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ハイ・ラガード世界樹冒険譚
苦難を越えるものウルスラグナ


外伝――地獄とは彼の不在なり・40

 それからほんの二日後、ファリーツェはまたシリカ商店を訪れた。今度は、エトリアの王冠の組み替えが終わったとの知らせを受けたからである。
 早すぎる。商店からの知らせを受けた際、真っ先に思ったのはそれだった。よもやシリカ商店ともあろう店が手抜きなどするはずもなかろうが、あまりの早さに心配になったことも否定できない。ともかくも、できたというのならば、と、店に顔を出すことにした。
 ヴェネスを伴ったのは、銃士の少年もシリカ商店にとある注文をしており、そちらもできあがったと知らされたからだ。
 商店を訪れたとき、店主の少女はカウンターにおり、各種武具の手入れの最中だった。
「あっ、ファリーツェさんにヴェネス君!」
 がたりと立ち上がるシリカに挨拶を返すと、来訪者達はさっそく、自分達の注文品の催促に入った。
「もちろん、ここにあるよ!」
 シリカはカウンターの陰にしゃがみ込み、ごそごそと何かを探すこと数十秒、次々に何かの包みをカウンター上に置いていく。その数は四つ。
 一つを除いては、いずれも両手で包み込む程度の大きさである。一つは若干いびつな立体を形作っていて、もう一つは扁平、別の一つは角張っていた。
 残る一つは明らかに大きさ――というより長さが違った。長大な剣を包めば同じ程度になるだろうか。
「疑うようで悪いけど」率直にファリーツェは切り出した。「本当に、できたの?」
 シリカからお叱りを受けること覚悟の発言だったが、意外にもそんなことはなかった。むしろシリカも驚いた様相で返したものである。
「ワタシもびっくりしたよ! そりゃ、注文通り、できるだけ早く、って伝えたけどさ、まさか、細工師さんが二日でやってくれました、になるとはねぇ……目の下ひどいクマだったけどさ……」
「そんな無茶を……」
 ちなみに件の細工師のことは、直に会ったことはないが、ファリーツェも知っている。冒険者だった頃、彼の依頼を受け、樹海でコランダム原石を調達したことがあるからだ。ひょっとしたら当時のことを未だに感謝してくれていて、それで二日徹夜でがんばってくれてしまったのだろうか。
 事情はともあれ、ありがとう、安らかに眠れ(今回の疲れが取れるまでの意味で)、と心の中でつぶやいた。夕日(まだ午前中だが)に向かって敬礼もしたくなる気分だった。
「まぁワタシも念のため確認したけど、両方とも、いい出来だと思うよ!」
 若干いびつな立体を、ファリーツェ達の正面に来るように持ってきて、シリカはそれに手をかけた。華のように布が開いたその時、聖騎士と銃士は、中にあったものから目を離せなかった。
 若干の異物を混ぜて頑丈にした金の、繊細な細工を中心とし、様々な輝石や半貴石で飾られたそれは、サークレットと呼ぶべきものであった。決して華美ではなく、商店の窓から入る光を控えめに反射し、半日陰の水面のような輝きを放っている。
 サークレットの形自体には見覚えがある。王冠の前面の細工だ。職人はその面を生かしながらも、全体的に縮小し、飾る貴石を吟味し、新たな冠といって差し支えない逸品を作り上げたのである。貴石の数が減っている分、元の王冠程には、能力を引き上げる力はないだろうが、そのあたりはやむを得まい。
 いわゆるヘアバンドのような、頭部をめぐる金具部分がつながっていない形だが、ある程度、頭の形に添うように作られていることと、装着後に両端をつなぐ金具が付属していることもあり、装備して探索に臨んでも、簡単にずり落ちることはないだろう。悪目立ちしないので、装備して気恥ずかしいこともあるまい(少しはあるかもしれないが)。
「細工師さんが言うにはね、樹海探索に付けていっても邪魔にならない、でもそれなりの役に立つように、でも、控えめで、そこはかとなく品位は感じ取れるように組み直したつもりだ、って言ってたよ」
「へぇ……」
