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ハイ・ラガード世界樹冒険譚
苦難を越えるものウルスラグナ


外伝――地獄とは彼の不在なり・6

 ――この手紙が、エトリア執政院長直属の聖騎士に確かに届いていることと思い、記す。
 『ウルスラグナ』と名乗る冒険者から、我が何をしたかは聞き及んでいるであろう。もはや、貴君らニンゲン達は、我らの領域を侵すことはできない。仮に、貴君らが森そのものを破壊する力を得たとしても、我には、それ以上の力で貴君らを圧倒する意志がある――

 そこまで目を通し、ファリーツェは、心臓が跳ね上がったような衝撃を受けた。
 思った通りだった。正確に言うなら、現状的にはあり得ないと思っていたが、『現状』を排すれば、予測以外のことは考えられなかった。
 手紙を寄越してきた相手は、地上の人間ではない。カーマインビークの住まう樹海第四階層、大地も木々も枯れ果てた森に住まう、『モリビト』と呼ばれる異民族、その巫女だ。『亜人』と呼んだ方がわかりやすいのかもしれないが、ファリーツェはその言葉は使いたくなかった。
 相対した自分達を射抜く、上質の紅玉のような瞳を思い出す。
 かつて冒険者としてこの地に在った頃、モリビトとの交渉を成立させようとしていた時、しかし、その願いは叶うことはなかった。多くの同胞を失った巫女は、守護神鳥すら屠る冒険者を止める術を持たず、ファリーツェ達『エリクシール』が自分達の聖地――遺都シンジュクに侵入するのを見送るしかなかった。そして、その後、他の冒険者達もが枯レ森を通り、聖地になだれこんでいくことも。『エリクシール』の聖地進入は認めかけていたとはいえ、それらの事実は、モリビトの統率者として、屈辱だったことだろう。
 さらに、盟友『ウルスラグナ』から聞いた話を思い起こした。
 遺都よりさらに地下、『真朱の窟』と呼ばれる未知の領域。遺都の探索がほとんど完了した頃に現れた、何かの生物の体内のような、おぞましい迷宮。その最奥には、想像を超えた存在がいた。
 それと実際に相対峙した『ウルスラグナ』によれば、樹海を支える神のような存在だろう、という話だった。その名をフォレスト・セルという。
 一度でも対処を間違えれば死に至る攻撃を、必死に潜り抜け、最終的に、『ウルスラグナ』は最後まで立ち続けた。『ウルスラグナ』のギルドマスター・エルナクハ曰く、
「次にどんな攻撃が来るのか、予想がほとんど当たったんだ」
 とのことだった。
「オマエが貸してくれたお守りが効いたのかもな!」
 そういえば、ファリーツェは戦いに赴く彼に、護符を貸したのだったか。アルルーナの種。今となっては、どうしてそんなことをしようとしたのか、自分でも判らない。ただ事実のみを語るなら、ファリーツェは『種』を花弁の小袋ごと別の袋に入れて、『お守り』と称してエルナクハに渡したのだ。絶対に返しに戻ってこい、と言付けて。もちろん、『ウルスラグナ』が無事に帰還したのは、『お守り』が効いたわけではなく、彼ら自身の実力だろうが。
 だが、フォレスト・セルを打倒した後に、すんなり帰れた、というわけではなかったようだった。
 倒したはずの魔物は、少し『ウルスラグナ』が油断していた間に、無傷の姿で復活していたのだという。

