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フォレストジェイル探索日記
世界樹の王オーダイン


1:新たなる地に集う者達・1

某月某日:パラディン ノクト・アイオール記す
 エトリアから馬車に揺られて二ヶ月。
 おれは、ようやく『王国』王都に辿り着こうとしている。
 『王国』――いまやエトリア含む自治都市群の同盟国となった、この活気ある国家は、二十年以上前は侵略国家だった。今はそれが信じらんねぇほどの穏健施策を執る国なんだが、その武力、指導力は、世界に並み居る国々の中でも強大なもんだ。特に、海洋に面したこの国が誇る、数百もの船団は、かつての侵略戦争時には死神の船として、現在は、世界を結びつける使者の船として、海洋をほしいままに駆けめぐってやがる。
 といっても、現在の人間の技能で安全を求めるなら、沿岸部付近を渡り歩くのが精一杯。前時代、エトリア前長ヴィズル卿がお生まれになった頃だったら、きっと、いかなる嵐をも容易く越えられる船があったんだろうな。そういう船が現在もあったなら、新大陸の発見まで、幾多の犠牲を払わずに済んだかもしれねぇ。
「かあさんは、この海のむこうにいるんだよね」
 おれの隣にいるガキが、馬車の窓の向こうに広がる海原に目を向けて、不安そうにつぶやいた。
「ふん、そうだな」
 おれは短く答え、ガキの頭を撫でてやった……泣かれたらうざってぇことこの上ねぇからだ。
 ガキの横顔に、古い知り合いの顔が重なる。
 とっくにくたばった奴の顔だ。おれが知っているそいつは、まだまだ乳臭いガキだったのに、知らない間にガキなんかつくるなんて芸当をしでかしてた。そういや、癖だらけの赤毛の方も、女房を娶ってハイ・ラガードでガキ作ったって話だな。どいつもこいつもがっつきやがって。
 生きてれば拳骨のひとつぐらい、祝い代わりにくれてやったんだが。
 ……やつは、もういねぇんだ。
 
某月某日:カースメーカー ナギ・クード・アンシャル記す
 乗合馬車から降りた顔の中に、見知った子供の顔を見付けて、私は声を掛けた。
「シャルおじちゃん!」
「よく来たな、待ちかねたぞ」
「パラスおばちゃんも、こんにちは」
「……はい、こんにちは」
 はは。はとこは『おばちゃん』呼ばわりされて戸惑っている。まあ、お互いまだ二十代前半、こう、腑に落ちないところはあるが、かわいい親族の子の言うことだ、甘受しようではないか。
 さて、私には別の用事がある。
 我々より少し離れたところ、しかし我々の『なわばり』内といえる絶妙な位置に、一人の大男が佇んでいる。彼が、我ら一族の子をエトリアから『王国』まで送り届けてくれた護衛、兼、これから私の同志となる者なのだ。
「そなたが、エトリア正聖騎士、ノクト・アイオール殿か」
「ああ」大男はぶっきらぼうに答える。
 私は右手を差し出しながら、軽く会釈し、挨拶の言葉を続けた。
「よく来てくれた。私は呪術師一族『ナギ・クース』の長、名をアンシャルという」
「うむ」
 大男――聖騎士ノクト、右手を出しかけて、ぴたりと動きを止める。しばらくそのままでいたが、やがて引っ込めた。表情からすれば、アレだ。「馴れ合う気はねぇ」っていうやつだな。
 ちょっと悪戯心がもたげた私は、聖騎士に言ってやることにした。
「さしもの聖騎士殿も、生死を操る呪術師の手を握るのは怖いかね?」
 すると、聖騎士殿は、すっと手を差し出し、私の手をしっかり握って、数度振った。
 勇気を疑われたのが余程悔しかったか。確かに、それもあるだろう。だが、それ以上に、私には彼の考えのある程度がわかった。彼は、少なくとも表に出しては、カースメーカーである私を必要以上に恐れたり蔑んだりする気はないようだ。しっかり手を握り、しっかり振り、そっと離してくれた。
 もっと込み入った内心までは判断できないが、調査団の同志としては、さしあたり充分だ。

某月某日:ソードマン シロカロ・フィア・シュヴル記す
 城前広場の向こうから、こちらへ向かって歩いてくる集団を確認して、わたしは目を細めました。
 ようやく、待ち人が来たのです。
 ああ、『ようやく』と言いますが、彼の方々が遅かったことに不満を感じているわけではありません。エトリアからはるばるおいでになる以上、多少の時間の狂いは致し方ありませんでしょう。わたしの想定範囲内の時間にお越し頂いたことがありがたいくらいです。
「……エトリア正聖騎士、ノクト・アイオール殿、及び、カースメーカーの里長、ナギ・クード・アンシャル殿ですね」
 目の前にお越しになった皆様のうち、殿方お二人が頷いたので、わたしも自己紹介をいたすことにしました。
「わたしは、『王国』歩兵師団第百二十五小隊に所属するソードマン。シロカロ・フィア・シュヴルと申します。王命により、皆様とご一緒に新大陸調査団として、フォレストジェイルに渡航することになります。以後、よろしくお願いします」
「ああ」
「よろしく頼む」
 わたしはお二方と握手を交わしました。アンシャル殿の方が、ちらりとノクト殿の方をご覧になったようですが、どうかなさったのでしょうか? ……特に何事もないようですし、わたしから口出しすることではないでしょう。
「ところで、ええと、失礼ですが……」
 わたしは、わたしの前においでになった、残りのお二方に目を向けました。
 片方はご婦人、平服をお召しですが、首から呪鈴が下がっていることからすれば、カースメーカーでしょう。アンシャル殿もそうですが、彼の方の一族は、『仕事』の時以外は平服をお召しになられることが多いのです。まあ、いかなるカースメーカー殿も、四六時中あのローブをお召しになっているわけではありませんでしょうが、どうしても先入観を抱いてしまい、彼の方々が普通の服をお召しなのが不思議に思えてしまうのです。
 もう片方は、その女性にしがみつくようにされている、年の頃五歳くらいのお子様です。ご婦人のお子様でしょうか?
「ああ、さすがに彼女達は新大陸へは行かぬよ」
 人懐っこそうな笑みを浮かべるご婦人に代わり、アンシャル殿が仰いました。
「従弟の息子がエトリアに住んでいたのでな、こちらでしばらく預かることにしたのだよ。……従弟は亡くなって久しいし、この子の母は、第一次調査団に加わって――」
「……ああ、それは」
 わたし達は第二次新大陸調査団でございます。数ヶ月前に新大陸を目指した第一次調査団は、開拓民の方々同様に、その連絡を絶ってしまったのです。第一次の際にも、エトリアに助力を要請したという話は伺っておりましたが、それが、目の前のお子様の母君だったのでしょう。まことに痛ましい話でございます。
 わたしにとって新大陸調査は王命であり、任務です。個人的な思惑はございますが、以上のことは絶対原則でございます。しかし、お子様が不安げにご婦人にしがみつかれているのを見ておりますと、個人としても、何としてでも調査を完遂し、お子様の母君も見付けて差し上げなくては、と心に誓わざるを得ないのでありました。

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