 細工師の言い分は紛うことなく完成品に現れている、とファリーツェは感じた。あくまでも個人の感想だ。だが、ヴェネスの様子も見る限り、決して独りよがりな意見ではあるまい。
「ありがとう、シリカ。仕事の早さも入れて、すごく助かったよ」
 商店主に礼を言う。実際に早い仕事をしたのは細工師だが、シリカの迅速な取り次ぎがなければ、その力量も十分に発揮できなかっただろう。
「どういたしましてー」
 シリカも南国の太陽のような華やかな笑顔と共に返した。
 ここで代金のやりとりが行われなかったのは、注文時に先払いしていたからである。先払い分と比較して実際の経費+手数料に増減があったら、差額分のやりとりも発生するのだろうが、今回もそんなことはなかった。シリカの見立ては相変わらず正確であった。
 ただ、今回に限ってはファリーツェ側からさらなる疑問がある。
「……あれ? 『もうひとつ』の分は大丈夫だった?」
 その視線は、未だ開封されていない方に向いている。扁平の包みだ。
「うん、こっちも想定予算で済んだよ」
「すごいなぁ……やっぱりこっちも細工師あのひとがやったの?」
 だとしたら、単純計算で、それぞれ一日で細工をやってのけたということになる。人間業とは思えない。だから、
「ううん、さすがに、お弟子さんが作ったみたい。デザインは細工師さんもたらしいけど」
 その言葉に、安堵を抱いたのも事実だ。反面、弟子の細工か、と少しだけがっかりしたことも否定できない。
 だが、確認を、とシリカが包みを開封したとき、ファリーツェは自分の考えが杞憂だったことを悟った――それどころか、細工師の弟子に失礼なことを考えていたことに頭を抱え、そこらに自分用の墓穴があったら飛び込みたい気分になった。
 それは首飾りだった。
 細く短めの数本の金の鎖の間を、短い木の枝を思わせるような、一見無骨な棒状の金のパーツが繋ぎ、胸元まで垂れるチェーンを形作っている。緩やかにねじられ、所々を銀で装飾された、葡萄色の細いリボンチェーンが、金のチェーンと二重になるように設えられていた。
 所々にバランスよく飾られているのは貴石。主に赤いものを中心として使われている。トップに当たるものは、細かい金細工で象られた、網目状の葉脈が目立つ木の葉である。先端に行くにしたがって、銀を混ぜたのか、微妙な色の転移グラデーションが見て取れる。完全に銀色になった葉の先端には、涙型の小さな薄青色の貴石が、滴を表現しているのか、控えめに下げられていた。
 さして華やかなものではない。だが、身につけるはずの人物像と合わせると、たいそう引き立て合うのではないかという気がした。注文したとき、贈る相手のことは、簡単な容姿以上は伝えなかったというのに。
「……こっちは私事なのに、気を回してもらっちゃって、すまないね」
 想像以上の出来映えに見とれながらも、ファリーツェは感想を口にすることができなかった。やっと言葉になったのは、何とも色気も風情もない、事務通達である。
細工師あのひととお弟子さんに、いい仕事をありがとう、って伝えてくれないかな。それと……頼んだときにも言ったけど、このことは、みんなには内密にしてほしいんだ、いいかな」
「へへへー、もちろん、このシリカ商店、お客様の秘密は絶対に漏らしたりしません! だってねー、それってやっぱり『ヤボ』ってもんでしょー」
 敬礼のポーズを取り、了承の意を示すシリカ。
 動作こそおどけているが、彼女の口の堅さには基本的に信頼が置ける。
 口止めをしたのは、自分の行いが違法だからというわけではない。ファリーツェは、エトリアの王冠組み替え後に残るはずの地金や貴石を、シリカへの報酬の一部にするのではなく、それらを使って宝飾品を一つ作ってもらうことにしただけである。正確に言うなら、一度譲り渡した地金や貴石をシリカから自費で買い取り、それらと加工賃を合わせ、個人的な注文をした、という形になる。
 先ほどの様子を見る限り、シリカはおそらく、ファリーツェにも春が来て、それを恥ずかしがって隠そうとしている、とでも思っているのだろう。実状は違うのだが、今のところ、その誤解は都合がいい。だから敢えて訂正しなかった。
