世界樹の迷宮 ハイ・ラガード編:Verethraghna 間章一――狼は証言できない  ハイ・ラガード公国、公国薬泉院。  公国建国時からの歴史を誇る、かの施設は、公国内の治療師を束ね、その育成を担い、公国の発展に寄与する存在であった。人の業には限界があるから、全ての病と怪我を治す、というのは不可能である。だが、薬泉院の治療師達は、不可能をひとつでも可能とするように、日夜研鑽を重ねていた。  その中でも特に有能な若き院長、コウスケ・ツキモリは、エトリアの『奇跡の超執刀』キタザキの手ほどきを受けた青年であった。そんな彼にも、未だ至らぬ事柄は数多ある――のだが、これはまた別の話。  今現在の彼の関心は、真夜中に薬泉院に担ぎ込まれた、ある患者に向いていた。  公都で私塾を営む錬金術師、フィプト・オルロードその人である。  幸い、フィプトの容態は危険ではない。応急処置が的確だったこともあり、憂いごとを遮断して一日安静にすれば、退院後は問題なく活動できる程度だった。ツキモリ医師の助手以下、並み居るメディックの誰かに任せても問題はない。ツキモリがフィプトの下を訪れたのも、挨拶のようなものだ。  容態に関するいくばくかの応答の後、話題繋ぎ半分、個人的な興味半分で、フィプトは言葉を投げ返した。 「ツキモリ先生は、アベイ君と前々からのお知り合いだったそうですね」 「ええ、そうですよ。キタザキ先生に師事していた頃、ケフト施薬院にいた子でした」 「アベイ君、体が弱かった、と伺ってますが」 「ええ、小さい頃は、ことあるごとに発作を起こして、酷く咳き込んでました。残念ながら、キタザキ先生にもお手上げだったようで、対処として咳止めを処方するしかなかったんですよ。成長してからは頻度も減っていましたが――今の様子を見ると完治したようですね。本当によかった」  ツキモリはにこにこと嬉しそうに語る。この若き医師にとっては、病や怪我で弱った者達が元気を取り戻すこと、ひいては、いつの日か怪我や病気で生命を失う者がいなくなること、そのものが、自らの幸せに直結しているのだ。それは多くのメディックにとっても同じことだろう。  それはそれとして。  さすがに、この医師も、話題にしている馴染みの子が、前時代人だとは思いもしないだろうな。  フィプトはそんなことを考える。  アベイが幼い頃に身体を弱らせていたのは、かつての人間の業が、大地を汚染し、その影響を受けていたからだ。人間を一瞬にして何十万人も殺戮する、破壊神すら凌駕しそうな能力を持ち得たという技術ですら、子供一人すら救えないことがあったとは、なんという皮肉だろう。  ふと、空を見上げる。屋内だから天井しか見えないのだが。  ハイ・ラガードの民は天空の民の末裔と語られる。もちろん、今となっては、外つ国の民との交流もそれなりにあり、血も混ざっているから、実際にそう誇れるほどに血を継いでいるのは公王一族くらいだろうが。  神のごとく天に坐した、古き一族。その伝説が真実だとしたら、彼らが地上に降り立ったのは、何故か。  世界樹の成立は、前時代の業に由来する。人間自身が引き起こし、手に負えなくなった世界の汚染を、大地の浄化力を引き上げることで解決しようとして成されたこと、らしい。それは何千年もかかる大計画。現在ですら、完全に浄化し切れているのかどうか。少なくとも、自分達がつつがなく生活し、アベイの病が完治しているのだから、生きるために問題ないところまでは浄化できているのだろうが。  ハイ・ラガードの歴史が始まったのは、数百年前。その頃は、どうだったか。  少なくとも、表立った興国記では、何も言及されていない。仮にまだ浄化がなっていなかったとして、天空の民は、わざわざ汚れた大地に降り立とうと思うだろうか。 「だめですよ、フィプト先生」  穏やかなツキモリ医師の声が、フィプトを我に返らせた。 「ここにいる間は、冒険のことは忘れてください。精神の安定も、病気や怪我を癒すのには必要なことです」 「ははは、すいません」  フィプトは、ばつが悪そうに頭を掻いて首をすくめた。  いろいろなことがあったにせよ、自分達『ウルスラグナ』は、第一階層の脅威を突破した。まだ第二階層へは足を踏み入れていないが、近いうちに必ず行くことになるだろう。それまでには、自分も体調を整えなくてはいけないのだ。  『ウルスラグナ』が、キマイラ撃破後すぐに第二階層に踏み込まなかったのは、一言で言えば『疲れていたから』である。  顔見知りの冒険者の死は日常茶飯事だが、自分達の言動が『ベオウルフ』を焦らせてしまったのではないか、という、かすかな罪悪感が、彼らの死を鋭い鏃とせしめて『ウルスラグナ』の心を苛む。彼我の戦力を見極めて、往くか退くかを決めるのは、当事者の責任、『ウルスラグナ』に責があるわけではない、かもしれない。だが、そのような論理で安定するなら、人間、感情に苦しんだりなどしない。  ともかくも、キマイラとの戦いでの疲れもある。心を落ち着けるためにも一日休もう、と、エルナクハは決め、キマイラ戦に参加しなかった者達も賛同した。ひとつには、回復役のアベイのこともある。ネクタルのおかげで、薬泉院の世話になるほどではなかったが、やはり安静の時間はいるだろう。  街では、忌まわしい百獣の王が『ウルスラグナ』に撃破された、という噂が、野火のように広がっているらしい。公宮に成果を報告してから、さして時間も経っていないのに、早いものだ。今が好機と見て第二階層へ突入する、他の冒険者もいるかもしれない。だが今はどうでもいい。とにかく自分達は休みたいのだった。 「はいはい、静かになさい、貴方たち。勉強に身を入れなさい」  センノルレは黒板にチョークで文字を書く手を止め、年少組の子供達に注意を飛ばした。  『ウルスラグナ』が休んでいても、彼らが逗留する私塾は休みではない。ちなみに私塾の休暇は、皇帝の月の最初の五日間、及び、毎月一日から数えて七日ごと、夏休みとして笛鼠ノ月十五日から二十八日、冬休みとして白蛇ノ月いっぱい、と定められている。この他に臨時の休暇や、あるクラスだけ授業をして他は休み、という事例もあるそうだ。  あと四日寝れば夏休み、ということになるのだが、子供達が騒がしい理由はそこではない。  センノルレは、その『理由』に対して、呆れたような声を上げた。 「エルナクハ、授業の邪魔はしないでください」 「邪魔なんかしてねぇぜ。オレは妻の仕事ぶりを見物してるだけだ」  黒い肌と癖のある色褪せたような赤毛の聖騎士が、にまにまと笑いながら廊下側の窓から身を乗り出していた。  迷宮に魔物を呼び、数多の冒険者を苦しめた、魔物キマイラ。それを打ち倒したギルドの統率者。  無理もあるまい。なにしろ子供である、勉強と冒険者を比べれば冒険者に注目してしまうものだ。  臨時教師は眦(まなじり)を吊り上げた。 「貴方の存在自体が授業の邪魔なのです。さっさと部屋に戻ってだらだらしてるか、なんなら授業を受けますか!?」  最後の選択肢は口が滑っただけである。しかし意外にも聖騎士は頷いて、にんまりと笑う。 「お、いいのか? よしよし、じゃあノルセンセイ、オレにも勉強教えてくださーい」  教室後方の扉を開け、のしのしと入室してくる。 「エルにいちゃん、ここ、ここ」  最後方の一角に席を占めていた子供が、自分の隣の席を叩く。その席の主は、親の仕事の手伝いで休んでいた。 「お、サンキュ、ルバース」  エルナクハはその子供、黒い髪と赤い瞳が印象的な少年に誘われるままに、席を借りた。ルバースと呼ばれた少年は、エルナクハが座った席の机に自分の机をくっつけると、境に教科書を置く。 「見せてあげる」 「いろいろ悪いな、サンキュ」  余談だが、ルバースは、『ウルスラグナ』が入国試験に挑んだ際の監督役だった衛士の息子である。  夫と生徒の様を見ていたセンノルレは、諦めめいた溜息を吐くと、黒板に向き直った。 「……授業を続けます」  生徒達は、乱入してきた勇者にまだ興味津々である。授業にならない、とセンノルレが肩を落としかけた、その時。 「ほら、オマエら、オレばっか見てても面白くもなんともねぇよ。勉強しようぜ」  そんなことを言ったのは、授業にならない原因たる存在、そのものであった。  あら、とセンノルレは小さくつぶやき、次いで自らの夫に対する不理解を恥じた。エルナクハはその態度とは裏腹に意外と勉強家の面がある。ぶつぶつ不平不満を言いつつも、いざ何かを学ぶべきとなると、誰もが驚くほどに真摯となる(その成果は……まぁ、別の話だ)。故郷で神官としての修行をしていたというときに培われたものだろうか、あるいは彼自身の天性の質か。  子供達は先程までの騒ぎがどこへやら、素直に静まって、黒板と教科書に注視し始めた。  授業に集中できる環境になったのはいいのだが、なんとなく納得いかない気持ちになる。子供達を勉学に突き動かしたのは、教師の言葉ではなく、子供達が興味を抱く『百獣の王殺しの冒険者』のそれなのだから。  しかし、普段は子供達もきちんと勉学に励んでいるのだ。今回ばかりは仕方がないか、と、臨時教師センノルレは肩をすくめ、授業を続けるのであった。  私塾の中庭は、隅の方に花壇と立木があり、その周辺に芝生のように雑草が生えている以外は、踏み固められた土である。