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ハイ・ラガード世界樹冒険譚
苦難を越えるものウルスラグナ


第二階層『常緋ノ樹林』――見よ、かの魔人を!・1

「まさか、お前達の顔を再びここで見るとは、思わなかった」
 ハイ・ラガード冒険者ギルド統轄本部のギルド長は、おそらくは、その言葉通りの驚愕を、兜の下に浮かべていたことだろう。
 ギルド長に相対するのは、二人組の冒険者であった。
 黒い髪を長く伸ばした、小動物めいた印象のある少女と、その背後に執事のように佇む、長い髭を編んだ老人。装備からは、少女が巫医ドクトルマグスであること、そして、老人が銃士ガンナーであることが、はっきりとわかる。
「……答えたくなければ答えなくてもいいが、ひとつ訊きたい。今まで、何をしていた?」
 ギルド長の質問を聞いた二人は、目を伏せ、答えにくそうな様相を現していた。しかし、答えない理由はないと思ったのだろう、互いに顔を見合わせ、小さく頷くと、再びギルド長の顔を真っ直ぐに見据える。口を開いたのは少女の方であった。
「姉さまの仇を捜していたの。あの飛竜ワイバーンをね」
「……そうか」
 ギルド長は、目の前に佇む冒険者達の、かつての構成を思い起こした。
 彼らは四人で構成されたギルドであった。樹海探索の適正人数よりひとり少ないが、その不利をものともしない勢いで樹海を探索していったのだ。まだ樹海の正面入り口が開いていない頃、突発事故に弱い衛士達を補助するために、巫医扶助会コヴェンと砲撃士協会に渡りを付け、助力を願った結果、公都に集った者達――二人の巫医と二人の銃士は、期待通り、否、それ以上の働きを見せてくれたものだった。
 だが……彼らは、強大な魔物に襲われた。
 仲間を逃がすために、巫医の片割れが犠牲となり――生き残った者も大怪我をして、長らく療養をする羽目になったのだった。
 傷が癒えた後も大公宮主導の探索に協力してくれてはいた。だが、迷宮の正面が口を開け、一般の冒険者を求める布令が出されたとき、彼らは、これからは一般の冒険者として樹海に挑む、と決め、そのための手続きを冒険者ギルドで行った後、姿を消した。以来、今日この日まで、彼らが冒険者ギルドを訪れることはなかった。
 そこまで思い出し、ギルド長は気が付いた。登録されたメンバーは三人。だが、目の前には二人。もう一人は、どうした?
「……ライシュッツ、師匠はどうした?」
 ギルド長の問いに、ライシュッツと呼ばれたガンナーは目を伏せたが、しばらくの後に、重々しく口を開いた。
「我らとは別行動を取って、飛竜を追い、樹海に消えた。もう長いこと姿を見ていない。おそらくは……」
「……そうか」
 しばらく、沈痛な雰囲気がギルド内を覆った。
 書類整理を行っている衛士達も、身動きすら憚られる空気の中で、手にした書類を読むかのように目を伏せている。
 その雰囲気を静かに払ったのもまた、ギルド長の言葉だった。
「巫術で、彼の行方を占ったりはできないのか?」
「試してみたわ」と、少女が答える。「だけど、関わっているのがあの飛竜だからかしら……普通に占うだけじゃ、上手く結果が出ないの。第二階層より下にいるはず、ってわかったくらい。もっと正確に知りたいなら、まず、強い力を持つものを触媒にしないとだめだと思うわ」
「そういうこともあって、我々は今まで、第一階層と第二階層を歩き回って、あやつめを捜していたのだ」
 老ガンナーが、少女の言葉を引き継いだ。
「だが、いくら捜しても見つからぬ。開かない扉の向こうにおるとしたら、今の段階では手が出せない。そこで、我らは本道に戻ることにした」
「本道?」
 疑問を言葉にしたギルド長に、少女が頷いてみせる。
「ええ。私たちの本道。樹海探索。私たちはもともと、そのためにここにいたのだから。そろそろ先に進まないと、姉さまが私たちを庇ってくれたことも無駄になってしまうと思ったの」
「そういうわけで、我らは探索を再開したのだが、問題がひとつ、現れた」
「問題、だと?」
 話を引き継いだライシュッツに、ギルド長は言葉を鸚鵡返しにすることで先を促した。
 そうして語られた問題は、ギルド長を驚かせるに余りあるものであった。
 事は、二人の冒険者が第三階層に行こうとしたことから始まる。十階の最奥の階段を上れば、到達できたはずなのだが。
「……魔物が階段を塞いでいた?」
「ええ、黒髪でオカッパ、角を生やした魔物よ」
「……よくわからんが、珍妙そうな姿の魔物だな」
「そうね。でも、姿はともかく、あいつは炎を操る強敵よ。言うなれば『炎の魔人』ってとこね」
