国』じゃ、奪うわけにもいかない。エトリアと同盟を結んでも、エトリアから無尽蔵に富を提供してもらえるわけじゃない。誰の手垢も付いてない、新たな『富』の狩り場が必要ってわけさ。
 ……表の仕事も、裏の仕事も、『王国』の皆様が健やかに日々をお過ごしになるためには大事。わかってるんだけどね……。
 まあしょうがない、仕事はちゃんとやろ。ただし、『王命』だからじゃなくてさ。
 シロカロちゃん、アタイの表の顔の同僚、いいや、大事なトモダチ。彼女はこの『王命』に乗って、個人的にやりたい事があるっていってた。はっきりと口にはしなかったけど、何をしたいのか、アタイにゃわかってるんだ。
 うん、アタイは、シロカロちゃんのために仕事をしよう。それで決まり、ばっちしオッケー。
 ……それにしても、遅いなぁシロカロちゃん。
 エトリアのお客さんが来たら、この調査団員受付所に連れてくる、って、いってたんだけどなぁ……。
 
某月某日:メディック チャリア・ルクル記す
 ひどいっ! ひどいよひどいよひどいよ!
 ノクト様ってば、ノクト様ってば! あたしを置いていっちゃうんだもの!
 あれほど、あたしを『王国』に連れて行って下さい、ってお願いしたのに。もう!
(眉根をしかめてモノマネ)
「てめぇのような乳臭いガキがノコノコ出掛けていく場所じゃねぇんだよ、樹海迷宮ってのは!」
(顔を元に戻す)
 ……なんて言って。
 これでもあたしはキタザキ先生の元で教えを受けたメディックなんですぅ。
 故郷では『ハイ・ラガードの英雄』のひとり、アベイ先生にいろいろ教わってたんですぅ。
 もう一人前のメディック、実戦でお役に立つ事ぐらい、できますっ!
 ……まぁそりゃ、新大陸に行きたい理由を訊かれて「樹海に憧れてたんです!」って真っ先に答えちゃったあたしも馬鹿だったと思うよ。でも憧れちゃったものはしょうがないよ。エトリア樹海は執政院の施策で入れる人が限られてて、あたしはその中に含まれてない。ハイ・ラガードも似たり寄ったりって訊く。それよりもなによりも、どちらも人の手が入り過ぎちゃってて、もう、あたしの憧れた樹海じゃないと思う。
 それに、樹海の中で傷つく人を癒す役に立ちたい、っていう思いだって、嘘じゃないんです!
 って今吠え猛ってもしょうがないけど。不採用の原因は、ちゃんとした思いを伝えきれなかったこと、かなぁ。
 ……仕方ないね。こうなったら実力行使、ですっ!
 新大陸行きの船に、こっそり乗っちゃいます!
 『王国』を離れちゃったら、送り返されようもないし、向こうでちゃんと役に立てることを証明すれば、きっと樹海探索にもつれてってもらえます!
 ……あの船、冒険者さんらしい人達がたくさん乗ってる。あれがたぶん、新大陸に往く船。
 で、ここに、その船に積まれるらしい木箱があったりします。中身は藁……燃料、兼、寒いときの追加寝具、兼、乳のために船に積まれるヤギの食料、ですね。これだけ大きければ、藁といえども相当の重さになるし、あたしひとりくらいの重さなら誤魔化せる……といいなぁ。
 他の箱とかを探ってると見つかっちゃいそうだし、ここは運を天に任せて……アベイ先生の冒険話に出てきた、『大いなるヌゥフ』様あたりに祈ったら、聞き届けてもらえるかなぁ。
 よいしょ、と。……って、あれ?
 ねぇ……きみ、誰?

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