朝起きた後に冒険者達が探索前の軽い鍛錬に勤しむために使ったり、授業が終わった後に私塾の生徒達がそこで遊んだりするのだが、今、そこに佇むのは、ただ二人の人物だけだった。  『ウルスラグナ』レンジャーのナジクと、カースメーカー・パラスである。  両者とも冒険者の装備は付けていない。それでも、ナジクは鎧の下に付けるような丈夫な服を着ているのだが、パラスに至っては、呪鈴を首から下げている以外は、少女が友達と連れ立ってちょっと買い物に行く、という時に着るような普段着だった。そんな両者が何をしているのかといえば、見る者は首を傾げただろう。ナジクは弓を持ち、背に箙(えびら)を負っているから、鍛錬には違いないのだろうが、パラスが何をしているのかがわからない。  カースメーカーの少女は、花壇の縁に腰掛けて、何かを作っていた。時折、頭に手をやり、引っ張るような動作をする。  彼女は自分の髪を引き抜いていたのだ。作っているものは、漉紙を人型や動物の形に切り抜いたものだったり、羊の膀胱に空気を入れて膨らませた球だったりしたのだが、それに自分の髪を一筋ずつ結びつけている。  やがて作業が終わると、パラスは完成品を抱えて立ち上がり、ナジクの目の前にばらまいた。 「ナジクにいさん、準備いい?」 「ああ」  レンジャーの青年は短く答え、頷いた。  パラスは頷き返すと、首に下げていた呪鈴を手に取った。それを静かに振り、何事かをつぶやくように口にする。するとどうだろう、ナジクの目の前にばらまかれたものが、ふらふらと動き始めたではないか。ころころ転がるもの、ぽんぽん跳ねるもの、風に乗ってひらひらと舞うもの……多種多様な動きをするもの達は、今やナジクを取り囲み、生きているかのように勝手な動きを見せつける。  ナジクは弓を構えた。箙から矢を一本引き抜き、つがえる。狙うのは目の前で跳ねる球――だが、唐突に振り向き、ひょうふっと矢を放つ。風を切って飛ぶ矢が狙い過たず貫いたのは、今まさにナジクの後ろから飛びかかろうとしていた、漉紙の人形だった。間髪入れずに矢をつがえ放ち、元々の的だった球も射抜かれた。  二本同時に放たれた矢が別々の的を撃ち落とす。真上から襲う人形も、自ら矢に当たりに行ったかのようだった。動く的は次々と矢に当たって動きを止め、ただの球や紙に戻って地に転がる。 「お見事」  動くものがひととおりなくなると、パラスは笑顔でナジクの腕を褒めそやした。しかし、 「……まだだ」  ナジクは弓を下ろさない。それどころか素早く矢をつがえ、狙いを付ける。それも、自分に笑顔を向けるパラスにだ。少女の笑顔が凍るより早く、ナジクの放った矢は飛ぶ。彼女の肩口で、ほんの少しだけ見え隠れする、紙の人形――最後の的に。  乾いた音と共に人形が射抜かれ、ぱっさりと地に落ちると、パラスは的と射手を交互に見やり、肩をすくめて、ちょっこりと舌を出した。 「なんだ、バレちゃってた」 「そんなところに的を置いて、僕の手元が狂って、お前の首を射抜いてしまう、とは考えなかったのか」 「だってナジクにいさん、そんなヘマは絶対しないでしょ」  ナジクはほんの少しだけ口角を上げると、手近にあった紙人形を拾い上げた。もはやただの紙人形であるそれには、首に当たるところに一筋の茶色い髪が結びつけられている。 「呪術とは、大したものだな」  レンジャーが感嘆の声を上げると、カースメーカーは照れたように笑った。 「髪の毛を使う呪術って、私たちカースメーカーには結構基本なんだよ」 「目的の人物の髪を一本手に入れるだけで、遠くからでもそいつを呪殺できると聞くが」 「うん。簡単にできる。でも、難しいよ」  矛盾するようなことを、少女は口にした――一番の矛盾は、呪殺などという物騒なことを、今までとなんら変わらない笑顔で語っているところなのだが。とはいえ、それはナジクを仲間だと信頼し、ナジクからも信頼されていることを確信しているからだろう。髪の毛一本で他人を殺せるなどと言う話、普通なら、聞く者も「いつか自分もそうやって殺されるのではないか」と思い、恐れおののき、その瞬間から彼女を見る目が変わるだろう。 「一番難しいのはね、その人の髪を手に入れることなの。呪殺されるようなことをしている自覚がある奴は、そう簡単に他人を近づけないから」 「依頼人が、髪を持ってきたりしないのか?」 「ああ、そういうの、私たちは信用しなーい」  くすくすと笑いながらパラスは答える。 「実は依頼とは別の人物を殺させようとしてるヤツとか、結構いるの。うちの一族(ナギ・クース)って、依頼の選別に結構うるさいから。そうじゃなくても、持ちこまれる髪って、肩に付いてたのを持ってきましたーってことも多くて。そういうの、全然関係ない他人のものだって可能性もあるから。いくら私たちでも、必要のない呪殺をさせられるのは、まっぴらゴメンってわけ。だから、呪術師自身で調達した髪の毛しか使わないの」 「髪の毛がない場合は、どうする?」 「遠くからは難しいよ。動物とか贄にしながら、ゆっくりじっくり呪っていくのはできるけど、呪う相手のことをそれなりに知ってないと、かなり時間がかかる。目標の目の前で直に呪うにしても、ほら、私たちだけだと非力だから、いろいろ対策しておかないとね」  ふと、パラスはナジクを見上げる。 「……ひょっとしてナジクにいさん、呪ってほしい相手とか、いる?」 「いないといえば、嘘になる」  言葉を選ぶように、ゆっくりと、レンジャーの青年は答えた。 「僕の一族を笑いながら殺した奴ら、戦争を引き起こした奴ら、全部、死んでしまえ、と思うことは、よくある。でも、それを実行に移してしまったら、エトリアの時みたいに、取り返しがつかないことをしてしまいそうな気がする」 「……そっか」  かつてナジクはエトリアで、力を求めるばかりに、エトリアの樹海の主に取り込まれ、仲間達に牙を剥いたことがある。その時の経験が、復讐心に歯止めを掛けているのだろう。それがいいことなのか、悪いことなのか、パラスには判断が付かない。復讐は何も生まない、というけれど、復讐心を満たせないことで狂っていく心もあるのだ。 「ま、髪の毛を使ってできる呪術は呪殺だけじゃないけどね」  話をそらすようにパラスは続けた。 「髪があって、その持ち主をよく知ってれば、その人の身体を操って呪術を使うのもできるし」 「それで呪殺の依頼人の身体を借りれば、簡単に呪殺できるんじゃないのか?」 「会ったばかりの人間なんて『よく知ってる』って言わないの。それに、近づけても、他人の身体じゃ、呪殺みたいな強い術はムリ。せいぜい、毎日こっそり呪って病気にさせるくらいかな」 「意外と役に立たないものだな。ホッとしたような気もするが」 「実際は、よく慣らしたネコとかの身体を操って偵察に出る、くらいの使い道のものだしね」  と言いながらパラスは笑う。 「まあ、結構建設的な使い方もできなくはないよ。その髪の毛の持ち主が今いる場所の、大まかな方向を知るとか。自分の髪の毛を使うなら、ほら、それみたいに」 「これみたいに?」  ナジクは手にした紙人形に視線を落とす。 「僕のようなレンジャーの鍛錬に付き合うことか?」 「へへ、まあ、それもあるけど、そうじゃなくて、人形劇」 「――ああ、なるほど」  ナジクは得心して頷いた。髪の毛を結わえた人形が動かせるなら、そういう発想に至っても変ではないだろう。カースメーカーと人形劇という取り合わせは奇妙に聞こえるが、少なくとも目の前の少女と取り合わせる違和感はない。 「そもそも、私たちが冒険の時に着てるローブ、あるでしょ。あれの端っこにも自分の髪の毛が仕込んであってね。実は結構動かせるんだよ」 「そうなのか……」  ナジクは脳内にある記憶をいくつか呼び起こした。カースメーカーという人種には、パラス以外にも何人か知己を得たことがあるが、そういえば、羽織るローブの端が奇妙に動いていた者もいたような……。 「軽いものなら取ったりもできるけど、大体は、威嚇みたいなものなんだけどね。カースメーカーは不気味だぞーっていう。恐れられてなんぼってところ、あるからね」 「なるほどな……」  ナジクは頷きながら、では、目の前の少女はどうなんだ、という疑問に囚われざるを得なかった。実務の際はともかく、普段はまったく不気味に見せる気を感じさせない彼女は、カースメーカー的にどうなのか。  だが結局は、だからこそ彼女(パラス)なのだ、という結論に落ち着いた。もしもの話だが、パラスが何らかの理由で呪術の才を失ってしまったとしても、彼女は自分が自分であることを見失うことなく、それこそ、呪術を使わない人形劇でも催しながら、笑って日々を過ごすに違いない。それはあくまでもナジクの思いこみだが、当たらずとも遠からずだろう。  そしてナジクは、自己を見失って取り返しの付かないことを成しかけた自身を振り返り、目の前の少女を眩しく思うのだ。  年少組の授業が終わり、子供達が騒ぎながら自宅への帰路に就く。頃合いとしては、ちょうど昼飯時である。  食堂に集まった『ウルスラグナ』一同は、用意された食事にこぞって取りかかる。余談だが、ゼグタントはこの日も採集依頼があったために私塾にいない。  この日の食事当番は焔華とティレンだった。  