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ハイ・ラガード世界樹冒険譚
苦難を越えるものウルスラグナ


第三階層『六花氷樹海』――もう人間じゃない[前]・31

 ドゥアトやハディードが迷宮探索に参加するようになってから、数日が過ぎた、ある日のこと。
 午前中に探索を行うのは、相変わらず、エルナクハ、焔華、アベイ、ナジク、フィプトの五人だったが、探索を終えた彼らは、いつものように帰りがけに鋼の棘魚亭に立ち寄った。そこで、鍛錬ついでに請ける依頼を吟味していた時に、親父に手招かれたことから、一連の話は始まった。
「お前ら向きの依頼があるんだがよ」
 真っ白に漂白された上質の漉紙に、尾をくわえない知識の蛇ウロボロスの浮き彫り。そんな体裁の依頼書が、大公宮関係からものだというのは、火を見るより明らかであった。
「下手な冒険者は派遣できねぇからな、お前らなら安心だ」
 親父の表情を見る限り、拒否権は存在しないらしい。
 冒険者側としても、余程手に負えない依頼でなければ、断る理由もない。とりあえず確認だけはしようと、依頼書を受け取り、目を通したのだった。
 魔物退治か、ひょっとしたら以前請けた『大公宮の衛士を教育しろ』というものの続きか、と考えたのだが、文面は意外なものだった。

 七代前の大公の墓所について書かれた手記が見つかった。是非墓を発見してほしい。
 詳細は大公宮、按察大臣より聞かれたし。

 そんな依頼に興味をそそられ、昼組一同は大公宮に足を運んだのである。

「そうかそうか、そなたらが請けてくれるのであれば、助かるわ」
 謁見の間に控えていた按察大臣は、『ウルスラグナ』の姿を認めると、いつものように好々爺の笑みをもって迎え入れてくれた。依頼の件について切り出すと、満足したように何度も頷く。
「天空の城に関する件でも期待をかけておきながら、その探索を中断させてしまうようで恐縮じゃが」
「いや、オレらは、先に進む力を蓄えてる途中だから、そのついででいいんだが……そっちは平気なのか?」
「うむ、幸いにも、まだしばらくは大丈夫そうじゃ。それに、今回の依頼は大公さまも大変に興味をお持ちのことでな」
「そっか。じゃあ、詳細を頼む」
 エルナクハが促すと、大臣はこっくりと頷いて、詳細を説明し始めた。
「そういえば、フィプトどの以外の者は、この国に来てから日が浅い。『氷王』の物語は知らぬじゃろうな」
「……いや、オレはちっとだけなら知ってる」
「なんと?」
 大臣は大層驚いたようだが、実情はそれほど驚かれるようなものではない。要は私塾の授業には『歴史』もあり、七代前の名君『氷王』に関しての言及もあるわけだ。そのからみでセンノルレに話を聞かされたりして、若干の知識を得るに至ったわけである。
「当時の隣の国との戦のときも、随分と活躍したって話だな」
「さよう。隣国をして『ラガードに白き蔦の守りあり』と呼ばれた、雪原の様に白く美しき面立ちと、凛とした空気をお持ちになり、氷の冷静をもっておられた名君じゃ」
「隣の国、か……」
 ハイ・ラガードの南にあるのは、国というより都市の集合体、『自治都市群』であり、かのエトリアもその中に含まれる。南西には、大国に挟まれ、滅びて吸収されたり、どうにか独立を保ったりしている、いくつかの小国。そして、地の恵みに乏しく寒い荒野を挟んで西にあるのは――全世界を征服しようという野心を持つのではないかと囁かれている大国『神国』。
「彼奴らの主張では、彼奴ら『神国』と我らハイ・ラガードは、共に、かつて存在した『教国』の一部じゃという。その主張をもって、我らを取り込もうと頻繁に攻め込んできておった時代が、『氷王』の御代じゃ」
「『教国』云々が事実としても、また征服されてあげます、ってわけにはいきませんしなぁ」
 袖を口元に持ってきて、くすくすと笑う焔華に、大臣は心底同意したように頷いた。
「まったくじゃ。そういうことで、『氷王』を先頭に、激しく抵抗した我が国は、今日に至るまで、独立を保っておるというわけじゃ」
 代わりに、隣国は『白き蔦』の強固な守りを思い知ったというわけだ。
 そう考えたとき、ふとエルナクハは何かの疑問を抱いた。が、それが何なのかをはっきり認識する前に、大臣の話が続く。
「『氷王』は天寿を全うされたが、そのご遺体は、代々の大公が眠る墓所ではなく、『氷王』ご自身の遺言によって、どこか別の場所に葬られた、と伝えられる。その場所は謎のままであったが、先日、天空の城に関するものを書庫で捜索していた時分に、隠し部屋が発見されてな、様々な書物が出て来おった。その中に『氷王』に関する記述が見つかったのじゃ。曰く――」
 固唾を呑んで耳を澄ます一同の前で、大臣は一節を朗々と読み上げた。
「“氷の王、古き樹に守られ、悠久の雪原に眠る。蒼き竜の御許、氷王の墓所なり”……とな。そなたらこれをどう思う?」
 どう、と問われても、解釈は様々である。とはいえ、何のひねりもなく読み解けば、示される意味は狭まる。古い時代から存在する樹に関わる、かつ、常に雪の積もるような場所に、墓所はあるというのだ。竜云々はひとまず置いておくとしても、条件に合いそうな場所は――。
「……世界樹の中、か」
「うむ、この老体も、如何に読み解こうにも、古き樹とはかの世界樹様をおいて他を示すとは思えぬ」
「で、悠久の雪原っていうのは、第三階層、『六花氷樹海』……ってことか」
 アベイが頷きながら口を開くのに、ナジクが続ける。
「竜は……例の邪竜どもが生息するところ、ということかもしれないな」
 邪竜は青というより紫のような気がするが、そのあたりは細かく考えなくてもいいだろう。ともかく、注目するべきところは。
「伝説と思われておった氷の王の墓所が、あの森の中に存在するのかもしれん」
「……ということは、昔のハイ・ラガードの民は、世界樹様の中に迷宮があることを知っていたんですね」
 フィプトが意外だと言いたげに結論を口にし、少し考えて言い直した。
「いや、むしろ……現在のハイ・ラガードが、世界樹の迷宮のことを忘れ去ってしまったと言うべきか……いや」
 さらに考えて、ひとつの単語を脳内から弾き出す。
「『呪術院』……?」
 冒険者も、大臣も、口々に合点の嘆息を漏らした。
 『呪術院』は、はるか昔から世界樹の中に出入りしていたと、迷宮探索最初の試練を乗り越えた直後に、ギルド長から聞いたではないか。それがどれだけ昔からのことかは判らないが、七代前の大公の御代――おおよそ二百年前、その頃から既に『呪術院』が樹海迷宮内で活動しており、それを『氷王』も知っていたのか。
 真実が判るはずもない。ただ、事実として、『氷王』の墓が迷宮内にある可能性を示唆する記述が、ここに残っている。
「どうかそなたら、氷の森を歩み、氷王の墓所を見付けては下さぬか」
 その依頼を、今さら蹴る理由はないし、その意志もない。漠然とした情報を元にして探すのは難しいが、冒険者に持ち込まれる依頼など、解決の糸口が掴みづらいものの方が元々多かったりするのだ。
 幸いにも、今回ばかりは、もう少し場所の候補を狭められる情報があった。
「書に、『悠久の雪原に分け入りて四日目、人の踏み込まざる道に至る』という一文がある。これを読み解くに、場所が迷宮の中である前提を加味すれば、日付は日付そのものではなく、階を進んだことの暗喩ではないかと思うのじゃ。そして、人の踏み込まざる道……」
「……場所は十四階、墓所に至る道は隠されている、ってことですか」
「正解かどうかは保証できぬがの。このような漠然とした情報しか用意できずにすまぬが、どうか、よろしく頼みましたぞ」
 ……正解と判っている情報があったら、冒険者ではなく衛士に命令するんだろうに、とは思ったが、どうでもいいことなので誰も口には出さない。ともかくも、依頼を正式に受諾した旨を伝え、冒険者達は大公宮を辞したのである。

