←テキストページに戻る
ハイ・ラガード世界樹冒険譚
苦難を越えるものウルスラグナ


第三階層『六花氷樹海』――もう人間じゃない[前]・18

 さておき、依頼の話だ。
「でね、大きな声じゃ言えないんだけど、あの子の誕生日が近いんだよ」
「明日、らしいな。今日まで気付かなくて悪かったな」
「まぁね、それでね……」
 女将はさらに声をひそめる。普段の女将の声からすれば、格段の小ささだ。
「あの子、どういうわけだか、アンタたちが大好きでねぇ。最初は、フィプト先生がいるギルドだからよく見ているのかって思ってたんだけど、どうやら、ギルドまるごと好きらしいんだよ」
「そいつぁ光栄だな」
 心底からエルナクハは応じた。「どの時代でも子供は『強いヒーロー』が好きだからなぁ」とアベイから聞いたのは、いつだっただろうか。女の子なら単純に『強さ』が好きではないかもしれないが、自分にないものを持つ者に憧れるのは同じだ。思えば自分も、『力』がほしかったから『百華騎士団』の門を叩いたのだったか。種類は異なれど、誰もが何かしら、自分以上の『力』を求め、だからこの世界は廻っているのかもしれない。
「それで、オレらに、娘サンの誕生日にプレゼントを持ってこい、と」
「そうそうそう、依頼ってのもなんだけど、アンタたちに何かあの子に贈り物をしてやってほしいんだよ」
 話が早くて助かるねぇ、と女将は笑声を上げる。
 娘にとって自分達が『憧れ』なら、誕生日に贈り物をすれば喜んでもらえるかもしれない。それぞれが、それぞれの経験を思い起こしながら、そう考える。
 ところが、甘く考えていられたのは、そこまでだった。
「それで、何を差し上げればよろしいんですえ?」
 と焔華が問うのに、女将はこんなことをのたまうのだった。
「なぁに、何だっていいんだよ。アンタたちがあげたいって思う物で全然構わないから。じゃあ、よろしく頼んだよ。ウフフフフ!」
 そう言い残して、仕事のためか、宿の奥へ引っ込む女将。
 『ウルスラグナ』一同は、どうしたらいいのか、立ちつくすばかりであった。

 そのような状況だったから、私塾に戻った後、『で、結局、誕生日にもらったもので一番嬉しかったのは何だったよ暴露大会』が決行されたのは、なんら不思議なことでもなかっただろう。
 エルナクハが嬉しかったのは、自分が育てる子山羊をもらったことだった。一生懸命育てて、隣の家の雄山羊とめあわせ、子供を産ませ、乳を搾ったものだ。
 オルセルタは、ダークハンターとしての修行の一区切りも兼ねて、師匠に衣装一式を買ってもらったことだという。
 ティレンは「全部!」と言った。個々が何だったかはあまり覚えていないらしい。なんとも彼らしい答である。
 アベイの『声』という答には、他の全員が首を傾げた。なんでも前時代には、声を保存しておく方法があって、その技術で保存された『強いヒーロー』の励ましの言葉をもらったそうだ。ちなみに、エルナクハによく似た声をしたヒーローだったらしい。
 ナジクは「僕の答など参考にならないだろう」と言い、口をつぐんだ。
 焔華は、初めて真剣を持っての修行を許されたことだったらしい。修行の区切りを兼ねて、という意味ではオルセルタのものによく似ている。
 フィプトは、親にアルケミスト・ギルドへの留学許可をもらったことだと語った。――そういえば、彼の家族の話を聞いたことがない。彼の歳を考えれば、余程の不幸がない限りは、両親は健在だと思われるのだが。
 この時点で、男性陣の答はまったく役に立たないとわかった。
 女性陣にしても、焔華の答は参考になるまい。宿屋の娘が武芸の鍛錬をしているようには思えないからだ。むしろ、戦闘用の刃物を見て卒倒するタイプのような気がする(あくまでも思いこみだが)。
 オルセルタの答は役立ちそうだ。さすがにダークハンター用の服とはいかないが、服飾品は女性の喜ぶものだろう。が、少し考えたところで頓挫した。服のサイズが判らない。娘の好みも判らない。いくら「あげたいと思ったものでいい」といっても、好みからかけ離れてしまったら、いかがなものか。この点では、前々から娘を知っている街の人間達には敵わない――勝ち負けの問題ではないが。