ティレンは朝から自室に引き籠もり、窓から外を見て、ふさぎ込んでいた。しかし相応の責任感を持ち合わせているこの少年は、自分が食事当番だったことを思い出すと、すぐに厨房に飛んできたのであった。とはいえ、立ち直ったわけではない。昼食を口にするティレンは、覇気というものをクロガネと一緒に樹海に埋めてきてしまったようだった。彼も冒険者だから、『死』というものには慣れているのだが、さすがに昨日の出来事、特に目の前でクロガネが息を引き取ったことが、ずいぶんと堪えたのだろう。 「なあ、ティレン」  あらかた昼食が片付いたところで、アベイが口を開いた。 「おやつの時間になったら、フィー兄のところに見舞いに行かないか?」 「せんせいの、ところ?」  ティレンは緑色の瞳をまたたかせながらアベイに向き直った。  実のところアベイが行いたかったのは「ティレンを気晴らしにどこかに連れて行くこと」で、それがフィプトの見舞いである必要はなかった。だが、ティレンが頷いて身を乗り出すので、アベイはそのまま薬泉院へ行く話を続けることにしたのだった。 「ああ、花買って、軽いおやつ買って、薬泉院にいこう」 「あ、オレも行く」 「アタシもぉ」 「わちも行きますえ」 「わたしも行っていい?」 「私も、私もっ!」  即座に数本の手が挙がった。 「お前たち、おやつ食いたいだけだろ!」  アベイは後から手を上げた面子を切って捨てたが、もちろん冗談で言っている。  手を上げなかったのはナジクとセンノルレである。センノルレはこの後も授業があるから私塾を離れるわけにはいかない。ナジクは仲間の危機以外の万事に関して関心が薄い傾向があるが、今は単に、皆が手を上げたから、療養中のところに必要以上の団体で行くわけにもいかない、と判断したからだろう。  アベイは少しの間、考え込んでいたが、 「ま、いいか」と結論づけた。 「この際、ノル姉以外の全員で行こう。別に病室で騒ぐんじゃないんだ、問題ないだろ」 「やった!」  妙に大騒ぎするのは女性陣。いつもならこの中にティレンが紛れているのだが、斧使いの少年は、この日ばかりは、憂いの混じった笑みを浮かべて静かに頷くだけだった。  大人数で連れ立って薬泉院に向かう『ウルスラグナ』の手には、黄色い花を主体にした花束と、分厚い漉紙で作られた袋。袋の中に入っている焼き菓子は、シトト交易所の娘から、おいしいと推薦された、菓子店のものである。錬金術の実験で『アイスクリーム』など作ろうとするぐらいだ、適度に甘いものは嫌いではあるまい。  上を向けば世界樹の枝――ではなく、『別の樹』もあるのかもしれないが――が茂っている。  枝が密集する高さのおかげか、今は日照に致命的な影響はないように思われるが、やはり季節によっては朝から晩まで日陰ということもあるそうだ。数年に一度は枝を払うために『枝打ち』が樹の外側を登るらしい。さすがに、ほとんどの枝が茂っているあたりまで登るのは自殺行為、比較的低位置にひょっこりと生えてきた枝を払う程度なのだが、それでも足を滑らせた『枝打ち』が墜落死することもよくあるのだという。『枝打ち』が落ちなくても、払われた枝をうっかり落としてしまうこともある。世界樹と共に生きるのも、なかなかに気苦労があるのである。  それでも人々が世界樹の下で生きるのは、その加護を信じているからだろうか。現実問題として、世界樹からほどほどに離れたところ――世界樹の加護が届き、なおかつ日当たりのいい場所は、畑として使われているということもあるだろう。人間はどこかへ日光に当たりに行けるが、作物はそうもいかない。 「マンドレイクみたいに歩ければ、また別なんだろうけどねぇ」  とマルメリが言ったものだが、それは想像するだに恐ろしい光景。作物は作物らしくおとなしく大地に埋まって、日の光を浴びて食べ頃まで大きくなってほしいものだ。  昼下がりのハイ・ラガード中央市街のあちこちには、冒険者の姿が散見される。この街を訪れたばかりの頃からの、お馴染みの光景だ。エトリアでは見なかった、ドクトルマグスやガンナーといった者達にも、珍しさを感じなくなった。すでにどこかしらのギルドに属している者ばかりで、残念ながら『ウルスラグナ』に迎え入れることは叶わなかったが。  そんな彼らを横目に――顔見知りの者とは軽い挨拶を交わしながら――『ウルスラグナ』はようやく薬泉院に着いた。 「はい、どうしましたか。怪我ですか、病気ですか――ん、あなた方は」  薬泉院に常駐する治療師ツキモリは、医師としての決まり文句を言いかけて、相手が何者かに気が付くと、ほっと表情を緩める。 「探索は順調のようですね、ご無事で何よりです」 「順調も無事も何も、今日は探索はお休みなんだよ」  アベイが苦笑気味に返すと、ツキモリは気まずそうに後頭部を掻きながら笑んだ。 「そうでしたか、すみません……でも」  ふと、治療師の表情が引き締まる。  瞳の中に潜むものが、真っ直ぐに冒険者達を見据え、視線を逸らすことを許さなかった。 「あなた方がキマイラを倒したおかげで、何人もの冒険者が上階に登っていったそうですが、そういった人たちが大怪我をして、ここに担ぎ込まれてきてるんです。あなた方も、新たな階に挑むときは、充分に注意してくださいね。フロースの宿の女将さんも、ここにおいでになったとき、あなた方のこと、随分心配しておいででしたから」 「あの女将さんが?」  冒険者達はフロースの宿の女将――恰幅のいい、中年の女性のことをのことを思い起こした。いささかふくよかすぎるきらいはあるが、総じて健康そうな彼女が、薬泉院を訪れる、という状況が、どうも頭に浮かばなかったのだ。あるいは、何かよからぬ病を密かに抱えているのだろうか。 「ああ、ご心配なく。娘さんの定期検診ですよ」 「あ、なんだ」  ほっとしつつ答えてから、冒険者達は、本来の訪問の理由を告げた。 「ああ、フィプト先生のお見舞いですか」  ツキモリ医師は納得したかのように何度も頷いた。 「さっきも、私塾の年少の子たちが何人も来てましたよ。後でまた花持ってくる、とか言ってましたっけ。かわいいものです」 「フィプトさんは随分と人望があるのねぇ」  とマルメリが感心の声を上げる。ツキモリ医師は大きく頷いた。 「四年ほど前に、『共和国』のアルケミスト・ギルドからお戻りになられて、昔の市街拡張時の作業員の宿泊所をお借りして、私塾を開かれましてね。読み書き算術(そろばん)はあらゆる知識の基礎ですから、あの先生はハイ・ラガードに大きく貢献されてるわけです。この薬泉院のメディックの中にも、かつて先生に学んだ者は多いのですよ」 「なるほどなぁ……」  エルナクハは感心してうなった。知識を授ける者は畏敬の対象になることは間違いないだろうが、それと、生徒から慕われるのとは、大きな違いがあるはずだ。例えばエルナクハ自身の父親――彼が息子にしたような、すぐ拳が飛んでくるような教え方では、萎縮する者も多いだろう。もっとも父は、相手が息子だからそういう教育をしていたわけで、誰彼構わず鉄拳を浴びせるわけではないが。そんな極論を持ち出さなくても、教師として尊敬されることと、人として好かれること、この均衡はなかなかに難しい。さしあたって自分の義弟にあたる人物は、うまくやっているようである。思えば、迷宮三階で惨禍に巻き込まれた衛士も、かつての恩師のことを信頼していたではないか。  見舞いに持ち寄った菓子の中に、花の香りをかすかに漂わせるクリームを挟んだものを見付け、フィプトはほころんだ。 「ラベンダーのクリームクッキーですか。大好きなんですよ。自分で作ろうとすると、香りが濃くなり過ぎてアレなんですが」  ラベンダーはハイ・ラガードの名産品のひとつである。主に香水や薬草茶の原料として広く栽培されるその紫色の花は、郊外の広大な畑で栽培されていた。ちょうど『ウルスラグナ』がこの国を訪れたばかりのころが開花の最高潮だったのだが、今の時期も、遅咲き品種が絢を競って咲き誇っている。物見の塔から日当たりのいい畑を見回すと、紫色の紗を大地の女神に纏わせたかのような光景が広がっているのである。  薬としての効能も大いにあるこの花を、アベイがよく買い込んで薬品調合に使っていた。彼の部屋に近付くと、花の香りが濃く漂っていることもよくあるのだ。 「童(わらし)たちも、もう少し待ってれば、相伴に預かれたんになあ」  積み上げられた焼き菓子の中からひとつを失敬して、焔華が悪戯っぽく笑声をあげた。 「何人来たかわからないけど、子供たちにもあげちゃったら全部なくなっちゃう」  同じく、くすくすと笑いながら応じたのは、こちらも菓子の山からひとつを失敬しているパラスである。  女性陣四人とティレンは、それはお前達のために買ったものじゃない、とツッコミを入れたくなる勢いで、菓子にかじりついている。本来の被贈呈主であるフィプトとしては、別段咎めるつもりもない。崩されていく菓子の山を微笑ましく眺めると、改めてギルドマスターに向き直った。 「明日からは第二階層に突入するんですよね。探索班はどう組むつもりですか?」 「そうだなぁ……」  エルナクハは腕を組んでしばし沈黙する。 「あんまり『昼の部』に出てないヤツを入れてやりたいんだけどよ……」 「んは!」と言うべきか別の表記をするべきか、なんとも言えない驚愕と歓喜の声を上げ、焔華とマルメリが視線を投げつけてきた。  