 春の相手を思い浮かべる若者を演じつつ、いそいそと首飾りをしまい込んだファリーツェは、おそらく首飾りの行く末を目で追っていたのであろうヴェネスと目が合ったので、もののついでに話を振った。
「俺の用事はこれで終わりだけど、ヴェネスも何か頼んでたんだよな?」
 ファリーツェには銃士の少年の頼みごとが何かは判らないが、カウンターに残された包み二つが、それなのだろう。
「あ、はい……じゃあ、お願いします」
 前半は聖騎士に、後半は商店主に向けた言葉を発しながら、ヴェネスはカウンターにぴったり身を寄せた。
「はーい、じゃあ、まずこっちからね!」
 応じたシリカが正面に引き寄せたのは、角張った包みである。布を開くと、無垢材で組まれた素っ気ない木箱が現れた。どう見ても、色気のある商品ではない。
 箱の上部が一枚板の蓋になっている。シリカに促され、ヴェネスが蓋の端に爪をかけ、開けようとしているのを見つつ、ファリーツェは何となく、毎朝明朝にエトリア中を小型の荷馬車で往く郊外の牧場主が売っている、無骨なガラス瓶入り牛乳を想起した。蝋引きした厚手の漉紙の蓋の開け方(道具がないとき)に、ヴェネスの動作が似ていたからだ。
 もちろん、開いた箱の中に納まっているのは、牛乳ではない。
 整然と納まったそれは何なのか。
 薄褐色のぷよぷよしたものが、一ダースほど詰まっているのは確かだ。触ったら少し気持ちいいかもしれない。ストレス解消用の玩具でも作ってもらったのだろうか?
 だが、銃士の少年が箱の側面の板を取り払ったとき、聖騎士は自分の読み違いを知った。
 それは弾丸だったのである。
 弾丸については、かつて『リグラス』のガンナー・フレドリカに見せてもらったこともあるし、ヴェネスにも説明してもらったから、わかる。火薬を詰めた金属筒の先端に、ドングリのような形の金属塊を填めた、手の平に乗る程度の大きさの代物だ。
 だが、目の前の『弾丸』には、ドングリがなく、その代わりに、ぶよぶよが付いている。ファリーツェにはそれが何を意味するのか、さっぱり判らない。問うようにヴェネスに目を向けるも、肝心の少年は、新しいおもちゃを得たような様相で目を輝かせ、聖騎士の方を顧みる気配もなかった。
「すごい! こんなに早く出来上がるなんて!」
「前に似たような注文も受けたことあるからね。でも、見本を貸してもらったのも助かったよ!」
「銃の方はどうでした? こっちは見本なしでも大丈夫って話でしたけど」
「うん! 昔、話だけ聞いて試作したことがあったからね。樹海探索じゃ使えなかったけどねー」
 どうやら、最後に残った包みの中身は銃らしい。確かに、かの包みの長さは、ヴェネスが携えていた長身銃の包みに酷似している。なぜ二挺目の銃を? 持参した物が故障したときの備えだろうか、と勝手に納得しようとしていたファリーツェは、問題の銃の包みが開けられたときに、またも訳が分からなくなった。二挺目なのはいいとして、なんで銃身を真っ青にしてあるんだろう? ヴェネスの好みか? 材質の問題なのか?
「ありがとうございます! これなら弾の残りを気にしないで訓練できます!」
 子供がおもちゃを買ってもらったかのように喜声を上げるヴェネス。その様を見て、まぁいいか、とファリーツェは思った。気になることは後で聞けば、他者に教えて問題ないことなら教えてくれるだろう。
「弾の方はまた少し作っておくから、必要になったらいつでも言ってね!」
「あ、シリカのお姉さん、せっかくだから色変えて追加したいから、ちょっとメモ書きますね」
 ヴェネスがどうやら追加注文の何からしいメモを書き始めた。色? 別の色の銃がほしいっていうんだろうか?
 任務に必要ならそれなりの理由があるのだろう。単なる趣味としても口出しする理由はない。
 ファリーツェはヴェネスから目を離し、自分が頼んだ宝飾品を、持参した鞄の中に丁寧に納めた。やることを終えて顔を上げたときには、ヴェネスはメモを書き終えてシリカに渡したのか、弾丸の箱を包み直しているようだった。

