←テキストページに戻る
ハイ・ラガード世界樹冒険譚
苦難を越えるものウルスラグナ


外伝――地獄とは彼の不在なり・39

 ギルドハウスを借りるという恩恵に与れたギルドの利点は、少々お高い長鳴鶏の宿に部屋を借りずに済むこと(怪我をしたときには宿施設や宿常駐のメディック達の力を借りるため、迷宮内の回復の泉を使うときを別とすれば、宿に全く金を落とさなくて済むわけではなかった)、グリモア石の鑑定や合成に必要な設備を自分達専用に持てること(他のギルドは冒険者ギルド管理下の設備を使用しなくてはならなかった)。
 そして、増え続ける荷物をギルドハウスに保管できることである。長鳴鶏の宿でも多少は預かってくれるが、その比ではない。
 食後の相談で、どの荷物から手をつけよう、という話になったのだが、さほども経たずして、武具から、ということで満場一致となった。メイアンの話を聞いて、道具類は数が多すぎると判明したためである。そちらは日を改めてもっと人手を確保してからになるだろう。
 余談だが、道具の中でも薬類は、品質保持のため、『アトゥンの館』地下のワインセラーに保管してあるという。それを聞いたファリーツェは、うらやましそうに感慨を述べたものだった。
「『ルルス研究所』には地下室なんてなかったよなぁ」
 半地下の食料貯蔵庫はあったから、薬類はそのあたりに保存していた記憶があるが、『アトゥンの館』のような立派なワインセラーはなかったので、酒飲みは嘆きに嘆いていた――ギルドマスター一人だが。ちなみにファリーツェが地下室に反応したのは、酒の件ではなく、『地下室』という響きに冒険者心……というか少年心を刺激されたためであった。
 ともあれ、食後の一休みにけりを付け、一行は早速、『ウルスラグナ』が置いていった武具を検品することとなったのである。