「ふたりはどう?」と、オルセルタが残る二人に問う。マルメリとパラスである。センノルレは授業中でこの場にいない。
「困ったわねぇ」と、バードの娘は肩をすくめた。「アタシだって、初舞台を認められて、衣装をもらった時が、一番うれしかったものねぇ」
「私もだなー」パラスは両手で頬杖を付きながら答える。「うちの一族、誕生日ごとに呪術師の刺青を少しずつ入れてくんだけど……いつだったかの誕生日に、一人前の印の呪鎖を一緒にもらってね。それがうれしかったかなあ」
 服やら武具やら他の何やらという違いはあっても、多く共通することは、それらが、受け取る者の力量が認められた証として授けられたものであるところだ。つまるところ、人間は単純な物質より、自分が認められることを喜ぶものらしい。
 ならば、宿屋の娘を認めるような何かをあげられればいい――が、そういうことは、母親である女将の役であろう。フィプトを除いた自分達は、まだそんなことをしてやれるほどの付き合いはない。
 結局、振り出しに戻ってしまった。
「じゃあよ、今日が誕生日だったとして、もらえたらうれしいものって何だ?」
「兄様、そろそろ、新しい剣買ってよ」
「私も、そろそろ新しいローブがほしいって思ってたんだ」
「金ぇ」
「おいこら! そりゃ確かにほしいものだろうけど、誕生日関係ねぇだろよ!」
 どうも、自分達で考えるのは無理だと理解できた。自分達は、受け取り主である娘とは、現年齢も、かつての生活環境も、あまりにも違いすぎている。少なくとも、環境の似ている者でなければ、宿屋の娘の好むものに近付くことはできないだろう。

 昼食の後、探索班達が大公宮に向かったのは、もちろん、誕生日の贈り物に関する相談をするためではない。『エスバット』の、少なくともアーテリンデが無事であることを伝えるためである。
 本来、ライバルである他のギルドの動向など、自分達が気を回す必要はない――人間として、窮地に行き合ったら助けてやることはあるが。それを敢えて知らせることにしたのは、『エスバット』が現状ではおそらく探索の最先端を行く者達であり、大公宮も彼らに最も期待を寄せているだろうからだ。連絡が取れないことを心配していた大臣も、状況を把握したいと思うだろう。アーテリンデ本人がとっくに連絡をしているかもしれないが、構うまい。
 それにしても、あれほどの恐怖を浮かべながらも、アーテリンデがハイ・ラガードを離れようとしないのは、何故だろうか。二人組のギルドだった『エスバット』は、ライシュッツを失ったとしたら、ひとりだ。ひとりで樹海を探索するなど、無謀きわまりないというのに。
 考えられることは、ライシュッツは無事、アーテリンデの言葉はライバル達を牽制する為の嘘、ということだ。が、ライシュッツの状況がどちらだったとしても、アーテリンデのあの態度が謀りとは思えない。
 彼女(達)には、恐怖を越えてなお、成すべきことがあるのだろう。それが何かは、自分達に推し量れるものではない。
 さしあたって、大臣に話したことは、『エスバット』に出会ったことと、彼らが何か強大な敵に出会ったらしいということだけである。それ以上は推測の域を出ないこと、話しても混乱させるだけだろう。
「なるほど、『エスバット』の者たちが無事であることはよかったが……」
 大臣は、杖を持たない方の手を額に押し当て、苦悩の表情を見せた。「『たち』じゃないんだけどな」と『ウルスラグナ』一同は内心で思ったが、そのあたりをぼやかすために「『エスバット』に会った」という言葉を使ったのだ、口にはしない。
「彼らですら戦慄おののく強敵が存在するというのか……。天の城への道は、まこと、厳しいものだのう……」
「そうですわ。ですから、わちらも、しばらくは足踏みですわ」