 一行が十五階への階段に到達したのは、墓所探索の依頼を受諾して間もない頃だった。それからも諸事情でぐずぐずしていたために、他の冒険者に不審がられ、時に侮られる羽目になったわけであった。
 ひとまず完成した十四階の地図は、迷宮内部の理論的最大面積に比すれば、北東に偏っていた。現時点では空白になっている区域のどこかに、墓所に通じる道が隠されているのだろう。だが、ここまで調べた限りでは、それらしい隠し通路はない。どこか見落としているのかもしれない。
 墓所への道は未だ発見されていないが、別の重大な発見を、『ウルスラグナ』は為していた。
 二週間程前に宿屋の女将から捜索を頼まれていた、清浄な空気に満たされた場所を、この階でついに発見したのだ。
 宿屋の女将から預かった大気測定装置の中に浮かぶ小さな球体の全てが、赤い輪の作るラインより下がったのは、迷宮のほぼ真北に位置する区間であった。正直、安全な場所とは言えないが、そのあたりは衛士にしっかりと働いてもらうのを期待するべきだろう。
 大気測定の報告を女将に行い、労いの言葉と共に、その日の風呂代を無料にしてもらった翌日、迷宮入りする前に、『ウルスラグナ』は再び十四階の地図を開いて考えた。
「……さしあたって、もう一度、しらみつぶしにするしかあるまい」
 とナジクが溜息と共に言葉を吐き出すと、昼組一同が同じように嘆息する。ついでとはいえ、一度探索した区域を再び調べなくてはならないのは、精神的にめげる。それでも、十四階と区切られている分はましなのだろうが、
「まあまあ、大発見には地道な努力が必要よぉ、頑張ってぇ」
 と呑気に囃すマルメリに、(本気ではないが)憎悪を抱きそうになったほどだ。
「……ま、とにかく、下り階段いりぐち付近から、潰すしかねぇよな」
 朝飯後に出たデザートの焼きプリン(ドゥアト作)が美味しかったので、幾分か機嫌と元気を取り戻した昼組一同は、ともかく方針を固めると、いつ報われるかも判らない徒労の探索に出掛けた――はずであった。
 しかし、努力は、十三階に続く磁軸の柱から迷宮に突入し、十四階に上がった後、一時間もしないうちに、報われたのである。

High Lagaard "Verethraghna" 3a-31
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