「あれは、ホント、びびったよな」
 ルーナの話の腰を折って、エルナクハは感慨深げに言葉を漏らした。同じ戦いを潜り抜けた者達が、同調してうなずく。
 そんな中で、フォレスト・セルとの戦いが避けられない理由を作ってしまったナジクは、恥じらう様相で目を伏せていた。
「ルーナ。ファル兄が、モリビトのみこから手紙を受け取った、っていったのは、ほんと?」
 レンジャーの青年に対面から心配げなまなざしを送っていたティレンが、少しだけ右に視線を動かし、ありえない、という感情を存分に込めた言葉を、ドクトルマグスの娘に向ける。
「私の話が嘘だとでも?」
「ちがう。でも……」
 ティレンの戸惑いもよくわかる。特に、フォレスト・セルとの戦いを経験した者は、同じ思いだっただろう。
 無傷のフォレスト・セルにおののき、二度と帰れないことを覚悟した『ウルスラグナ』、その前に、唐突に現れた者がいた。それこそが、モリビトの巫女。枯レ森を去った後、行方の知れなかった、異種の統率者だった。
 彼女は、『ウルスラグナ』に敵意を向けるフォレスト・セルをなだめ、人間達に告げたのだ。
「なに、貴様たちを無事に人間の街に帰してやろうというのだ。――『世界樹の王』の後釜には、私がなろう」
 そもそも、フォレスト・セルとは何か。樹海の真の王である。数千年もの昔、神にも近い力を備えていた人間が、その力の弊害で汚染してしまった世界を癒すために生み出した、いわば大地専門の医師のような存在だ。世界樹の迷宮は、フォレスト・セルに与えられた使命によって生み出されたものであるという。
 だが、彼(?)は、有限の存在だったらしい。単純に寿命があるだけならまだしも、世界が正常に戻った暁には自壊するように『作られて』いたのだ。それを悟ったフォレスト・セルは、自らの身体を作り替え、自壊機構を無効化したという。そして、永い時の果て、人間達が世界樹の迷宮に踏み込み始めた時、『創造主』が不要になった自分を始末しに来る、と思い、防衛を開始したのだ。人間達の中に、かつての『父』の一人がいたのが、フォレスト・セルの防衛意識に拍車を掛けたのだろう。
 ヴィズル――エトリアの長。その実、前時代の科学者。前時代にフォレスト・セルを生み出した者の一人。大地を癒す計画を見届けるために、フォレスト・セルの一部を自らに埋め込んで、不老長寿を目論んだ者。清浄化した世界で人間達が再び栄えることを望んだ者。彼が世界樹の迷宮の探索を推進したのは、樹海の富を汲み上げることが最大の目的だったが、フォレスト・セルにとっては、自分を殺しに来るための進軍にしか見えなかった。
 そのために、フォレスト・セルは、ヴィズルに埋め込まれた自らの細胞に働きかけ、ヴィズルの意識を乗っ取った。最終的に、自らの『守護者』として、『ウルスラグナ』と対峙させた。ヴィズル斃れし後は、力を欲していた『ウルスラグナ』のナジクを誘い、自らの力を付与した『芽』を取り憑かせ、次の『世界樹の王』――その実、フォレスト・セルの奴隷として仕立て上げた。
 そんな存在に、モリビトの巫女はなると言った。
 ヴィズルやナジクのように自らを失うことはないようだったが、人間を滅する気ではないだろうか。そう思って身構える『ウルスラグナ』にも、宣言通りに何もせず、ただ地上に戻しただけだった。その代わり、彼女とフォレスト・セルの力でだろう、樹海は、地下一階を除いて閉ざされた。
 それが、ほとんどの冒険者達がエトリアに居続ける理由を失い、去った原因である。
 彼女とフォレスト・セルの、『樹海を犯されることなく静かに暮らしたい』という望みは叶った。モリビトの巫女がエトリアと接触する理由はない。先のティレンの疑問も無理もないだろう。

 自分の死後にライバルギルドのソードマンが考えることになる疑問を、ファリーツェもまた、抱いた。
 だから、彼はモリビトの巫女からの手紙を、『牽制』と考えた。人間流に言うなら、他国より秀でた武力を用意して、「攻め込めば痛い目を見るぞ」とおどしているわけである。
 それは、モリビトの統率者としては、正しい判断だろう。古い古い時代に人間と争い、協定を結んで住み分けたはずだったのが、再び人間の都合に振り回されて、全滅寸前に追い込まれた。それを考えれば、むしろ良心的だ。人間であれば、同じように力を手にすれば、善し悪しはともかく、自分達を虐げた者を排除にかかることが多い。ファリーツェの一族『ナギ・クース』も、かつては同じ事をした。一族の立場では自己防衛だが、その行為が世界に与えた影響は、良くも悪くも計り知れなかった、と聞いている。
 だから、

 ――だが。――

 モリビトの手紙が否定形に続いていることに、ファリーツェは意外な思いをした。

High Lagaard "Verethraghna" Side Story-6

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