 焔華が吐息と共に言葉を吐き出した。彼女の右手は、カタナを握り、数多の敵を切り伏せてきた、達人の掌。それが、『降参』とばかりに挙げられ、風吹く葦のように軽く揺れているのを見て、大臣も事の重大さを思い知ったようであった。
「そだな……大公サマがヤバくなるまでには、なるべく早く、天空の城を見つけてやりてぇとこだが……判るよな大臣サンよ、その前にオレらがくたばっちまったら、意味ねぇのさ」
「承知しておるよ。そなたら冒険者には危険に立ち向かってもらっておるが――我らとて『死ね』と命じているわけではないのじゃ」
「悪ぃな。鍛錬に納得いったら進むつもりだからよ」
 『エスバット』がらみの話は、これで終わった。その後に、誕生日の話を切り出したのは、あくまでもついでである。
「そういや大臣サンよ」
 エルナクハは、井戸端会議をする女たちが滑らかに話の転換を行うような自然さで、ついでの話に入った。
「公女サマの誕生日は、もうじきなんだよな。じきっつうても、もうちっとかかるんだろうがよ」
「そのとおりじゃ。支度もちゃくちゃくと進んでおる。当日は、そなたらも姫さまの晴れ姿をご覧じてくだされよ」
「晴れ姿、かぁ」
 先日会った時は、ドレスはドレスだが、ごつい鎧付きだったからな、と思い出す。あれはあれで勇ましく、好ましかったが、民の前であの姿で出たら、何事かと思われるだろう。戦時中なら士気も上がるだろうが。華やかな誕生日の席では、粋を凝らした麗しいドレスの方がいい。
「こんなコト訊くのは野暮かって思うんだがよ、姫サンの誕生日って、どんなものが贈られるんだ?」
「ふむ、まったく野暮な話よの」
「はは、悪ぃな」
 とはいえ、大臣も、訊かれたことを口ほどには疎ましく思っていたわけではないようで、笑みを浮かべながら説明を滔々と始めた。基本的に、『我らが姫』の自慢になるのは嬉しいと見える。
「そうじゃのう、今回のことは当日の楽しみとさせてもらおう。じゃが参考までに昨年のことを話すとしようか……」
 そうして大臣が語り始めた『姫への贈り物』は、聞くだけでもくらくらするほどに豪奢なものであった。周辺の大国や小国が、それぞれの国力の幾ばくかを誇るために贈る、宝石や衣装、装飾品。殿上人達のオツキアイも大変なもんだ、とエルナクハは漠然と思った。それだけのものが贈られるなら、逆にハイ・ラガードが周辺諸国の誰かの生誕祝いを贈るのも大変だろう。
 不意にティレンが顔をしかめた。ぼそりと呟くのを、エルナクハは聞きつけた。
「それ、おひめさまは、ほんとうによろこんでるのかな……」
 黒い手をティレンの頭に乗せ、それ以上の言葉を封じる。
 王族同士の誕生祝いなど、贈られた者が心の底から喜ぶか否かは、二の次なのだ。例えば、グラドリエル姫が「小さなテディベアがほしい」と望んだとしても、誕生祝いに届いたそれは、一抱えもあり、宝石で装飾したものになるだろう。送り主の力を誇示するために。大臣とて、そんなことは判っているのだろう。ティレンのつぶやきを聞いたその瞬間から、語る言葉に微妙な陰りが差し込んだ気がした。
 やがて、大臣の話が少し途切れた折に、まだ続きはありそうだったのだが、エルナクハは話を締めた。
「いや、オレらの立場だとなかなかわかんねぇ話で、興味深かった。ありがとな大臣サン。でも、さすがにオレら庶民の参考にゃならねぇな、残念だがよ」
「参考、とな? どなたかに誕生祝いを差し上げる予定がおありか?」
「ああ、まあな。――大臣サンは、娘とか孫娘とかに誕生日の贈り物をやるなら、どうする?」
「……ふむ」
 突然自分の身近なところに振られた質問に、大臣は面食らったようだった。そうよのう……と呟きつつ、視線を斜め上に向けて考え込むが、結局、何も浮かばなかったようだった。
 おいおい子や孫に贈り物したこともないのかよ、薄情だなぁ、と、冗談交じりに思ったが、答は意外なものであった。
「いやはや、この老体、国と大公陛下にお仕えし、学問に身を投じて参ったが、うら若き娘の心はつゆ知らずじゃ」
