←テキストページに戻る
ハイ・ラガード世界樹冒険譚
苦難を越えるものウルスラグナ


第三階層『六花氷樹海』――もう人間じゃない[前]・53

「で、なんとか冒険に使える程度に落とし込めたのか?」
 アベイが薄ら寒げに問いを発した。件の鉱石に似た『毒石』の真価を知る者として、気が気でならないのだろう。他の一同にしても、同じ思いではある。
 フィプトは自信ありげに口角をあげたが、にもかかわらず、首は否定の形に振られた。その真意を掴みかねて微妙な表情をする一同に、アルケミストの青年は笑んでみせる。
「残念ながら、まだ実用に供するには心許ない。でも、時間の問題だと思います」
「では、何か突破口が見いだせたのですか?」
 姉弟子の言葉に、疑問をぶつけられたこと自体を喜ぶように表情をほころばせ、フィプトは話を続けた。
義兄あにさん、風石――覚えてますか? ほら、『呪術院』の依頼で預かったという」
「『呪術院』の……あ、ああ、あの軽いくせに硬い石か」
 即答できなかったのは、真っ先に『世界樹の使い』――翼を持つ異種族の方を思い浮かべてしまったからである。
 フィプトは小さく頷く。
「あの風石は、滅多に見つからない、って話を、以前お話ししたと思いますが……」
 件の依頼の後に、風石について教えてくれたのは、フィプトその人であった。
「正確に言えば、風石と言えるものは、そこそこの量見つかるんです」
 ずいぶんと遠回しな言い分である。真意を促す一同のまなざしを受けて、フィプトは先を続けた。
「風石を精製して武具と為すためには、ある程度の大きさがなければならないんです。ところが、見つかるもののほとんどは、砕けて、粗い砂のようになったものばかりで……」
「あんなに硬ぇのに砂みたいに砕けんのか、妙なもんだな」
「人では無理なことでも、自然の作用は長年を掛けてやり遂げてしまう。恐ろしいものです」
「ねえ、その砂状のものを溶かせばいいんじゃないの? 砂鉄みたいに」
 パラスが疑問を呈した。もっともだが、そうであったらフィプトはいちいち引き出さないだろう。案の定、フィプトは首を横に振って、言葉を続けた。
「砂状になった風石には奇妙な性質がありまして、熱を加えると爆発するんです。昔はそれで、精錬用の反射炉が何台もおしゃかになったそうです」
「火薬とか粉塵爆発とか……みたいなものですか?」
 と口を挟むヴェネス。ガンナーとしては当然の連想だろう。だが、何かに思い至ったのか、すぐに取り消す。
「でも、粗い砂じゃ、粉塵爆発にはならないか……」
「そうですね。まあ、一応の可能性として挙げられてはいましたけど……研究の結果、異なる現象だってわかったんですよ」
 その後にフィプトから為された説明は、アルケミストならぬ者には、さっぱり理解できない、あるいは信じがたい話であった。が、説明自体を簡単に噛み砕くと、以下のようになる。
 風石なる鉱石の内部には、目に見えるものから見えないものまで無数の空洞が空いていて、それが大きさの割に軽い原因だそうである。空洞の中には空気が封じられているが、空気中には微量の水が含まれている。
 さて、世の中に存在する物質の特徴の一つに、『熱を加えると膨張する』というものがある。いくらかの例外はあるにしても、少なくとも高温の水に関しては誤りではない。そこがこの度の問題であった。
 水は摂氏百度を境に気体となる。塊状の風石が熱せられた場合、内部の水は気体となり、細かい隙間を通って石の外にゆっくりと飛び出していく。しかし、砂状の風石の場合、内部まで熱せられる時間は一瞬と言っていいほどに短く、その中に封じられた水分が熱によって急激に気化・膨張し、石(というか砂)そのものを吹き飛ばすのである。一粒を見ればさほどではないにしても、精錬するつもりで炉に詰め込んだ砂が連鎖的にその状態に陥れば、凄まじい威力となるのも不思議ではない話だ。
「つまりは、水蒸気爆発です」
「……わからん。わからんが、とにかく『砂になった風石は燃やせばドッカン』って思えばいいんだな」
「……い、いえ、ちょっと違うんですが、ま、それでもいいです」
 風石と呼ばれるようになったのは、内部の空洞に空気を含んでいることもさることながら、熱したときの爆発が、封じていた風を一気に放出しているように見えたからだという。
「そうとわかれば、精錬する際に注意すればいいのですが、取り扱いの難度が高すぎてですね、割に合わない、ってことで、砂からの精錬は放棄されたんですよ」
「……で、その風石と、例の鉱石の研究と、どんな関係があるんだよ?」
「……はは、すいません、前置きが長くなっちゃいましたね」
 フィプトは苦笑いを浮かべるも、すぐに、議論を語る学者の面持ちに戻って話を続けた。
「例の鉱石の力はある程度まで制御できましたが、それでも冒険に用いるには危険が強い。けれど――爆発を、風石の砂から生み出した強力な風の力で封じて、被害を狭い範囲に抑えることはできないか、と」
 にわかに信じがたい話である。なにより、最大の問題がある。そもそもの強風をどうやって制御するのであろうか。
 だが、錬金術師の表情から察するに、そのあたりは解決の目処が立っているようだった。方法を聞いてもおそらく理解できないから、説明してもらうまでもないだろう。
 それにしても、と、エルナクハは、話を聞いている際に思ったことを正直に話した。
「風石の砂の力を制御できるなら、そっちを使った方が、戦いでもまだ安全に使えるんじゃねぇのか?」