 シリカ商店を辞した帰り道、不意に銃士の少年が口を開く。
「あの、ファリーツェさん」
 無言のまま続きを促す視線を向けると、ヴェネスは、やや抑え気味の声量で、思いもしなかったことを切り出した。
「あのことなんですけど、ちょっと、気になるところがありまして」
 『あのこと』とは、エトリアに襲撃があった場合の防衛の穴についてのことだ、と、ファリーツェにはすぐ判った。
 ヴェネスの役目は、あるかもしれない襲撃に備えることと、その一環として、エトリアの人間が予想もしない防衛の弱点を探すことだ。彼を雇い、監督するファリーツェの立場で、今の言葉を『思いもしなかった』などと感じるのは、気が抜けていると思われても仕方がない。だが、代名詞を使ってとはいえ、それなりの人通りがある往来の真ん中で、いきなり切り出される、というのは予想外に過ぎた。
「ここで?」
 こちらも抑え気味の声で返す。他者に変に聞かれては困る、という心理の表れか、言葉少なかった。そんな彼に返すヴェネスの話し方は、無邪気な子供が兄に話しかける様に似ていた。
「ここじゃなくて、あそこです」
 あそこってどこだよ、と言いたくなるのを、ぐっと抑える。何となく――具体的な言葉にならないが――ヴェネスの唐突な行動に、余計な横やりは入れられない、と察して。そんなファリーツェに押しつけられたのは、布にくるまれた箱。あの奇妙な弾丸の箱だ。
「気になるから、ボク、これから見に行ってきます。その荷物、一応は火薬なんですから、往来なんかで開けないで下さいね!」
「ちょっ――」
 いや預けるならそっちの銃じゃないのか、とファリーツェが口にするより早く、ヴェネスは身を翻し、駆けだした。肩で支える長大な銃の包みさえなければ、エトリア生まれの男の子がかけっこ遊びに興じているようにしか見えない。そんな自分の連想に、正体不明の据わりの悪さを感じなくもなかったが、それが具体的に何なのかは、預けられた包みを見た瞬間にかき消え、それきり、二度と思い出すことはなかった。
 包みの合わせ目の隙間に、何かが挟まっている。漉紙に見える。おまけに『必読』と小さな文字で記してある。
 なんだろう、と手を伸ばしかけて、思いとどまった。ヴェネスが「往来で開けるな」と言ったのを思い出したからである。
 挟まっているものは、包みを完全に解かないと、取るのは難しそうだ。だが、こんな道の真ん中で下手にいじって、何かの拍子で落としたら、弾丸を駄目にしかねない。
 ちょっと落とした程度でどうにかなるとは思いたくないが、弾丸の扱いについては自分は完全に門外漢なのだ。ここはヴェネスの言う通りにした方が無難そうだ、とファリーツェは判断した。
 他にどうしようもないので、執政院へ足を向ける。
 特に何事もなく帰り着いたファリーツェは、ひとまず自室に戻り、机に座った。
 弾丸の包みを机の上に、さて、どうしよう、と考える。
 深く考えなければ、ヴェネスを待って、彼の掴んだ『何か』の報告を聞くのが、彼の仕事だ。
 しかし、渡されたこの弾丸の箱が気になる。これから行く場所に邪魔だから預けてきた……と考えるのなら、やはり、彼が持っていった長銃の方が邪魔だろう、というところが気に掛かる。銃がいるなら弾もいるはずだ。目の前にあるこれは何か変な弾だったこともあるし、普通の弾は別途持っていた、と思えなくもないのだが。
 そして『必読』と書かれた漉紙は何か。この変な弾を使用するための説明書か? それは変だ。ヴェネス自身が特注した弾に、彼のための説明書が必要とは考えられない。
 消去法で突き詰めるなら、この紙はファリーツェのためのメモなのだ。
 ガンナーでもない俺に、この弾を使え、と?
 そんな思考はすぐに消えた。不意に思い出したからだ。幼い頃、商人だった父か話してくれたことを。
 曰く、人が歩きながら話している噂話や、酒場で無防備にがなり立てている話の中に、思いもよらない情報が隠れている、と。
 多分ヴェネスは、往来で話せないことを伝言するために、あのような形でメモを渡してきたのだ。かつての父のように往来で聞き耳を立てる者を、警戒して。
 メモ自体は多分、シリカ商店で追加注文を書いていたときに記したのだろう。シリカ商店に注文品を取りに行くより前に書いたと考えるなら、そんな手間を掛けるより、執政院の奥という、部外者に聞かれにくい場所で、ファリーツェに直接言えばいいのだ。
 ともかく『必読』である。自分に向けた伝言だというなら目を通さなくてはなるまい。ファリーツェは慎重に弾丸の箱の包みを緩め、挟まっていた漉紙を引っ張り出し、二つ折りになっていたそれを開いた。
 文章は長くなかった。

 執政院の裏口にて、北西の方角に向けて盾をかざせ。

 君の考えがさっぱりわからないよ、ヴェネス。
 当人が目の前にいたら、ファリーツェはそうこぼしただろう。しかし、何の意味がない言葉を、こんな回りくどいことをして寄越してくるとは考えられない。ファリーツェは意を決して立ち上がり、部屋の隅に立てかけてあった聖騎士の盾を手に取った。
 言葉の意味は判らないが、やるべきことは明確に記してある。ならばそれに従えば、謎は自ずと解けるだろう。

High Lagaard "Verethraghna" Side Story-40

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