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ハイ・ラガード世界樹冒険譚
苦難を越えるものウルスラグナ


外伝――地獄とは彼の不在なり・13

 今更の確認になるが、ガンナーとは、主に北方ハイ・ラガード近辺で確認されるクラスである。
 かつてハイ・ラガードは国家として銃の作成法を秘匿しており、ガンナーも国家に仕える者ばかりだったらしいが、二十年ほど前にそれらを公開した。かねてより、入手した実物から推測された製法で組み立てられた粗悪品が、闇市で高値で流通していることが多かったのだが、制作不良による事故が多発し、正しい製法による良品を健全な市場に乗せた方がいいと判断されたためである。
 流通しやすくなった割に、あまり広まっていないのには、理由がある。
 銃の制作にはハイ・ラガードとの製造権ライセンス契約が必要であり、図面はそれなりに高価、ぽんと買える者は少ない。ゆえに銃自体も、現時点での入手経路がハイ・ラガードでの購入がほとんどであることに変わりはない。また、銃の使用に必要な、長い経験は、金では買えないのだ。
 要は、ラガード近辺で銃士の訓練を受けた者以外には、まだまだ現状の武器の方が使いやすいのであった。
 しかし、使い勝手は次第に改良されていくだろう。また、弓矢よりも長い攻撃距離は、(当たればだが)魅力である。ゆえに、あと二十年もすれば、使用者はもっと増えるのかもしれない。
 すでに、新しもの好きの海賊達は、何処かから奪ったのか買ったのか、銃を使った独自の戦法を築き上げつつあるという。法的な善し悪しは置いておくとして、彼らの行動は、未知なるものが世界に広まる経路のひとつであった。
 話をガンナーに戻す。
 ハイ・ラガード近辺のガンナーは、公国の砲撃士協会に登録している者がほとんどらしいが、民間のガンナーギルドもあり、そちらに籍を置く者も多いという。
「そんな『民間ギルド』の中に、うちの伯母の一人がコネを持ってたはずなので、連絡を取ってみようかと」
 ファリーツェはそう説明するが、言うまでもなく、エトリアにも軍隊がある。冒険者ほどではないにしろ、樹海警邏で腕を磨いた精鋭だ。樹海に潜ることが少なくなった今では、その力も緩やかに低下しているかもしれないが、充分頼りになろう。わざわざガンナーを雇う理由はない。ガンナーのような遠距離攻撃が必要だというなら、弓を使うレンジャーで充分ではないのか。
「でも、例えば――どこかの国の特殊工作員が攻めてくるような状況に慣れている人は、誰もいない……」
 その反論は、もっともなものだった。
 エトリアは絡め手で攻め込まれたことがない。少なくとも、過去百年は。そもそも単純な武力衝突の経験も、三十年前の大戦一度きり――それも、街そのものまでには攻め込まれていない――である。
 それでも、単純な武力衝突は、想像しやすい脅威だから、備えがある。大国の軍隊には数で敵わないが、だからこそ周辺との同盟を組み、街の規模に対して最大限の武力を有してきたと思う。迷宮発見後に集った冒険者も、周辺諸国に対する抑止力だっただろう。
 しかし、どれだけ立派な堤を築いても、小さな穴があれば蟻の進入は防げない。そして、人知の範囲で、穴の全くない堤を作ることは困難だ。
 何処かから闇に紛れて乗り込んでくるような輩に対する防御は、構築し切れていない。
「彼らは、そういった特殊工作の専門家です」
 とファリーツェは続ける。『彼ら』とは、これから連絡を取ろうというガンナーギルドのことだろう。
「国家に仕えない分、金銭でしか動きません。その代わり、一度契約を結べば、他の誰かから大金を詰まれても、絶対に裏切りません。彼らなら、あちらこちらの国の特殊工作に駆り出されてきた実績があるそうですから、『何か』が来るならどういう方法で攻めてくるか、その場合重点的に護るべきはどこか、的確な助言をくれると思います」
「なるほど……」
 不得手な場所を外部委託で補うというのは理にかなっている。実績があるということは、相応の信用も備えているということだろう。頼っても問題なさそうだ。
「……わかった」
 普段よりも熱を帯びた呼気と共に、オレルスは深く頷いた。
「君に任せるという話だ、そこまで考えているなら、私が口出しする理由はない。よろしく頼む。さっきも言ったが、費用はきちんと記録しておきなさい。……ところで、いくらくらいかかる見込みなんだ?」
 最後の質問は、長として把握しておきたいということもあるが、半分程度は好奇心からである。もしガンナーが期待以上の力を持つ者達だったら、エトリアとして雇ってもいいか、と考えたのだ。しかし、聞いて後悔した。
「いろいろ聞いた話から推測するに、前金で三万エン、成功報酬で同額後払いになりそうです」
 しかも、これは一人に対する値段である。臨時雇用と継続雇用では給料計算も違ってくるだろうが、それでも高額になることは間違いない。オレルスは、ガンナー雇用計画を、完全に諦めるとまでは言わずとも、ひとまず棚上げするしかなかった。