「おいおい、大臣サンは一人身かよ!」
 驚いたのは本気だった。大臣にまで上り詰めるほどの者なのだから、結婚相手くらい、いろいろな伝手つてから紹介があったろうに、と考えたのは、あるいは庶民の浅はかさなのだろうか。学問に身を投じた、ということは、本当になりふり構わず、女などにうつつを抜かす間もなかったのかもしれない。
「失礼ですえ、エルナクハどの。おひとりさまを馬鹿になさるとは」
「あー、いや、バカにする気はなかったんだがよ。……すまん、大臣サン」
「いやいや、構わぬ。しかし、なにゆえにそのようなことを知りたがるのじゃ?」
 問われて『ウルスラグナ』一同は事情を説明した。
「何? 宿屋の娘への贈り物とな」
 大臣もさすがに驚いたようである。
「なるほど、なかなかの無理難題じゃの。他ならぬ冒険者どののご相談じゃ、何か差し上げたい所ではあるが、国を治むる立場にあると、民草には平等を規さねばならん。はて、どうしたモノか……」
「どうしたものかー」
 とティレンが真似て小首を傾げた。
 それにしても大臣も人がいいことだ。いくら大公宮の依頼を何度かこなしている冒険者の頼みとはいえ、一庶民の娘への贈り物をどうしよう、という悩みに付き合う必要などないのに。他国なら、余程でなければ「そんなこと知るか」の一蹴だ。そう思うと、なんとなく嬉しくなる。と、
「何をにやにや笑っておられるのじゃ?」
 エルナクハの表情に気が付いたのか、不審げに、というより苦笑気味に大臣が指摘してきた。
「いやまったく、そのようなたるんだ顔で樹海探索に出ておられるわけではあるまいが、少し心配になってくるぞ」
「いやいやいやいや、にやついた顔なんかで探索なんか出ねぇから!」
「どうじゃか。ふむ、この場にはおられぬようだが、いずれ伺ってみようかの、あの、目のやり場に困る服を着たダークハンターの娘ごに……そなたの妹君だったよの?」
「ちょ、オルタなんかに聞いたら返事はみえてらぁ! 勘弁してくれよ!」
「おいおい、真面目にやってる自覚があるなら、そんなに慌てることはないだろ、ナック」
 エルナクハを呼ぶ愛称で察せられる通り、最後に混ぜ返したのはアベイである。大臣はどうしたのか、と気が付き、見れば、かの老賢人は頭を抱え、「おお、そうかそうか、そうじゃの」とつぶやいているではないか。変なお迎えでも来たんじゃないか、と不遜な想像込みで心配する一同を前に、やがて大臣は顔を上げ、新たな術式を発見した錬金術師のごとき笑みで声を上げた。
「そうじゃ、樹海じゃよ。その娘は冒険者であるそなたらに憧れておるのじゃろう? ならば、樹海で手に入るものを考えてみてはいかがか。そなたらでなくては差し上げられぬものかと思うのじゃがな」
「おお!」
 冒険者は異口同音に感嘆の声を上げた。
 盲点だった。自分達にとっては日常と成り果てている行為なので、却って思考が及ばなかった。
 確かに、街の者、力なき少女からすれば、樹海からの贈り物は珍しく、喜ばれるかもしれない。――もっとも、いくら樹海産とはいえ、たとえば蛙の皮などをあげても喜ばないだろう、というのは、さすがのエルナクハにも見当は付く(ポーチなどに加工すれば別かもしれないが)。今度は『樹海産の何を』あげるべきか、という問題が生まれた。
「そうじゃな、あとは街の者の話を参考にしてみてはどうじゃ。民草の事は民草。良い考えも浮かぶかもしれぬぞ」
 そんな大臣の言葉は敗北宣言も兼ねていたのかもしれなかった。「然して役にも立たず申し開きも無いが、この老体に免じて許したまえ」などという、小難しい謝罪の言葉が後に続く。
 だが、『ウルスラグナ』からしてみれば、思いがけずいいアイデアを得られたと思えたものだった。
 まだ考えるべきことは多いが、方向性が決まって満足し、一行は晴れやかな気分で大公宮を後にした。

High Lagaard "Verethraghna" 3a-18
NEXT→

←テキストページに戻る