 武具一式は折を見てメイアンが手入れを行っていたが、彼女は武具関係に明るくない。「間違った手入れでなければいいのですが」と恐縮するメイドに案内され、一行は、品物が保管されている倉庫に足を運んだ。
 数そのものは多くない。さほど貴重ではないと見なされたものは『ウルスラグナ』が売却してしまったからだ――それらとて、材料が入手できない今は、貴重品と言えるのだが。残っているのは、強力な魔物の素材から作られた、しかも、入手にコツがいる素材から生み出されたものすらある、超貴重品といっていいものが大半だった。
 その筆頭と言えるのが、最強の刀、天羽々斬である。
「こんな物まで置いてくなんて……」
 しかも、扱いはすべてシリカに任せ、売却金相当の金もいらないというのだ。ファリーツェは思わず嘆息してしまった。
「いやぁ、作るのは大変だったんだけどねぇ」
 シリカも苦笑い気味に、次々と荷物を広げていく。
 メイアンの手入れは決して粗雑ではなく、出したままの状態で店に並べても非難の元にはならないだろう。しかしそれでも、腕利きの商店主や歴戦の使用者からすれば、あと少しというところがあるのも事実である。
 三人は手入れ道具を持って、その『最後の一押し』を手がけ始めた。もっとも、ヴェネスは銃以外には明るくなく、しかも『ウルスラグナ』の置き土産には銃がある見込みがなかったため、指示された簡単な作業を行うに留まったが。なお、メイアンは家事のために席を外している。
 ファリーツェは天羽々斬を手に取った。もとより刃は、なまじな手入れなどいらないほどの逸品なのだが、目地が緩い気がする。かつての仲間のブシドーから教わった手入れ方法を思い出しつつ、早速、手直しに入った。
 ところで、『ウルスラグナ』が持っていたはずの、もう一振りの最強の武器、真竜の剣が見あたらない。シリカに聞いてみたところ、『ウルスラグナ』がメイアンに預けた物品リストにはなかったという。ハイ・ラガードに持って行ったのだろうか。いや、初心に返るために強い武具をおいていった彼らが、そんな半端なことをするはずもないだろう。
 あるいは、役目を果たし、自ら消えたのかもしれない。そんな気もする。
 真竜の剣は、三竜と呼ばれた強力無比な三体の竜の逆鱗を礎にした、最強の剣である。『ウルスラグナ』では、剣を主武器にするダークハンター、オルセルタが使っていたはずだ。材料となる鱗は、『ウルスラグナ』『エリクシール』『リグラス』の三ギルドの混成パーティが一体ずつ竜を下して手に入れ、できた剣は最終的に最後の敵に挑む『ウルスラグナ』に渡った経緯がある(ちなみに『リグラス』は、唯一の剣の使用者がパラディンたるラクーナだったので、最初から辞退していた)。
 そんな真竜の剣について、作業中の慰みにシリカが教えてくれたことがある。
 竜の逆鱗は非常に堅く、なまじな加工道具は受け付けない。むしろ竜の鱗自体が、他の武具の研ぎに重宝されるほどなのだ。では、何を用いて加工するのか。
「ほら、ワタシが酒場に変な依頼をした頃、あったでしょー」
「ああ、あれか」
 一時期、シリカはしきりに妙な依頼を酒場に提示していた。曰く、『第四階層の採掘ポイントの土を取ってきてほしい』。そのころの第四階層ではモリビトに遭遇することは滅多になかったが、それでも危険な地域なことに間違いない。だが、ただの土を所望するわりにはそこそこの報酬だったので、採掘に赴く冒険者達が、ついでにと土をよく持ち帰ってきたものだった。
 当時のファリーツェは、てっきり陶器とか磁器とかでも焼くのかと思っていたのだが、シリカは当時のネタばらしに入る。
「土の中には、すっごく小さいカリナンが混ざっててね、土一袋に小さじ一杯くらいだけどさ」
「……アクセサリーにでも使ったの?」
「真竜の剣の加工方法の話なのに、どうしてそうなるの」呆れ気味にシリカは笑う。
 ではどうやって加工に使うのか。話を聞いてファリーツェはびっくりした。隣で聞いていたヴェネスも驚いた顔をしていたから、気持ちは同じだろう。
 布の上に塗ったゴムに研磨剤を張り付け、研磨作業に用いる技術がすでにある。その応用で、屑カリナンを研磨剤として逆鱗の曲面を均したという。また、錐の先に屑カリナンを仕込み、穴を開けるのに使ったとも。しかも、カリナンをもってしても逆鱗は微量しか削れず、時間も屑カリナンも大量に必要としたという。
 真竜の剣は高価だったが、それも当然だ。むしろ安いくらいである。
「そんなことが……」
「まぁ、やってることは、それまでにあったものの応用なんだけどね。それでも、いい方法が見つかると、やったー! って気分になるね。」
 商人であると同時に、根っからの職人である。実際の作業を彼女がやったわけではないかもしれないが。今後のエトリアにとっては心強い人材であることは間違いない。
 そんな他愛もない話をしつつ、着々と武具の手入れを進めていった一同。
 不意にその手が止まったのは、ヴェネスが倉庫の奥から出してきた、あるものが原因であった。
「これは……!」
 それが何なのかは見れば判る。
 ただ、それが何を意味するかが判るのは、ファリーツェとシリカの方である。ヴェネスには二人の驚きの理由が全く理解できない。
「……これまで、置いてっちゃったんだね……」
「……まぁ。置いてきたくなる気持ちは、判らなくないけどな……」
 ある意味、武具の中にあって場違いにも見えるそれを前に、判る二人は顔を見合わせ、今日この『アトゥンの館』を訪れてから最大の溜息を吐く羽目になったのである。