 実のところ、ガンナーの件はともかく、対呪詛処置については、ファリーツェは何もしていないに等しい。
 奇妙な図像を記した呪符は、『ナギの里』に伝わる立派な対呪詛処置ではあるのだが――それ自体は何の力もない落書きに過ぎない。例えるならば偽薬プラシーボなのだ。呪詛に対する備えがある、とオレルスに錯覚させ、その心を強め、呪詛に対抗しやすくするための対策である。
 今朝までのオレルスは呪術に対して無防備であった。目の前で呪詛を掛けられれば、まず抵抗を試みるだろうが、判らないものには対策を取りようがない。だが、今のオレルスは自分の変調が呪詛の影響である可能性を悟り、対抗策(偽)があると知り、専門家の指導を受けた。今後、どこか遠くにいる呪詛の主が、高熱を発生させる呪詛を試みても、そう簡単にはいかない。遠隔呪術は距離で効果が減じられることはないが、対策を知った被害者の心の持ちようで、思った効果を及ぼせないことも多いのだ。
 これまで通り微熱程度の呪詛で済ますなら、オレルスが起きあがれる日もそう遠くはない。高熱を狙って呪詛を掛けてくるのなら、微熱程度で抑えられるだろう。
 懸念は、敵が何らかの手段でオレルスの肉体の一部を手中に収めた場合である。そうなれば、呪殺レベルの強力な呪詛を仕掛けることも可能になる。成功率は呪術師の力量や被術者の抵抗力にもよるが、呪殺の場合、一般的には二割程度というところだろう。低そうに見えるが、五回に一度は掛かる計算だ。被術者の肉体の一部がない場合の確率と比すれば、危険度は格段に跳ね上がっている。
 しかも、呪詛は何度も繰り返せるのである。世間的に『人を呪わば穴二つ』と言われ、失敗した呪詛が術者に跳ね返る――呪殺を失敗した者は自分の呪詛によって死ぬ――と思いこまれているところがあるが、そんなことはない(呪詛のために自分の生命力を贄に捧げた術者が死ぬことはあるが、それは別の話だ)。呪詛返しには呪詛返しを行う呪術師が要る。そうでなければ、呪詛が術者に跳ね返ることはなく、命に別状がなかった術者は、可能な限り何度でも呪詛を試みるだろう。成功するまでは。
「……昔は、呪詛返しとか形代とか得意だったんだけどなぁ……」
 自室へ続く廊下を辿りながら、少年騎士はひとりごちた。
 己が受けた痛みを相手に倍返しする呪術、呪詛を受けている誰かの身代わりになる術……幼い頃のファリーツェは、そういった分野の術の才があった。『実戦』で行使することは、数える程度の回数しかなかったが。
 その力も、今は肉体と精神の奥底に小さく縮まって、呼び出すこともできなくなった。五歳くらいの頃に、離れて暮らしていた実父からの「聖騎士に興味はないか」という誘いに乗り、呪術の修行をやめてしまったためだ。行使したければ、修行を数年はやり直さなくてはならないだろう。今回の件にはとても間に合わない。
「早く、おばさん達に連絡を取らないとな……」
 頼れるのは、亡き母の姉とその従妹――『ナギの一族』を代表するカースメーカー達だけだ。

High Lagaard "Verethraghna" Side Story-13

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