焔華は修行に出ていた期間の分のブランクがあるため、マルメリは投入時期が悩ましいため、あまり探索班に参加していなかったのである。 「『夜の部』で、それなりに力を付けてきてるから、いきなり投入しても、そう簡単にくたばらねぇと思うしよ。もっとも、守りは必要だな……はは、やっぱりオレも入らないとダメじゃん」 「兄様、ずるい」 「はっはっは、ギルマス特権だ」  いつか聞いたような言葉を、パラディンは口にした。  とはいえ、まるっきり的はずれな話ではないのは皆も認めるところである。  パーティの盾となるパラディンがいるということは、それだけ皆が傷つきにくくなる、というのは言うまでもない。  エトリア樹海と似通っているなら、六階である新たな階は、つまりは『第二階層』。今まで探索してきたところとは、がらりと気候も植生も変わる。  一本の樹に司られる迷宮の環境が、なぜこんなにもがらりと変わるのか、それは誰にも判らない。  ライバルギルド『エリクシール』のギルドマスターであるアルケミストは、こんな仮説を立てていた。 「ひょっとしたら、前時代……あるいはそれより以前の生命体を、ありったけ保管しようとしたのではないか?」  不自然なほどにがらりと変わる環境は、いわば動物園や植物園のようなもの、だと。  今にして思えば、少々間違っていると思われる。アベイが「まぁ似てるヤツはいるけど、『外』の生き物の方がまだ昔と同じだよ」と言っていたから。ただ、迷宮の中の生き物は、隔離されたことで、もともとの思惑から外れ、長い年月のうちに『外』とは違う進化をしてしまった、とも考えられなくはない。  世界樹の真の主――たとえば、エトリア樹海の『フォレスト・セル』は、人間とは異質かもしれないが、意思と知能を持ち合わせていた。それを考えれば、不自然な環境の変化も、世界樹の主が、前時代の人間達に生み出された目的に添って、せっせと作り上げ、調整したものなのかもしれない。  きっとハイ・ラガード樹海のどこかにも、『主』はいるのだろう。エトリアの時のように敵に回すことになるか否かは、まだ判らないが。  話が大分反れたが、環境が変わるということは、生息する動物も変わるということ。第一階層の中でも、上階へ登るにつれて、段々と生態系が変化していったものだが、今度は、ここまでは全く見たこともない輩ばかりが闊歩していることになるのだ。油断はできない。そんな輩の猛攻に耐えるためにも、パラディンの防御能力は有効なはずだ。 「そうだな、センセイにも入ってもらおうかと思ったんだが……もうじき『夏休み』だろ」 「はい?」 「ノルがよ、『夏休み』の心得として何を話せばいいのかわからない、って困ってたからよ、ちょうどいいから、明日はそれのついでに身体を休めててくれよ」 「……『夏休み』? 夏……休み……あ……あー!」  あろうことか、私塾講師は『夏休み』のことをすっかり失念していたようであった。 「そう言えば子供達がなんだか、もう少しでもう少しで、って騒いでいたのが、何かと思えば……」 「せんせい、すっかり、樹海頭」  ティレンが小さな笑いと共につぶやいた。樹海探索にのめり込んでくると、世間様の行事に気が向かなくなってくるものだ。もっとも、ティレンはもともと世間様の行事を気にしないのだが。  『ウルスラグナ』一同が、ひとしきり笑った後、ふと、オルセルタが口を開いた。 「かわいい子供達じゃない。ツキモリ先生から聞いたわよ。また、花持ってきてくれるんだって?」  フィプトからは照れが含まれた反応があるかと思われたが、しかし、金髪のアルケミストは不自然に沈黙する。 「どうしたの、せんせい」  皆の代弁をするように問うティレンに、フィプトは、かすかな焦燥を含んだ表情を返した。 「……そういえば、随分と遅い」 「子供だからねぇ、どこかで寄り道とか、そうしてるうちにすっかりお見舞い忘れて帰っちゃったとかぁ」  まったくかわいいことだ、と言いたげに、マルメリがくすくすと笑った。  しかし、フィプトの表情は晴れない。 「だと、いいんですが……」 「うむ……」  エルナクハもまた沈黙して考え込む。心情としてはマルメリの仮説に一票なのだが、フィプトが心配しているのを無視するわけにもいくまい。いろいろと考えた挙げ句、ひとつ、解決策を思いついた。 「センセイ、オレらが捜してこようか。ガキどもが花買った後、どっちに行ったか、花屋に訊いてよ。なに、ガキどものことだ、すぐに見つかるさ」 「いいんですか? 助かります!」  ぱっと顔を明るくする義弟を見て、エルナクハは、手早く解決しようと思った。見舞いも済んで、そろそろおいとまする時間だということもある。 「ま、ガキどものことは心配しないで、身体しっかり休めとけよ」  ばんばん、とフィプトの肩を叩き、ギルドマスターである黒い肌の聖騎士は言い放ったのであった。 「子供? フィプト先生のところの生徒さんでしょ? 来てないわねぇ……」  先程、黄色い花束を買った店の、若い女性店員が、目を閉じて記憶を辿りながらそう答えた。ハイ・ラガードは小さきといえども一国、花屋は他にも何件かあるかもしれないが、私塾と薬泉院に一番近いのは、今いるところのはずだ。もっとも子供のことである。なにか、成長した者には理解できなくなってしまった理由で、別のところに行ったのかもしれない。  『ウルスラグナ』がほとほと困り果てていると、横合いから声を掛けてくる誰かがいる。 「フィプトさんところのちっちゃい生徒さんなら、さっき見たわよ」  その中年女性が指した方向に顔を向け、冒険者達は、かすかに嫌な予感を感じた。  指差された方向は、街壁の外に通じている。  もっとも、途中で分かれ道も何本もあるから、必ずしも街壁の外に出たわけではなかろうが。  仮に、外に出たとしたら。  エルナクハは、ラベンダーのクリームクッキーに顔をほころばせるフィプトを思い出した。  女性に示された道を辿り、街壁の外へ出ると、その先は、世界樹の根元に寄り添うように建造された下り階段。ずっと降りていくと、低地帯に辿り着くことになる。世界樹の枝の影響下を離れ、季節問わず日の光が当たる大地には、畑が延々と広がっている。麦もある、砂糖大根(ビーツ)もある、そして、ラベンダーの畑もある。ひょっとしたら子供達はラベンダー畑に花をもらいに行ったのか。花屋にもラベンダーはあるが、香りの良さなら摘みたてには敵うまい。  ちなみに、低地帯の畑の中を通る道を馬車で一時間ほど行くと、ハイ・ラガードの港に辿り着く。ハイ・ラガードの生活に欠かせない生命線のひとつだ。パラスのはとこが送ってくれる手紙も、この港を経由してやってくる。料金はかさむだろうが、陸を行くより少しばかり早い。『ウルスラグナ』も、センノルレが妊娠していなかったら、きっと船を使っただろう。  さらに余談になるが、件の道は、世界樹の迷宮に入る時にも通る道。下り階段の途中で、低地帯へ行く階段の続きと、迷宮入り口に繋がる舗装された道に、分岐する。  自分達が危地に赴くために使う道なものだから、必要以上に過敏になってしまったのだ。 「一応、行ってみる? 街の出口にも衛士さんいるから、子供がラベンダー畑に行ったなら見てるでしょうし」  オルセルタの提案に、エルナクハは安堵しつつ頷いた。 「そうだな。畑なら、すっ転ぶ以上の危険はねぇと思うけど、一応見に行くか」  冒険者達は道沿いに歩きだした。少しばかり浮かれているような感じもするのは、焔華以外のメンバーは街の外に出るのが久しぶりだからだ。ここ一月強の間、私塾と街中と世界樹の迷宮とを行き来する毎日で、低地帯も、ラベンダー畑も、街の見張り塔から見ただけだった。その生活が退屈だったわけではないが、いつもとちょっと違った経験をするのは、ささやかなものであっても、心が弾む。昨日の哀しみも、ラベンダー色のハンカチで少しだけ拭われた気分になる。  ……それがさらなる騒動に繋がることを、この時点では、さしもの『ウルスラグナ』も予見できなかったのだった。  生徒のことに関する第六感は、さすがにフィプトの方が、他の『ウルスラグナ』メンバーの上を行くようだ。  金髪のアルケミストの次に、異変に気が付いたのは、さすがというべきか、レンジャーのナジクである。  道すがら人々に問いかけ、やはり子供達は街の外に向かったと確信した一同は、下り階段を半ばまで制覇し、ちょうど、世界樹の迷宮入り口へ繋がる道が分岐するあたりまでやってきていた。しかし今日は冒険の日ではない。何気なく、ちらりと視線を投げかけただけで、すぐに前に向き直り、冒険者達はさらなる下方に足を踏み出した――ナジク以外は。 「ちょっと待ってくれ」  レンジャーが静かに出した声に、一同は足を止めた。 「どうしたの、ナジクにいさん」  パラスの問いかけには答えず、ナジクは迷宮へ繋がる道へと向かう。  遺された一同は面食らったものの、レンジャーが意味もなくそんな行動を取るとは思えない。踵を返して自分達も仲間を追う方に足を向けた。  ナジクは、階段からさほど離れていないところ、石畳で舗装された道の縁で跪いている。どうやら、未舗装の地面を凝視しているようだった。一同が邪魔をしないように静かに近寄ると、気配を察したか、顔を上げて振り返った。 