「……というわけで、これ、いかがいたしましょうか?」
 その日の夜、常の業務として病床のオレルスに活動報告を行いに行ったファリーツェは、昼間の自分同様の驚愕顔を二つ、目の当たりにすることとなった。言うまでもなく、オレルスと情報室副長のものである。ちなみに情報室長は仕事中だという。
 今日はベッドに横たわっていない――この日に限らないが、運動不足を補うために軽く身体を動かしていたからである――オレルスの驚愕は特に激しいもので、その表情は次第に落胆へと変わっていった。
 やがて、オレルスは大きな溜息一つ、鬱々とした言葉を口にした。
「彼らにとっては余計なことだったのだろうかね。エトリアを救ってもらったことに対する感謝は」
 何とも答えづらい質問である。ファリーツェは少し考え、当たり障りない返事をすることにした。
「……冒険者として、これは大仰すぎるのだと思います。少なくとも我々『エリクシール』がもらっていたら、大袈裟な、と思っていたでしょうね」
 ……冒険者達が対峙した最後の魔、フォレストセルは、放っておけばエトリアどころかその周辺地域にも害をもたらすであろう生命体だった。創造主が自らを滅しに来る、と思いこんでしまったそれは、己が生き続けるために、手頃な人間を籠絡し、操り、自分を殺せる可能性のある者を抹殺しようとしていたのだ。そしていつか、地上に現れ、その身に溜めた汚濁を撒き散らしただろう。
 フォレスト・セルの脅威を予測していた者達が用意した手段は効を奏せず、あるいは今頃、エトリアのみならず自治都市群周辺は、生者のいない禁地と化していたかもしれない。かつて突然滅んだという発掘都市ゴダムのごとく。
 そんな状況からエトリアを救った『ウルスラグナ』に、エトリアの若長たるオレルスが最大限の感謝を示したのは、当然の流れではある。だが……。
 オレルス自身と、『エリクシール』『ウルスラグナ』『リグラス』の三ギルドは知っている。確かに、フォレスト・セルの矢面に立ったのは『ウルスラグナ』。しかし、本来、太古からの使命を帯びてフォレスト・セルを滅しようとしていたのは『リグラス』。そして、いずれの手段も尽きたときに現れ、新たな世界樹の王となり、フォレスト・セルをなだめたのは、モリビトの長巫女シララ。
 前時代の事情が絡む以上、市井には迂闊に真実を洩らせない。そのために真実から目を逸らさせる手段として、「冒険者が樹海最奥の危険な魔物を倒した」と単純化し、戦いの矢面に立った『ウルスラグナ』に、エトリア最大の賞賛の印を与えた――それが、裏の事情だ。
 正直な話、冒険の延長、かつ、フォレスト・セルに魅入られた仲間を救うためだけに活動していた『ウルスラグナ』にとっては、こそばゆく、余計な厚意と感じられるものだったのだろう。ましてそれが偽りであったら。
 否、彼らは一度はセルを確かに倒し、そのおかげでシララが干渉する余地ができ、結果としてエトリアは救われた。その代償として、樹海がほぼ閉ざされ、樹海に依存していたエトリアが立ち行かなくなったとしても、周辺地域ごと破滅という結果に比すれば、『救われた』という言葉に誤りはないだろう。
 故に、オレルスの感謝は偽りではない。ないのだが、それでも『ウルスラグナ』は感謝を邪魔と見なしている。仮に『エリクシール』が同じ立場だったとしても、同じように感じるだろう。
 エトリア最大の感謝と賞賛の印たるそれ――エトリアの王冠を前に、三者三様の生ぬるい笑みが並ぶ。
 少なくとも数百年以上昔、エトリアが今の繁栄でさえ足元に及ばないほどの巨大都市だった頃に作られたらしいそれは、若干の異物を混ぜて頑丈にした金の繊細な細工を中心とし、様々な輝石や半貴石で飾られたものであった。より抜かれた貴石や半貴石には――グリモア石の例を出すに及ばず――身につけた者の能力をわずかながら引き上げるなどの力があり、それらを惜しげもなく使われた王冠は、頭に抱く為政者たちを大いに助けたことだろう――賢者はより聡く、愚者もそれなりに。
 それがしまい込まれていたのは、歴史の必然で小さく衰えてしまった街には大仰、と考えた者がいたからだろう。そのような来歴から考えても、この王冠は、『ウルスラグナ』の辞退を恭しく受け入れ、宝物庫に再びしまい込まれるべきものかもしれない。