 精錬用の反射炉を破壊する威力があるのだ、敵に手傷ぐらい簡単に負わせられそうである。
「……あー、確かに、それは盲点だったかもしれません」
 とはいえ、件の鉱石の使用は実験を兼ねているのだ、風石の砂があるから使わなくてもいい、というわけにはいくまい。
 何にしても、鉱石の研究は最終段階に近づいているようで何よりである。
「これで『エスバット』みたいな不届き者が現れても、返り討ちにできますよ、きっと」
 やけに嬉しそうに顔をほころばせて締めたフィプトに、エルナクハは再度声を掛けた。
 先程も考えたことだが、探索班ではなかった者達に、噂と現状の違いを説明しなくてはならない。
 ルーナが食堂の入り口に姿を現したのは、そんな時だった。
「よう、遅いお目覚めで」
 皮肉、という程ではないが、茶化しを含ませてパラディンが挨拶すると、ドクトルマグスの娘は平然と返したものである。
「おはよう、みんな目覚まし掛け間違えたんじゃないの?」
「探索休みでもなきゃ大体こんな時間だよ」
 余談だが、『ウルスラグナ』で目覚まし時計を使っている者はいない。
 ルーナが起きてきたのはいい頃合いだったかもしれない。新入りの二人にしても、『ウルスラグナ』がどんな現状に置かれているのか、知っておく必要があるだろうから。ルーナが空席に座ったのを見計らって、ギルドマスターたる青年は、表面的にはフィプトに、その実、ギルドメンバー全員――特に探索班ではなかった者に向けて、口を開いた。
「勘違いしてるみてぇだけど、『エスバット』がオレらを襲ってきたのは、探索の邪魔目的じゃなかったぜ」
 説明しながら、件の戦いと、薬泉院を訪ねてきたライシュッツの話を思い起こす。
 『エスバット』は、言っていた。『天の支配者』が、かつて『エスバット』の一員だった一人のドクトルマグスを、人間ではないものに変えてしまったと。魔物と化した者は、今は第三階層の奥深くで、その犠牲者となるであろう者を待ち続けている。既に、『ウルスラグナ』に先んじていた数組のギルドが、その魔手にかかったと思われる。
 樹海の先を見るためには、彼女を倒さなくてはならない。もともと人間だったからといって、手心を加えれば、自分達こそ生きて帰れないだろう。ひいては、『エスバット』が最も辛い思いを押さえつけてまで『ウルスラグナ』に託してきた願いを、叶えることもできない。
「……そうでしたか、そんな事情が……」
 話を聞いて、フィプトも、他の仲間達も、何があったのか納得できたようだった。
「……あなた達がボロ負けしたんだと思ってたんだけどね」
 とルーナが嘆息したので、しっかりと釘を刺すことも忘れない。
「だから、あんな無様をさらしたけど、一応勝ったのはオレらなんだって!」
 卓を乗り越える勢いで主張したものの、すぐに真剣味を取り戻して、エルナクハは続けた。
「でもまあ、こんなことになっちまったら、ヤツらに勝った負けたなんてどうでもいいや。事情も大公宮以外にはうかつに漏らせねーから、言いたいヤツには言わせときゃいい。今は――『氷姫』のことだ」
 事態が深刻たることは、皆にも既に明らかである。一同は、ギルドマスターに負けず劣らずの深刻な表情を浮かべ、話の続きを待った。
 今のオレらでは勝てない、とパラディンは切り出す。
「実力云々はさておいて、『エスバット』と戦ったオレらは、麻薬の効果がもうちっと薄れてくれなきゃ、強敵となんか怖くて戦えねぇ。他のオマエらは、強敵に当たるにはちと心許ねぇ。どっちにしても、少なくとも数日はいるし――回復役をどうするかって話もある」
 改めて一同は気付く。探索に欠かせない回復担当であるアベイもまた、『エスバット』との戦いを経て、傷ついていることに。ましてアベイは他の者に比べて若干身体が弱い。今までのように一日に複数回の樹海探索を行うのは、難しいだろう。
 彼もまた探索班の一員として、身体能力を維持する程度の鍛錬を行わなくてはならないから、他の者達が樹海に潜るときの回復役は不在となる。
 薬品を大量に持ち込むことで代わりと成すか? だが、資金はもちろん、持てる手荷物の数にも限りがあり、専門の回復役がいるときのような利便性を感じるほどに多彩な薬品を揃えるのは、難しいだろう。なにより、出来合いの薬品は、効果より保存性と安定性に重きを置いているため、現状では、アベイの代替とするには少々心許ない。
 幸い、鍛練を重ねたハディードが、舐めた傷を治す能力に磨きを掛けているのだが、彼の力は一度に一人にしか及ばない。
 できれば、第二のアベイ・ユースケ・キタザキが欲しいところだが……。
「……ん?」
 ふと、探索班だった者達は気が付いた。
 ごく最近、メディックではない者が自分と仲間を同時に回復しようとするところを見た。不発に終わらせたため、実際の効果を見ることはなかったが、おそらく間違いないだろう。
 真っ先に己の記憶を鮮明化し、得た結論を元にして、該当者に質問を投げかけたのは、焔華であった。
「ルーナどの、ぬしさんはドクトルマグスでしたわな。ひょっとしたら、回復術も――?」
 そうだ、巫医なら、傷の回復は得意分野ではないのか。
「私はまだ見習いよ?」
 注目された当のドクトルマグスは、さも謙遜しているかのように返答をした。しかして、そのかんばせに浮かぶのは、真逆の自信。実戦の機会さえ与えられれば、すぐにでも要望に応えてみせる、とばかりの、自らの能力を疑わない者の姿であった。

High Lagaard "Verethraghna" 3a-53

NEXT→

←テキストページに戻る