「……まさか、な?」  エルナクハが冗談めかそうとするも、ナジクの表情は極めて真剣。 「そのまさか、だ。絶対、とは言い切れないが」  ナジクが指差す地面に何があるのか、仲間達にはさっぱり判らない。それが足跡だと聞かされて、言われてみればそう見えるかもね、と頷くことができる程度だ。  むき出しの土の上に刻まれた、ほんのかすかな、小さな足跡。  ナジクに示された足跡の大きさは、まさに子供の足のそれだ。  ナジクが『絶対とは言い切れない』というのは、樹海に近付く子供が他にいないわけでもないからだった。  幼い頃からレンジャーとしての手ほどきを受けた子供が、樹海に入って素材を持ち帰ることがある。ゼグタントのように冒険者に雇われているのではなく、自分達の生活の糧として採集に勤しむのだ。もちろん、獣避けの鈴があっても危険には違いなく、時には痛ましくも生命を落とす子供もいるそうだ。  また、稀な話だが、冒険者の中に幼い子供が加わっていることもある。特に、身体能力にあまり左右されない、カースメーカーやメディック、アルケミストといった『天才児』が、ごくたまに冒険者として活躍しているのだ。その他の職業にもいないわけではない。  しかし、ここは『最悪』を考えて行動するべきだろう。そうエルナクハは判断した。 「ガキどもは樹海に入ったっていうのか?」 「可能性としては、かなり高い」 「……さすがに、見張りの衛士が止めないか?」 「衛士がいないところから入ったかもしれない」 「……やっぱり、そう来るか」  世界樹には正規の入り口である正面扉の他に、非正規の入り口である虚穴が多数存在する。むしろ、ハイ・ラガードにとっては、そちらの方が馴染み深い入り口だろう。正面扉の開通はせいぜい数ヶ月前の話、それ以前の探索は虚穴を通って行われていたのだから。だが、『ウルスラグナ』が知る限り、今現在、迷宮内部に通じる虚穴はなかったはずだ。  ――否、それを確認したのも一月以上前の話だ。正面扉がある以上、虚穴を通る必要はないから、それ以降は気にも留めなかったのだが……もしもその間に、世界樹内部まで貫通した虚穴ができて、何かの弾みで子供達がそれを発見していたとしたら……。 「ナジク、世界樹のまわりを調べて、虚穴を見付けられるか」  レンジャーは無言で頷いて、世界樹の下に走る。  エルナクハは背後を振り返り、妹とソードマンの少年に呼びかけた。 「オルタ、ティレン、オレの盾とみんなの武器とユースケの薬のカバンを頼む。あと獣避けの鈴のあまりもだ」 「わかったわ」 「ん」  ダークハンターとソードマンは、身を翻して階段を駆け上っていく。  残された一同は、気分転換に近いつもりだった心持ちを改め、世界樹を睨め付けた。  まさかこんなことになるとは思いもしなかった。  子供達がなんで世界樹に潜ろうなどと考えたのかは判らない。だが、戦う力のない者など、魔物に目を付けられたら、生命はないと思ってもおかしくはない。自分達が初めてハイ・ラガードの世界樹に潜ったときのことを考えて、誰もが焦っていたのだ。  オルセルタとティレンが指示されたものを抱えて戻ってきた頃、ナジクが呼ぶ声がしたので、一同はそちらの方に足を早めた。  レンジャーの青年がいたのは、正規の入り口から右手方面に回り込んだあたりであった。街の土台となる石組みに囲まれているために薄暗く、ナジクの足下に何かがいるのが、すぐには判らなかった。  程なくして正体が判明したそれは、数人の子供であった。どの顔も私塾の生徒だ。  しゃくり上げるように泣いている子供達は、駆け寄ってくる冒険者達の姿を認めると、ひときわ大きな声で泣き出した。それだけではなく、うわごとのように叫んでいるのだ。ごめんなさい、ごめんなさい、と。 「ひとしきり叱っておいた。事情は子供達から聞け」  ナジクは手短にそう言い残すと、オルセルタとティレンが抱えている武器の中から自分の弓矢を取り、金色の髪をなびかせて、するりと姿を消した。  すぐ傍に、大人ひとりが容易く潜り込める虚穴が口を開けている。レンジャーはその中に身を滑らせたのだ。仲間達が呆然と覗き込むが、その穴は途中で詰まっている『はずれ』にしか見えない。ところがナジクはしゃがみ込み、するするとその身を闇の中に溶け込ませたのである。なるほど、どうやら奥の方に、狭い口が開いて、内部に続いていたらしい。  一人では危険だ、と言いたいところだが、そんな斟酌(しんしゃく)をしている余裕はなさそうだった。子供達の泣き様は、ただごとではない。 「誰がまだ中に残ってる!?」  エルナクハは核心を突いた。ナジクと子供達の様子を鑑みて、まだ樹海の中で問題が発生している可能性を導き出すのは、息をするより簡単だったのだ。ならば、どうして樹海に潜ったか、などと問うてる余裕はない。  思った通り、子供達は泣きながら、三人の子供達の名を上げた。その中には、午前中の授業でエルナクハに教科書を見せてくれた、ルバース少年の名もあった。 「エルナっちゃん……」  ついに大泣きをし始めた子供達を抱き締め、とんとんと背を叩いてあやしながら、マルメリが問いかける眼差しを向ける。  エルナクハは仲間達を一瞥し、即断した。 「オルタ! ほのか! ユースケ! ティレン! 付いてこい! 中でナジクと合流する」 「わかったわ!」 「はいな!」 「ああ!」 「ん」  呼ばれた者達は、自分の武器を手に取って、虚穴へと足を向けた。  エルナクハがこの四人を選んだのは、決して当てずっぽうではない。この危機に際して素早く行動できる人員が必要だと考えたのだ。アベイは万が一に備えて必要だが、戦闘補助を主に担当するマルメリやパラスには、どちらかといえば残った子供達の相手をしてもらった方がいいだろう。  ところで、先行したナジクを含めれば、樹海に潜る冒険者は六人ということになる。樹海探索としては例外的な人数構成だ。もちろん、磁軸計には五人しか『登録』できないから、それと連動するアリアドネの糸は使えないし、『登録』していないナジクの居場所も判らない――『登録』は、前日のキマイラ退治に赴いた者達の分がされたままなので、ナジクの居場所は掴めないのである。  もともと子供達のことを考えれば過剰人数になるのは予想できたから、磁軸計も糸も持ってくるようには言わなかったのだが、気を回したのかオルセルタは両方を持ってきたらしい。とりあえず、この場にいて樹海に潜る五人の『登録』をし直すことにした。少なくとも現在地を知る助けにはなる。 「……行くぜ!」  エルナクハの気合いの入った声に、残る四人は頷いて、狭い虚穴を次々と潜っていく。  鎧がなくてよかった、とつぶやいたのは、ティレンのようだ。確かに鎧まで身につけていたら、この穴は通れなかっただろう。 「気を付けてぇ、みんな」 「頑張って!」  残された二人の励ましの声と、子供達のしゃくり上げる声が、樹皮に阻まれ、か細くなって聞こえた。 「……どうやら、高さ的には、一階で間違いないみたいね」  オルセルタが磁軸計を覗き込みながらつぶやいた。磁軸計には、二次元的な現在位置の他に、簡易的な現在地高度の表示がされる――つまり自分達が何階にいるか、ということだ――が、その数値は今は一階と等しい高さを指していた。  一階の探索可能範囲は、迷宮の想定範囲、つまり世界樹の幹の太さに比すれば、あまりにも狭かった。正式な樹海探索地図には、迷宮の周囲にかなりの広さの踏破不可能域が広がっていることになる。  しかし、現在位置は、その踏破不可能域の一角だ。  よくあることである。その階のどこからも行けず、踏破不可能と思われていた区間に、別の階から侵入の糸口が見つかるというのは。場合によっては、詳しい探索が必要になるだろう。が、それはまた後の話だ。今は子供達を捜さなくてはならない。  侵入口の目の前、木々の壁の中に、異質なものがあるのが、目に付いた。  それは赤いリボンだった。木の枝の一本に結びつけられているのだ。その枝はリボンが結びつけられているところから先がない。自然に折れたのではなく、明らかに人間が刃物ですっぱり切り落とした後だ。リボンの高さから考えて、ナジクがやったものに違いない。  枝は地面に落ちていた。否、置かれていた。先の尖った方が、左方を向いている。 「こっちか!」  エルナクハ達は枝の導きに従った。  迷宮の中に妙な緊迫感が漂っているのには、全員が気付いていた。なんと表現すればいいのか、大物がいて、そのせいで雑魚が全て逃げ出してしまっているような、妙な気配だ。気配の中心がどこか、というのは、まだ判らない。だが、先行しているナジクは、レンジャーならではの知覚で、異変が起きている場所を察知しているのだろう。門外漢が試行錯誤するより専門家に頼った方がいい。  ところが。 「エルナクハ殿、枝がありませんえ」  目印の枝は、最初のうちは、道が分岐する場所に必ず落ちていた。それが、途中でふつりと途切れたのだ。たぶん、道標を作っている余裕もなくなってしまったのだろう。  よりによって三叉路の前で導きを失い、冒険者達は困惑した。  三手に分かれるべきか。否、この区間がどのような構造になっているのか把握し切れていない以上、へたに分かれるわけにはいかないだろう。