「そうか……」
 オレルスは落胆しながらもはっきりと、英雄達の意志を受け入れた。
 と、思っていたのだが。
「……これからハイ・ラガードに送れば、彼らの当地での探索に間に合うだろうか?」
 ……なんでそう展開するんデスカ。
 唐突に明後日の方にすっ飛んだ話の軸に、ファリーツェは思わず目が点になった。助けを求めて副長の方に視線を向けるが、無駄だった。なにしろ、
「送るんですか? いいですね! 皆様の冒険に役立てていただきましょう」
 副長からして、王冠の送付に乗り気なのである。
 この後、数日してから、ファリーツェは思い当たった。エトリアで生まれ育った二人はきっと、故郷をないがしろにされたくなかったのだ。厚意で贈ったそれを遠慮されるのは、(『ウルスラグナ』にそのつもりなどないと頭で判っていても)エトリアを鼻で笑われるのに等しかったのだ。
 が、このときはそこまで推察するに及ばず、ファリーツェは、段々とずれて展開していく話を前に狼狽えるばかりだった。
「しかしまぁ、仰々しいのは確かですね。これはこれでお返しいただいて、代わりに勲章を贈る方がいいのでしょうか……?」
「いいや、こうなったら、何が何でも王冠を受け取ってもらわなくてはならん」
「ですよねぇ。じゃぁどうしますか? いっそ、貴石はある程度外して軽量化しますか」
「そこまでやるならいっそ、シリカに預けて、形から作り替えてもらう方がいいだろう。うむ、我ながら名案だ」
 ――一応、一国の至宝じゃないんですか? それでいいんですかッ!?
 もはやファリーツェは何も口を挟めず、内心で突っ込みを繰り返すだけの存在と化していた。時折理性を取り戻した時につぶやく唯一の言葉は、「助けてください、情報室長」である。目の前の二人の暴走をくい止められるのは、幼なじみの彼ぐらいだと思ったために。
 だが数日後、このときの状況に思いを馳せたときに、情報室長がいたとしても状況は不可避、それどころか悪化していただろう、とファリーツェは結論するに至った。オレルスと副長は、エトリアのために己の案が正しいと信じて疑わない、夢見る若者の目をしていたのだ。室長を放り込めば、夢見る若者が一人増え、混乱は階乗的に増すだけだ。それを思えば、現実はまだしも常識的な結論に落ち着いた方なのだろう。
「――ということでだ、ファリーツェ」
「は、はひぃ」
 唐突に自分に振られた状況に、ファリーツェは我に返り、うわずった返事をした。その目の前に差し出されるのは、件の王冠。
「明日、シリカ商店まで遣いを頼まれてもらえないだろうか? 詳しくは明日までに書状に纏めるが、この王冠を、冒険者の装備として邪魔にならないように作り替えてもらいたいのだ」
 ――やっぱり結論それなんですかッ!? それでいいんですかッ!?
 普通の装備ならそれでもいいだろう。だが、問題の品は、数百年前の至宝、歴史学者が見たら垂涎ものの文化財なのだ。それを、街の救世主とはいえ単なる冒険者のために分解していいものか。
 だが、為政者側の二人は、すっかりとその気になっている。とても反論できる雰囲気ではない。
 それに、ファリーツェも別段、王冠を昔の形のまま保存しようとする意欲に溢れていたわけではなく、持ち主がそうしたいなら、ということで、折れた。どこぞの国でも、価格的・歴史的に貴重な巨大ダイヤを躊躇うことなく小粒(とはいえ通常のものよりは遙かに大粒)に切り分けた、という話があるし、よくあることなのだろう、と自らを納得させつつ。
「組み替えたら、貴石や地金、余るんじゃないでしょうかね」
 ふと思った疑問には、
「その分はシリカへの報酬の一部としてもらいたい」との返答があった。よく言えば執着がなく思い切っている。悪く言えば歴史をないがしろにしている。
 なんだかなぁ、と思わなくもなかったが、ふとその時、余るはずの元王冠について、いい活用方法を思いついた。残念ながら、今は利用方法を明かすことができないが、時が来たらきっと喜んでもらえるだろう。
 それで少しは、貴重な財貨を分解することへの罪悪感が晴れた。

High Lagaard "Verethraghna" Side Story-39

NEXT→

←テキストページに戻る