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ハイ・ラガード世界樹冒険譚
苦難を越えるものウルスラグナ


第一階層『古跡の樹海』――栄えし獣たちの樹海・1

 かつてエトリアで『世界樹の迷宮』に挑んだ時、地上で目にする森よりも華やかな緑を孕むその光景に、誰もが心動かされたものだ。
 今にして思えば、それは『世界樹計画』の一環として強く繁茂することを約束された、古の森ゆえだったかもしれない。どれだけ人の手が入り、資源を持ち出したとしても、森は早急にその穴を埋め尽くす。外の森も生命力に満ちてはいるが、『世界樹の迷宮』には敵うまい。
 そして今、目の当たりにしている、ハイ・ラガードの迷宮にも、一行は心動かされた。
 この迷宮に足を踏み入れる前に寄った交易所での、シトトの娘の言葉が、思い起こされる。

 ――きっとおどろきますよ! 私、入り口までしか行ったことはないですけど、すごく感動したんです。
 ――ずっとずっと奥までキレイな緑色が続いていて、明るくて、澄んでいて……。

 ハイ・ラガードの第一階層は、エトリアの第一階層に比べても、より華やかに見えた。例えるならば、エトリアは『春の森』で、ハイ・ラガードは『夏の森』だろうか。エトリアの夏のような暑さが身を包むが、湿気が少なめなのか、それほどの不快感は感じない。
 さながら『おのぼりさん』のごとく、きょろきょろと周囲を見回していた冒険者達だったが、ちりり、と耳を打つ鈴の音に我に返った。
 鈴を鳴らしているのは、全身を鎧で固め、頭すらもフルフェイスヘルムで護った、一人の衛士であった。その音で樹海内の生き物を寄せ付けないようにしているのだ。彼の背がやや遠くにあるのに気が付いて、冒険者達は慌てて足を早めた。
 そう、今、自分達は、『世界樹の迷宮』の試練に挑もうとしているのだ。呆然としている場合ではない。
 それでも意識は周辺の光景に引きつけられる。
 いくら華やかとはいえ、森だけなら、エトリアの経験もある以上、そこまで惹かれることはなかったかもしれない。だが、道すがら見かける、森の中にあるにしては異質なものが、気になって仕方がないのだ。
 それは、石を積み上げて作られた、柱のようなもの。それも、表面は苔生し、割れや削れも目立ち、異質ながらそこにあって当然といった風情を漂わせる様からは、ここ数年のうちに作られたものとは思えない。だが、どれだけ前に作られたものであったとしても、このようなものを作れるのは、知的生物以外にはあり得ない。
 人間か、あるいは他の何かか。
 他の何かだとすれば、エトリア樹海での『モリビト』のような存在が、ハイ・ラガード樹海にも棲んでいた(あるいは、いる)ということになる。
 だが、エトリア樹海にある知的生物の痕跡は、ここまであからさまではなかった。
 もし、人間だったら……。
「昔は、この中に人間が住んでた……?」
 ハイ・ラガード大公宮に赴いて試練を承った時、教えてもらった、古来よりこの地に伝わるという伝承を思い出す。

七つの海に 文明が呑まれ
五つの島に 樹海が広がり

一つの城に 選ばれし民は逃れた

七つの海は すべてを沈め
五つの島は すべてが滅し

一つの城は 全ての孤児と化した

天空を漂う城の民は
長き放浪の末
再び母なる大地に降り立つ

 それはハイ・ラガードの興国記である。
 この地に足を踏み入れる際に、マルメリが歌ってはいたが、それはあくまでも興行向けに改変が加えられていたものらしい。そちらに比べれば、全体的には余計な装飾がないだけではあるが、たった一つ、重要な違いがある。
 大公宮で聞いた話では、『空飛ぶ城』は(実在するのなら)あきらかに一つだと断言されているのだ(余談だが、マルメリは「なんだ、一つだけなんだ。がっかりだわぁー」と嘆いていた)。
 とはいえ、今、頭に引っかかったのは、そこではない。
 天空の城の民がどのように地上に降り立ったのかといえば、まさか飛び降りたわけではあるまい。それは、この世界樹を伝ってである。それも、外側を伝って降りるのは無謀の極み。内側に迷宮がある以上、普通に考えれば、そちらを通って降りたことになる。
 あるいは。
 仮に『空飛ぶ城』が実在しないとしよう。ならば、かつて『世界樹計画』が発動された後、『選ばれた』人間達は、(現在の)ハイ・ラガード樹海の基礎としてできかけていた、この階に身を潜め、『計画』の成就まで生活を営んでいたのかもしれない。現在の人間達には『計画』が成就されたのか、わかりようもないのだが、とにかく『選ばれた』者達は、ある程度の段階で見切りを付けて外に出て、ハイ・ラガードの祖となったのか。さもなくば、今日まで生き延びることができなかったのか。
「――いや、もうひとつ、か」
 彼らの末裔は、樹海の外に出ず、上へ上へと居住空間を移しているだけかもしれないのだ。
 そう考えると、ちょっとだけおかしくなった。もしもそうだとしたら、自分達は天から降りてきたハイ・ラガードの父祖の足跡を辿ろうとしているのに、実際に追う足跡は天へ上ろうとしている上に、ハイ・ラガードの父祖ですらないということになる。
「ま、それもアリかもしんねぇけど」
 そう心の中でつぶやき、エルナクハは自問自答を打ち切った。頭のいいセンノルレやフィプトならともかく、自分がごちゃごちゃ考えても不毛なだけだ。後ほど、戯言として披露し、思考の試金石にでもしてもらうのが、ちょうどいいだろう。
 改めて武具を構え直す。衛士の持つ『獣避けの鈴』で魔物の接近が抑えられている今は、気負わずともいいのかもしれないが、そろそろ性根を入れるべきだろう。皆も同じことを思っているらしく、武器を持つ手が力を孕んでいくのが感じられる。
 エルナクハの盾とオルセルタの剣、そしてナジクの弓は、交易所で作られた武具に買い換えてあるが、他の装備はハイ・ラガードに足を踏み入れた時のままである。残る冒険資金は、万が一に備えた分を除き、全てメディカに化けた。
「さて、鬼が出るか、蛇が出るか、だな」
 最初に出るのがどっちであれ、『世界樹の迷宮』に巣くう生き物は、ただのネズミに見えても外界の獅子より強いことがあるから侮れない。要は試練が終わるまで変なものは出てくれるなよ、つーか衛士サン、あの鈴二、三個ばかりくれないかなぁ、と、冗談交じりに考えつつ、エルナクハは衛士の後を追うのであった。

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