全員がレンジャーならまだしもだ。 「畜生……」  状況を罵りつつ、エルナクハは気配をたぐろうとした。  と、その時である。  オオオオ――ン……  何かの獣の、狼のものに似た遠吠えが、冒険者達の耳に届いた。  さらにもう一度。今度は、途中で不自然に、ぷっつりと切れる。  ティレンが、びくりと身をすくませる。苦手な狼の声を聞いたからか、それとも、クロガネのことを思い出したからか。  それを問うつもりも余裕もなかった。間髪を入れず、後方から草を掻き分ける音が近付いてきたからだ。そう認識するが早いか、ひときわ大きく音を立て、道の両側に広がる草叢の中から、一つの影が躍り出た。  それは、狼に似た青灰色の生き物であった。  その種の生き物に巡り会うのは、初めてではない。第一階層の冒険の最中、木々の向こうに、時折姿を見ることがあった。ただ、敵性生物とは違い、人を襲うことはなく、自ら姿を消す彼らは、魔物とは見なされず、大公宮から情報提供を期待されている『魔物図鑑』に掲載されることもなかった。一言で言えば、ただの樹海の生き物だったのである。  なのに今、人間と関わり合うことを避けていたはずの生き物が、冒険者達の至近に現れ、うなりながら牙を剥いている。  戦いどころではないのに。冒険者達は、それぞれの逃走補助の道具を取り出そうとした。  ところがだ、狼は冒険者達を一瞥すると、軽やかに走り寄り、そのまま一同の脇を通り過ぎて去っていくではないか。 「ふう、わちらと戦うつもりじゃなかったみたいですわ」  焔華が安堵の息を吐く。  実のところ、初めてまともに相対したその生き物の強さは、今の『ウルスラグナ』に比すれば、決して強くはないだろう。逃げられなかったとしても倒せたはずだ。しかし、些少ながら無駄な時間を食われることになるし、狩りの獲物でも探索の障害でもないなら、無駄な戦いは避けたいところだった。最も望ましい帰結となったことに、全員が焔華同様に胸をなで下ろした。  ……のだったが。  なで下ろした胸に、何か、細い棘のような不安の感触を覚える。  こういった第六感は笑殺するべきものではない。 「……まさか!」  冒険者達は、獣が立ち去った方面を見据え、ちらりと互いの視線を絡み合わせると、全力で走り出した。  あの獣は、先程耳にした遠吠えが聞こえた方向に去っていった。  先程聞こえた遠吠えは、二度目にふっつりと途切れた事情を想像するに、救援を求める声だった可能性が高い。  救援ということは、危機に陥っているということだ。子供達を襲っているところに、ナジクが割って入り、倒されたときに、仲間を呼んだのだとしたら。  考えとしてはおかしいかもしれない。先程の獣は、人間を襲わないはずだったから。  だが、それは、あくまでも武装した冒険者に対する態度で、丸腰の子供は遠慮なく獲物にするのかもしれない。  あるいは、獣を追った先にあるのが、今回の件とは全然関係ない現場で、結果、本当に危機に陥っている子供達やナジクの下へと駆け付けるのが間に合わなくなるかもしれない。  判断に苦しむが、とにかく動かなくては始まらない。 「ええい、ままよ!」  冒険者達は、灰色の狼を追うことにしたのだった。  ナジクは箙から矢を引き出すと、弓につがえ、慎重に狙いを付けた。  ここまで二発、わざと急所を外して射っている。それ以前にも三発、明後日の方向にも射出済み。なぜそんなことをするかというならば、相対している獣が、これまで見てきた中では敵対行動を取ってこなかった種の生き物だったからだ。威嚇と警告とで、逃走してくれれば、お互いに悪い結末にはならないはずなのだ。  後方には木々の壁がある。そのなかでもかなり大きな部類に入る、手を広げた人間が四人ほどで取り囲める太さの樹に、ナジクは己の背を預けていた。  背後を取られることを防ぐためではない。その樹の根元に開いている虚穴を守るためだ。  正確に言うなら、その中に逃げ込んでいる、三人の子供達を守るためだ。  ナジクがレンジャー特有の知覚に頼って駆け付けたときには、狼に似た青灰色の大きな獣が、太い樹の根元を掘り返そうとしているところだった。その中から子供達の悲鳴を聞き取って、ナジクは威嚇の三発を射出した。獣が怯んで距離を置いた隙に、樹の前に立ちふさがったのだった。本当は、そのまま獣が退散してくれるのを望んでいたのだが、その願いは叶わず、ナジクはさらなる警告の矢を放つことになった。  子供達は運がいい。なかなかいい隠れ場所に巡り会えたものだ。虚穴の入り口は、子供でないと通れないくらいに狭く、なおかつ内部は三人が隠れられる程度には広いらしい。  獣は穴を通ることはできず、それでも諦めきれずに子供達を捕らえようとしていたのだろう。  だが、何故、そんなにもしぶとく付きまとう?  腹が減っている、という可能性はある。だが、獣には既に二発の矢が突き刺さり、その痛みは生命の危険を訴えているはずだ。他の生き物を食えば満たされる飢えと、ここで逃げなければ失われるかもしれない生命、どちらかを選ぶかというなら、その答は歴然。だというのに、何故だ?  ――ナジク、ナジク! 行くのです、ここは、この母に任せなさい! 「……かあさん?」  唐突に脳裏を駆けめぐった、昔の記憶。ナジクは戸惑い、目を細めた。  エトリアに来る以前のことである。ある二つの国の戦争に巻き込まれ、安全だと思われる自治都市群を目指して逃走の旅を続けていた、ナジクの一族。しかし、部族の者達は途中で次々と脱落していき、血縁の中では最後に残った母と別れるときが、ついに来た。敗走する一族のささやかな財貨を狙うのみならず、その身をも奴隷として売り飛ばそうと企む野盗が、夜更けの野営地を襲撃してきたのだった。  もはや母は生きてはいるまい。奴隷などにされるくらいなら、おそらく死を選ぶ、誇り高き人だった。あるいは、あまりに激しく抵抗したので、体内を幾本もの槍で貫かれた挙げ句に殺されてしまったかもしれない。辺境で比較的平和だったエトリアやハイ・ラガードの一般民には想像も付かないだろうが、国家の庇護なき少数民族の運命が転がり落ちたときの悲惨さは、目に余るものだ。  ……何故、今、そんなことを思い出すのだろう。  脳裏では現状と関わりない思い出にまとわりつかれながらも、ナジクの現実の目は獣を捉えたまま離れていない。視界の中では、獣は低いうなり声をあげ、ナジクを威嚇していた。  しかし、獣は不意に首をもたげると、高く長く、咆哮をあげた。  ――仲間を呼ぶ気か!  意識を半ば思い出に引き寄せられていたために、反応が遅れた。ナジクが弓弦から手を放したときには、獣は一呼吸付き、二度目の遠吠えをあげていた。その喉に、吸い込まれるかのように矢が命中すると、遠吠えは途中で不自然に途切れ、獣は全身を強ばらせ、とさり、と地面に横たわった。ぶるぶると震えるその様は、二度と帰らぬ旅に送り出すために、魂を絞り出しているかのようだった。  苦しみを長引かせないために、ナジクは獣の眉間を狙って、さらに矢を放った。 「……まだ、出てくるな」  後方で物音がしたので、ナジクは警戒を解かないまま警告した。しかし、物音の中に、妙な声を捉え、ふと視線を落とす。 「……!」  その時、ナジクは悟ったのだ。何故、獣が執拗に攻撃してきたのか。そして、何故、自分が唐突に母のことなど思い出したのか。  しかし、納得している余裕などなかった。道の向こうから敵意が増大してきたから。  レンジャーの青年は、その視界の中に、先程の獣よりひとまわり大きな同種の獣、復讐と奪還の意志に燃える爪と牙の主を目の当たりにしたのだった。  エルナクハ達五人が、獣を追って現場に駆け付けたとき、レンジャーの青年は、大木を背にし、獣と弓矢で渡り合っているところだった。勘が当たったことに安堵し、しかし、ナジクが苦戦しているようなので、武器を構えながら声を張り上げた。 「ナジク! 大丈夫か!?」  仲間の声を聞いて、レンジャーは、ぴくりと反応を示した。だが、矢が何本も突き刺さりながら戦意衰えぬ獣からは、油断なく目を離さないまま、言葉を返す。その声には余人の反論を許さない堅牢さがあった。 「手を出すな! 手を汚すのは、僕だけでいい!」  手を汚す。その不穏な物言いに、仲間達は等しく嫌な予感を感じた。なにか反応しなくてはと思いつつも、口も身体も動かない間に、ナジクは箙から新たな矢を取り出して、弓弦につがえる。細められた瞳に、冷徹な光が宿った。  ふぉ、と、弓弦が風の音を立てた。  放たれた矢は、狙い違わず獣の眉間に突き刺さった。それまでの数発を何故外していたんだ、と問いたくなるほどの、正確な軌跡を描いて。  獣は急激に力を失い、地に伏した。末期の痙攣はごく短いものだった。  いかに今の『ウルスラグナ』にとっては敵でなかっただろうとはいえ、大物を一人で仕留める快挙を行ったはずの、レンジャーの青年は、しかし、達成感を微塵も感じさせることなく、自らが倒した獣の傍で肩を落としている。 「ナジク!」 「ジーク!」 「ナジクどの!」  仲間達はレンジャーの青年に駆け寄った。もう一体の別の獣が、少し離れたところに倒れていることに気が付く。レンジャーは一人で二体の獣を(同時にではないかもしれないが)相手取っていたのだ。 