 ともかくも、二人の冒険者は、その魔物を辛くも撃破した。仲間の仇を捜して樹海をさまよっている間に、多大な経験も積んでいたことが、勝利を後押ししたのだろう。そうでなければ、倒れていたのは二人だったかもしれない。
「それが、十日ほど前のこと。私たちは、その後、第三階層の探索を進めている。ところが、よ」
 つい昨日、冒険者達は、第三階層から階段を使って第二階層に降りたという。第二階層に棲息する魔物から採れる素材が欲しかったからなのだが、第二階層に降り立った瞬間、恐ろしい気配を感じたというのだ。
「まさか、炎の魔人とやらが復活していた、などとは言わないだろうな」
「その、まさか、よ」
 半ば冗談の様に口にした言葉を肯定され、ギルド長は、呆気にとられて黙り込んだ。
 しばらくの後、気を落ち着かせるように大きく息を吐くと、再び問いかける。
「で、そいつは、また倒したのか?」
「いいえ、まだよ。私たち二人だけじゃ、苦戦は避けられない。素材は、遠回りだけど六階から回り込んで取ったし、今の私たちの邪魔になる位置にいるわけじゃない。放っておくに限るわ」
「確かに、お前たちがそいつを倒す必要性はないが……」
「ええ。――と言いたいところだけど、かわいい後輩達には邪魔になるわ。そこで提案。ギルド長、有能なギルドに力を借りたいの」
 少女の提案は、現状で最強と思われるギルド数組と協力して、炎の魔人の脅威を取り除くというものであった。少女と老銃士だけでも不可能ではない――現に一度倒している――のだが、返り討ちに遭う可能性もないとは言えない。そこで手勢を増やし、被害を少なくして勝利を掴む算段を付けたいと思ったのである。
「……わかった、至急、眼鏡に適いそうなギルドを選別しておく。そうだな、昼までには済むだろう」
「お願いね」
 ギルド長の答えに、微笑んで頷いた少女は、しかし、すぐに表情にかげを浮かべた。
「――そういえば、『ベオウルフ』が全滅してしまったそうね」
「ああ、第一階層の最奥にキマイラという魔物が現れていただろう。あれに倒されてな……」
「そう。……残念ね、生きていたなら、力を借りたかったものだけれど」
「ああ、あのキマイラには、『ベオウルフ』のことだけではない、だいぶ煮え湯を飲まされたよ」
 手元にある登録ギルドの書類をめくりながら、ギルド長は嘆息する。
「せっかく第一階層をくぐり抜ける実力を付けた者たちも、あのキマイラに殺られてしまってな。だいぶ、人材を失ってしまった。あれが現れなければ、第二階層を探索するギルドももっと増えていただろうに」
「でも、街の噂じゃ、キマイラも倒されたって話じゃない? えーと、『ウルスラグナ』っていう新人さんの働きだって聞いたけど。第一階層の突破も、一月ちょっとしかかからなかったみたいね。結構優秀じゃない?」
「……彼らは出せんぞ。まだ第二階層に踏み込んだばかりで、お前たちへの協力は荷が重いだろう」
「残念。まあ、とにかく、キマイラが倒されたのは安心だわ」
「だと、いいのだが」
 愁いを帯びたギルド長の声に、少女は無言で疑問の意を表す。
 ギルド長は再び口を開いた。
「第一階層のキマイラ、第二階層の炎の魔人……まだ正面入り口が開いていなかったときにはいなかった魔物が、どこからか姿を現し、我々の探索を妨害するようになった。私には、この二体が無関係ではないように思えるのだよ」
「無関係じゃ、ない?」
「ああ」
 少女の疑問符付きの返答に、ギルド長は大きく頷く。何気なく窓に目線を向け、その向こうに見える世界樹の枝を凝視した。
「樹海に、我々の侵入を快く思っていない何者かが潜んでいて、そいつが魔物を仕向けているんじゃないか、そんな気になるのだよ。だとしたら、先に進んでも、また、キマイラや炎の魔人のように、我々を妨害するものが現れるのではないかとな……」
「かもしれないわね。でも、そのために、私たち冒険者がいるんじゃないかしら」
 少女は笑みを浮かべた。小動物を彷彿とさせる愛らしさは損なわれていないが、その眼差しは、冒険者の持つ『蜘蛛の糸』を狙うリスのように、いや、猛禽のような鋭さも垣間見える。それは少女の背後に控える銃士ライシュッツにも言えること。彼は笑っていない分、なおさら厳しく見える。
 少女は、ギルド長に、そして、実在するなら、探索の妨害を試みる何者かに、宣言するかのような、はっきりとした声音を口にするのであった。
「何者が立ちふさがったとしても、私たちは、それをくぐり抜けて、空飛ぶ城の伝説を確かめてみせるわ。それが、姉さまや、じいやの師匠への、せめてもの手向けになるもの」

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