「よくやったな、ナジク! ガキどもは?」  何故か沈むような表情の青年を、元気づけるように朗らかに、エルナクハは声を上げた。  「ここだよ、エルにいちゃん」  ナジクからではなく、その背後から返事があった。その時初めて、エルナクハ達は、子供達が大木の虚穴に身を潜めていたのを知ったのである。子供達も冒険者達の声を聞いて、危機が去ったと判ったのだろう。  返事をしたのは、黒髪赤目の少年、ルバースだった。虚穴から這い出てきて、服に付いた汚れを払い落とす。その後からも、さらに二人、男の子と女の子が這い出てきた。ルバースとは違って顔を泣きそうに歪めた子供達に、安心させようとオルセルタが声をかけようとしたが、女の子が腕の中に収めているものを見て、表情が強ばった。  女の子は、獣の子を抱いていたのである。  青灰色の毛皮を乾きかけた血に染め、くんくんと鼻を鳴らしている、その獣の子を目の当たりにし、冒険者達は、事実の半分程度を瞬時に悟った。  すなわち――何故、人間を相手取らないはずの獣が、子供達を狙ったのか。そして、ナジクを前にしても最後まで怯まずに立ち向かい続けたのか。  子を奪われて黙っている親は、そうそういない。  かといって、子供達がわざわざ巣穴から連れ出したとか、わざと傷つけたとか、そういう可能性はどうにも思い描けなかった。  何があったか詳しく聞きたいが、それは樹海の外に出てからにするべきだろう。 「オルタ、ユースケ、ガキどもと先に出ててくれるか」  エルナクハは、女の子の腕の中から獣の子を取り上げながら、二人に頼んだ。帰り道が分かっている今なら、手勢を分けても危険は少ないだろう。 「その子、ケガしてるの」  と女の子が訴えるところに、安心させるように頷くと、「早く行ってくれ」と妹と治療師に目線で告げる。  子供を連れて行くように言われた二人は、ためらいがちにエルナクハの表情を伺うが、やがて、決心したように、こくりと頷いて、子供達の背に腕を回した。 「……行きましょう、大丈夫、あとは兄様達がちゃんとやってくれるわ」  オルセルタとアベイが子供達を引きつれて立ち去っていくのを、残った者達は、その姿が見えなくなるまで見送った。  磁軸計は彼らが持っていってしまったのだが、ここまで来る道自体は入り組んでいたものでもなかったし、レンジャーもいる以上、残った者達が戻るのにも不都合はないだろう。  やがて、帰っていった者達の姿が木々の彼方に消え去ると、残った者達は、エルナクハの腕の中に視線を落とした。  青灰色の獣の子が、かすかな鳴き声を上げている。  怪我は見た目こそ酷いが、半ば治りかけ、命に別状はないと見うけられる。あとは簡単な治療をしてやって、弱った体力を取り戻させるために安静にしてやれば、元気を取り戻すだろう。  ……だが、その後はどうなる?  親を失った子獣が、この樹海の中で無事に育つとは思えない。だからこそ、子供が成人するまで庇護する『親』という存在がいるのだ。  その存在を、仕方なかったとはいえ、自分達は手にかけた。  護るものなき子獣は、ここで放してやったとしても、体力を取り戻す前に、他の生き物に害されるだろう。  ならば、いっそのこと、今ここで、その因を作った自分達が――。 「だめ!」  エルナクハは腕に強い圧力を感じた。  ティレンが、腕の中から子獣を奪おうとしているのだ。 「お、おい」  うろたえているうちにも、子獣を確保したティレンは、ぱっと仲間達から離れた。木々の壁を背にし、寄らば斬るとでも言いたげに、強い意志を宿した目で睨み付けてくる。まるで獣の親の遺志がソードマンの少年に宿ったかのようだった。 「おい、ティレン!」  エルナクハは声を荒らげた。もちろん、彼とて、抵抗もできないような幼い獣を手にかけるような真似を望んでいるわけではない。だが、今の状況を考えた以上、他にどうすればいいというのだ。獣を奪い返すために一歩足を進めたエルナクハだったが、二歩目を踏み込もうとしたところで動きを止めた。目の前に腕が水平に伸びて、歩みを遮ったからである。 「ナジク……?」  不審げに問いかけるも、腕の主は言葉では応えることなく、ゆっくりと弓を構え、矢をつがえる。 「おい!」 「ナジクどの!」  エルナクハに焔華の声も加わって、ナジクに激しい口調で呼びかけた。  二人には弓使いが何を考えているのか判ってしまったのだ。ナジクは、自分が、自分だけが、手を汚す気だ。エトリアでの経験から、彼は自分自身の存在を軽く扱っている。だから、仲間達が苦悩するような選択を、自分一人で背負う気なのだ。先程、獣と相対していたときにも、叫んだではないか。「手を汚すのは僕だけでいい」と。  だが、それ以上のこと、手を出して力尽くでナジクを止めたりすることは、二人もしなかった。いや、できなかったのだ。ナジクからは、決意を誰にも侵されるまいとする、頑とした意志を感じたからだ。その意志に当てられた二人は、金縛りにあったように、動けなかったのである。  一方のティレンは、鏃の先に弓使いの本気を見て取ったのだろう、顔を青くして震えながらも、獣の子をぎゅっと抱き締める。  己の腕で獣を護ろうとするかのようなティレンの動きにも、しかしナジクは、表面上は眉根ひとつ動かさないまま、言い放った。 「無駄だ。お前の腕の隙間から獣を射抜くことぐらい、僕にはできる」  冷徹な声音は、しかし、それでもティレンの抵抗を奪うことはできなかった。  ソードマンの少年は、思いがけない行動に出た。地面にうずくまると、自分の身体の下に獣の子を抱き入れ、身体を丸めたのだ。獣の子は完全にティレンの身で護られ、もはや矢が突き通る隙間もない。  まさかティレンごと射抜くようなことはあるまいが、どうする気なのだ。  エルナクハと焔華が固唾を呑んで見守る前で、しばらく、凍り付いたような状況が続く。  やがて、ナジクは溜息ひとつ、頑固な相手に根負けした様相で、首を軽く横に振ると、今度はエルナクハに視線を向ける。何事かと精神的に身構えるギルドマスターに、レンジャーの青年は唐突な言葉を投げかけた。 「エル、僕は、故郷にいた頃、狼の子を三匹ほど育てたことがある」  いきなり何を言い出すのかと、呆気にとられたエルナクハは、やはり唐突にナジクの真意を悟った。 「……できるのかよ?」 「たぶん、『外』の狼とさほど変わらない。もとより他にどうすることもできないだろう?」  ……つまりは、ナジクは、獣の子を自分の手で面倒を見るというのだ。  確かに、人の手で育てるのなら、樹海に放置した挙げ句、他の獣の餌食になるという末路を迎えさせることはないだろう。だが、それは同時に、野生の獣の一生全てを、人間の支配下に置いてしまうことを意味する。  そもそも、獣が人間の手で育てられることを望むのかどうか。  エルナクハが答に窮している前で、ティレンが慌てたように声を上げた。その腕が緩み、隙間から獣の子が這い出してくる。 「だめ」  ティレンは必死になって獣の子を呼び寄せようとした。ナジクはまだ弓矢を獣の子に向けている。その心が揺れていることはティレンには判っていないのだ。  すっかりと這い出して、人間の子の様子を、きょとんと見ていた獣の子は、そのまま逃げるのかと思いきや、ゆっくりとティレンに近付いた。まだ体力を取り戻しきってないせいか、その足どりは少しふらふらしている。やがて、ソードマンの少年の、土埃にまみれた顔を、ぺろぺろと舐め始めたのだった。  ふう、と、ナジクは息を吐いて、弓を下ろした。矢を箙に戻し、ゆっくりとティレンに近付く。  ティレンは慌てて獣の子を抱き上げ、緊張を顔に宿したが、ナジクが手に何も持っていないことを見て取って、疑問の色を眼差しに浮かべる。その前でナジクはしゃがみ込み、少年と獣の子に目線を合わせた。 「面倒を見るのは、お前にも手伝ってもらうぞ」 「面倒……? この子、育てるの?」  不安が何者かの手で一気に取り払われたかのように、ティレンの顔に喜色が現れた。  ナジクは、やれやれ、と言いたげに首を振り、再び口を開いた。 「獣を育てるのは大変なんだ。性質も『外』の狼に似ていれば、どうにかなるかもしれないが、樹海のものがどういう生き方をしてるのか、まだ完全に判ってない。最悪、育てている途中で――」  そこで言葉を切ったのは、獣の子がナジクに牙を剥きながらうなったからだ。近付いてきたエルナクハや焔華に対しても、敵意を秘めた目を向ける。しかし、 「めっ。こわくないから」  ティレンが手を差し出し、抱き締めるのには、甘えた声を出して素直に従う。 「結構頭のいい子みたいですわ」  焔華が苦笑気味な表情をして述べた。 「自分を護ろうとしてくれた人と、殺そうとした人、ちゃーんとわかっとる」 「返す言葉もねぇ」  複雑な顔を浮かべてエルナクハも応じた。  とりあえず、ティレンに懐いているようなら、どうにかなるだろう。  ナジクは何度目になるか分からない息を吐くと、誰にともなくつぶやいた。 「人の手で育てるなら、名前を付けないとな」 「クロガネ!」  ティレンは即答した。  まわりの仲間達が一斉に脱力する。 「……なにか、変?」  きょとんとするティレンに、言い含めるように、ナジクが応えた。 「よりによって、その名か」 「だめなの?」 「だめというわけではないが……」  気持ちは分からなくもない。あの勇猛な黒い獣と、あのような別れをしたのが、つい昨日のこと。その翌日に、狼のような獣の子と、このような出会いをした。二体を重ねてしまうのも無理もあるまい。  それに、名付けるときに、今は亡き――生存している場合もあるが――敬愛する者の名を、かくあれという思いを込めて受け継がせることは、よくあることではある。  ただ、不安だったのだ。昨日のソードマンの少年の悲しみようを考えれば。率直すぎるその名を付けてしまった獣を前にして、後々ティレンが心の傷を深くしやしないか、と。逆に、その名を付けて可愛がるからこそ、より早く癒えていく可能性もあるが、こればかりはどちらに転ぶかわからない。  もうひとつ、理由がある。 「なぁティレン」と、エルナクハは、その『理由』を口にした。 「そもそも『クロガネ』ってのは、あの黒いヤツの名前だろ。アイツはほら、フロースガルの相棒だ。オレらにも懐いてくれたけど、アイツが一番いたい場所は、フロースガルの傍だ。そんなヤツを、名前だけでも、こっちに持ってきちまうのは、どうだろうな」 「そっか」  あっさりとティレンは頷いた。いささか残念そうではあったが。  その様を見ていたナジクは、不意に焔華に声をかけた。 「……『クロガネ』というのは、東方の古い言葉で『鉄』という意味だったな」 「そうですし。それがどうかしまして?」 「ふむ……」  少し考え込んだナジクは、やがて、宣言する様に声を張り上げた。 「ティレン、こんな名はどうだ――『ハディード』」 「ハディード?」  仲間達は、その名を口々につぶやく。  ナジクは頷いて、話を続けた。 「僕の故郷の古い言葉で、魔除けの言葉だ。目に見えない魔は鉄を嫌う、って伝承があってな。『ハディード』って言葉には『鉄』の意味があるんだ」  ティレンの表情に、理解の色が広がっていく。  その眼差しに確認の意志を見て取ったナジクは、大きく頷くと、はっきりとした声で断言したのだった。 「ああ、そうだ――『クロガネ』と同じ意味だ」 「クロと……いっしょ」  見えざる手がティレンの心から哀しみを拭い去ったかのようであった。ソードマンの少年は、獣の子を、天の神からの祝福を得ようとするかのように差し上げると、踊るような足どりで辺りを駆け回り始めた。 「ハディード! ハディード! おまえの名前は、ハディード!」  時折、立ち止まっては、その場で一回転していた少年だったが、何度かそれを繰り返しているうちに、目が回ってしまったのだろう、足がもつれて大地に倒れ込む。獣の子に影響がないように、無理矢理に身体をひねって仰向けに倒れたところは、よくやったと誉めてやってもいいだろう。  エルナクハはその肩を軽く叩いて、身体を起こすことを促した。 「ほら、帰るぞ。嬉しくて駆け回りたいなら、私塾の中庭でやれ」 「ん」  ティレンは足を振り落とす反動で起きあがると、獣の子――ハディードと名付けられた子を抱えたまま、弾む足どりで走り出す。しばらく走った後で、立ち止まり、ぴょんぴん跳ねながら片手を振ってきた。 「早く、早く!」 「現金なヤツだなぁ」  エルナクハは苦笑しつつ足を踏み出した。  ナジクは既に足早に歩きだしている。その金色の髪が揺れる様を視界に入れつつ歩を進めていたエルナクハだったが、横合いに焔華が並んだのに気が付いた。  エルナクハと歩調を合わせたブシドーの娘は、顔は前に向けたまま、視線をエルナクハに向けて、口を開いたのだった。 「エルナクハどの、本当はあの獣の子を殺すつもりなんかなかったんじゃありませんかえ?」 「……なんでそう思う?」  焔華は肩をすくめた。 「そういう場面にティレンどのを残したら、ああいうふうに止められるのは目に見えてますし。そうされたくなけりゃ、子供を外に送っていくのを、アベイどのとティレンどのに任せるはずですし」 「ティレンにとって狼は親の仇だったんだぜ? それを考えりゃ、おかしくねぇとは思わねえのか? オルタの方がやかましそうだけどよ?」 「オルセルタどのは、ぬしさんの妹君ですし、ぬしさんの決めたことには逆らわないと思いますえ」  エルナクハが反論めいた返事をすると、焔華はころころと笑い、さらに続けた。 「そもそも、あの獣の子に引導を渡すって決断は、正しいかどうかわかりゃしませんけど、間違いではありませんし。それを考えると、オルセルタどのは、内心はともかく、ぬしさんの決断を支持したと思いますえ。やっぱり、本当に殺したかったなら、アベイどのとティレンどのを遠ざけるのが正解でしたわ」 「む……」  エルナクハ自身は、深く考えて、子供の護衛を誰にするかを決めたわけではない。  だが、とっさにせよ、あのように決め、ティレンをこの場に残したということは。  やはり、無意識のうちに、もともとやりたいわけではなかった獣の子の始末を止めるきっかけを、誰かに作って欲しい、と思ったのかもしれない。  その結果が正解か不正解か、それは判らない。世の中、そう簡単に割り切れないことが多すぎる。  ただ、あの獣の子を結果として助け、手にかけてしまった親の代わりに面倒を見ると決めたからには、できる限りのことはやらなくては、こうして獣の子を殺さなかったことが、ただの偽善――いや、そう呼ぶことすらできない悪しき行為になってしまうだろう。 「やれやれ、食費が増えるな。ますます肉屋さんにお世話になることになる」  さしあたってエルナクハは、首を振り、溜息を吐きながら、事態を矮小化したような愚痴を口にすることで、現状を受け入れたのであった。  狼に襲われた子供達に話を聞いたところ、事情は以下のようなものだった。  子供達は先生のために花を捜しにきたそうだ。街の外の畑で摘みたてラベンダーをもらおう、という案もあったのだが、結局、先生が前々から行きたいと願った末に叶った樹海の、その中に咲く花を持っていって、先生を励まそうと思ったという。  ちょっと前に偶然見付けた虚穴から樹海に入り込んだ子供達だったが、危険は承知していたから、入り口当たりで摘んですぐに帰る予定だった(そもそも、危険だと判っているなら入るな、と言いたくなるところだが、それは置いておこう)。  しかし、子供達は獣の子を見付けてしまった。それも、大怪我をしているのを。  このあたりは冒険者達の推測だが、ひょっとしたら、獣の子は、両親が餌取りか何かに行っている間に、魔物に餌として巣穴から連れ去られた後に逃げ出したか、自分でふらふらと遊びに出ている途中で魔物に襲われたかしたのだろう。  ともかくも大怪我をした獣の子を前にして、子供達の脳裏に浮かんだのは、街に連れて帰ってツキモリ先生かアベイに診てもらおうということだった。そんなわけで獣の子を抱えて街に帰ろうとした子供達を、大きな獣が襲ってきたので、大慌てで逃げたとのだという。その時たまたま獣の子を抱えていたルバースが、結果的に囮のようになったために、ほとんどの子供は無事に樹海の外に逃げられたが、ルバースと他の二人は獣に追われるまま、見付けた大樹の虚穴に逃げ込んだとのことだった。  冷静に考えれば、その時点でも、獣の子を放してやれば、その親である獣は子を連れて撤退しただろう。だが、追いつめられて混乱した人の子の頭では、そんな考えにまでは及ばなかったのだ。  そして、獣は、何故自分が人の子を襲うのかを説明できない。仮に人語を話せれば、「子供を返せ」と言えたかもしれないものを。  それが、人と獣、双方にとっての不幸だったのである。  悪意があったわけではない。だが、自分達の軽挙妄動で、獣の子の親を死なせることになってしまった。そう知った子供達の嘆きは激しいものだった。  しかし、もう終わってしまったことを巻き戻すことはできない。せめて、この経験が子供達の成長の糧となり、彼らがよりよき人物として大成できることを、祈るばかりである。  かくして、ハディードと名付けられた獣の子は、錬金術師フィプト・オルロードが管理する私塾の居候としての立場を得ることとなった。  はじめはティレンにしか懐かなかったハディードだったが、自分を取り囲む人間達がもはや敵ではないと悟ったのか、他の皆にも馴染むようになっていった。私塾に来る子供達にも懐くようになり、時折、子供達と追いかけっこをして遊ぶ様が繰り広げられることになる。  ティレンと、狼を育てたことがあるナジクとが、中心となって面倒を見ていく中で、ハディードはすくすくと育っていく。最終的に二ヶ月後には成体となることになった。『世界樹の迷宮』内部の生物ならではの事象なのか、『ウルスラグナ』に出会う前の推定年齢を加味したとしても、『外』の生物に比すれば、遙かに成長が早い。前時代人の動物学者が現存していれば驚愕するところだっただろう。  余談だが、『ウルスラグナ』がハディードと出会うこととなった区間に続く虚穴は、しばらくのうちは開いており、冒険者達の耳目を引いていた。しかし、さしたる発見もなく、やがて、傷が塞がるように埋まり、孤立した区間にも永遠に入れなくなってしまったのだった。  そうして成長したハディードは、後に『ウルスラグナ』の一員として活躍することになる。  だが、笛鼠ノ月の時点では、彼はまだ、やんちゃな子狼にすぎない。 間章一――狼は証言できない END